第三十七話 メイドと夏休みの宿題をします。
目の前に二人分の土下座がある。
「「どうか、私めを助けてください」」
「とりあえず土下座はやめてくれ、客の視線がめっちゃ集まっているから」
場所は喫茶店。京介から突然呼び出されたから何事かと思ったら入間さんと布良さんもいる。これはどうしたことかと思えば助けてくれとのこと。
「それで、私たちは何を助ければ良いのですか?」
「夏休みの宿題でございます」
京介の言葉。ちなみに今日は八月二十日。六日前がお祭りで今日が夏休み最終日。それだけあれば結構終わっているだろうから手伝いも楽だろう。
「ちなみに、どれくらい終わってないのかな?」
布良さんが首をかしげる。その言葉に二人は重々しく口を開く。
「「全部です」」
時が止まったような錯覚に陥る。
目の前の二人の鞄、そこから禍々しいオーラが出ているような錯覚に陥る。
「全部って、全部?」
「おう、ワークも読書感想文もプリントもすべてだ」
胸を張ってそう言う京介、すごい、ぶん殴りたい。
「お願いします、助けてください。何でもしますから」
「俺も何でもするから」
入間さんはもはや泣き出しそうだ。
まぁ、僕は陽菜がやったから終わっているし、手伝うのはやぶさかではない。
「わかりました、やりましょう」
「朝野さん……」
「陽菜ちゃん……」
二人が神にでも会ったかのような表情になる。しかしその後の陽菜の言葉で二人は悪魔の所業に合ったかの如く戦慄した。
「何でもするという言質もとりましたし」
陽菜が掲げるのはスマートフォン、そこから京介と入間さんの先ほどの言葉が流れる。
「ちゃんと今日で終わらせますから、覚悟しておいてください」
陽菜さん、どす黒いオーラが見えるのですが。気のせいですか?
所変わって京介の家。初めて来たが意外と整理整頓されている。
「では、夏樹さんはこちらを、相馬君はこれを、私はこれをやります。二人はとっとと読書感想文を書きあげてください。何か読んだことのある本を思い出して一時間でお願いします」
陽菜がサクサクと分配してそれぞれ始める。改めて見ると結構