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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
一年 夏休み
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第三十八話 メイドと新学期を迎えます。

 秋だ、とは言えない。そもそもまだ八月だし、気温は相変わらずあほみたいに高い。


「相馬君、行きましょうか」

「うん」


 久しぶりに袖を通した半袖ワイシャツの制服、陽菜も白い夏服を着ていつもの表情。午前中は始業式、午後は宿題考査、容赦の無い日程。夏の間だけどこかの冷房完備の塾を借りて授業すれば良いのにと思う。それだけで幾分か楽になるはずだ。職員室は冷房が良く効いているから思いつかないのだろうか。

 久しぶりに満員電車に乗りいつもの駅で吐き出される。記憶にあるより眠たそうな人たちが目立つ、生活習慣を元に戻すのは大変なのだろう。一ヶ月程度の休みでこんなにも懐かしく思ってしまう。


「ヤッホー、陽菜ちゃんに日暮君」

「夏樹さん、おはようございます」

「おはよう、布良さん」


 後ろから陽菜に抱きつきニコニコとしている布良さん、しかし眠そうだ。

 今も片手にボトルコーヒーを握り、欠伸を噛み殺している。


「遅寝遅起き生活も終わりか~。名残惜しいね」

「どんな生活ですか?」

「八時に起きて、夜中までうだうだして寝るの。朝のあと十分寝かせてが許されるって幸せ」


 基本的に生活習慣を変えなかった僕らにはわからないが、布良さんが幸せならそうなのだろう。

 学校につき、教室に入る。聞こえてきたのは二種類の声、宿題が終わらない者の嘆きの声と終わった者の夏の思い出を語る声。

 見事に二分されているな。

 自分の席に荷物を置き、窓際の陽菜の席に向かう。


「相馬君、紅茶はどうですか?ティータイムと洒落込みましょう」

「うん、ありがとう」


 陽菜から紙コップに注がれたアイスティを貰う。紅茶のことはあまり詳しくないから良し悪しはわからないが美味しいと思う。窓から見える校庭は朝練を終えた運動部が片付けをしている。


「クッキー食べます?」

「食べます」


 陽菜がチラチラと周りを見回している。


「おかしいですね」


 陽菜が呟く。僕も周りを見回す。なるほど確かに、陽菜がお手製のお菓子を出しているのにあの人が食べに来ないのはおかしいな。


「夏樹さん、食べないのですか?それも想定して用意してきたのですが」


 自分の席からこちらをずっと見ている布良さんに陽菜が声をかける。


「食べたいけど、この光景を見ているだけでお腹いっぱいかも」


 何を言っているのだ。


「陽菜ちゃんと日暮君、会話するときの距離がね、前見た時より近づいていることに気がついたの」


 顔を見合わせる。陽菜が小さく首をかしげる。


「そうですかね?」

「自覚無いのも可愛い!」


 クラスメイトの視線をあまり感じないのは宿題が終わっていない人が大半で、こちらを気にする余裕が無いからだろう。


「とりあえず夏樹さんもこっちに来てお茶しませんか?」

「うん、魅力的な誘いだね。受けましょう!」

「入鹿も混ぜてです」

 

 入間さんも参加。四人での朝のお茶会が始まる。


「おいしいね~」


 夏休み明けの最初の一日の朝、ある意味修羅場とも言える空間にほのぼのとした空間が形成される。


「お前ら何しているんだ?」


 朝練から戻ってきた京介にそう言わせるくらい異質な茶会であった。


 「今からテストというのもだるいな」


 始業式を終え、教室で昼食。食べ終わったらテストだ。


「宿題考査だし気楽にやれば良いと思うよ」

「布良さんはそうだけどさ~。いきなり赤点取ったらまずいやん?また布良さんに特訓してもらうことになっちまうぜ」

「私はいつでも良いよ。次の中間試験も特訓してあげよっか?」

「お願いします」


 結局頼むのか。


「陽菜、どうした?」


 陽菜がこちらをじっと見つめている。


「どうぞ」


 箸で卵焼きを差し出してくる。


「どうした?陽菜」

「食べないのですか?」


 差し出したまま動かない陽菜、どうしたら良いか戸惑う。


「行け、日暮君」


 まぁ、一時期毎日していたことだし。

 一口で食べる。


「ありがとうございます」


 何がありがとうなのだろう。

 陽菜はそのままその箸で食べ始める。それに気づいたとき妙に恥ずかしくなった。



 テストが始まる。とはいってもどの教科も特に困るところは無かった。一学期の復習だし、夏休みの宿題から出た問題でも陽菜の解説のおかげで難なく解ける。一通りテストを終えても疲れは感じなかった。


 「それじゃあ、私は生徒会があるから」

「俺も部活」

「はい、二人とも頑張ってください」


 テストが終われば解散。それぞれの放課後に向かう二人を見送り僕と陽菜は帰路につく。


「相馬君、テストはどうでしたか?」

「余裕で解けた。陽菜のおかげだ」

「そうですか、ありがとうございます」


 少しだけ嬉しそうな声、思わず手を伸ばして頭を撫でる。まだ日が高い時間、髪の毛も太陽の光で温められて温かい。

 駅でぼんやりと電車を待つ。水筒から麦茶を流し込む。どこかで潰すには中途半端な時間、駅のホームもそんなに人がいない。何となく陽菜の方を見る。行儀よく座り線路の方を見ている、何を考えているのかはわからない。それでも今の二人きりという状況をどうしても意識してしまう、普段から二人でいる方が多いのにどうしてなのだろうか。


「相馬君、どうかされましたか?」


視線に気づいて陽菜が心配そうに声をかける。


「いや、二人きりだな~って」

「二人でいるときの方が多いじゃありませんか」


 陽菜の顔はいつもと変わらない。僕らの横を女子高生の集団が通り抜ける、それが合図だったかのようにお互い前を向く。

 電車が来る。冷房の効いた車内の中はそんなに込み合っていない、田舎ならではの四人席に向かい合わせで座る。変に意識したまま時間を過ごす。

 家に着き陽菜はメイド服に着替える、そのまま掃除を始める。僕は僕で夕方の稽古に出かける。これで頭が冷えれば良いのだが。いつもよりハイペースで走りいつもよりワンセット多く稽古する。


「ただいま」

「お帰りなさいませ、相馬君。お風呂の用意はできております」


 脱衣場で汗で重くなった服を脱ぎ汗を流す。頭が冷えない、どうしてこんなに浮ついた気分になってしまうのだろう。陽菜の事が頭から離れない。悶々とした気分をシャワーで流そうと勢いを強める。

 結局頭が冷えないまま部屋着に着替え風呂場を出る。


「相馬君、夕飯にしましょう」

「うん」


 一緒に食べるが、陽菜の一挙一動から目が離せない。


「相馬君、お口に合いませんか?」

「そんな訳がない」

「先ほどから箸が進んでいないようですが」

「陽菜を見ていた」

「ちゃんと食べてくださいよ、倒れられては困るので。残暑を乗り切ろうという事でスタミナ丼にしたのですから」

「食べます」


 駄目だ、頭がおかしくなっている。陽菜の事を意識しすぎている、いつも通りに戻るにはどうしたら良い。わからない。

 今陽菜の傍にいるのは危ないと判断して、部屋のベッドに飛び込む。どうしよう、明日からどうしよう。

 ベッドの上でのたうち回っていると扉がノックされる。


「相馬君、どうかされましたか?大丈夫ですか?具合が悪いのであれば症状の方を教えてください」


 扉を開けてパジャマに着替えた陽菜が入って来る。逃げられない。


「よし、陽菜、そこから動くな」

「えっ?」


 じっと見つめ合う。心臓が高鳴るのを感じる、うるさい。どう誤魔化せば不自然では無いのだろう。


「相馬君」


 陽菜は一言そうつぶやくと距離を詰める。思わず後ずさるが後ろは壁、逃げるなと言わんばかりに顔の横に手がドンという音ともに。感じる強い視線にたじろぐ。


「私は、相馬君の何ですか?」


 これは壁ドン? 吐息もかかる距離、見つめ合う。目を逸らすことができない。


「私は相馬君のメイドで、幼馴染で、恋人ですよ。何を遠慮しているのですか?」


 ゆっくりと顔が近づく、目を閉じる。



 顔を離して向かい合う。顔が熱い、絶対赤くなっていると思う。陽菜の少しだけ潤んだ目が僕を見つめている。


「初めてだよ」

「違いますよ」

「陽菜は初めてじゃないの?」

「はい、私も相馬君も二回目です」


 えっ? 僕も? 記憶に無い。いつだったかな?


「寝ている相馬君の初キスは私がいただきました。今回は意識のある相馬君にできたので私は嬉しいです」


 こらえきれないと言わんばかりに陽菜が笑いだす。

 もっと欲しくなると同時にさっきまでの悶々が晴れているのに気づく。


「今日は一緒に寝て良いですか?」

「良いよ」


 ベッドに入り電気を消して見つめ合う。暗闇の中でも目の前にいることが何よりも嬉しい。


「お休み」

「お休みなさいませ」


 



 



 


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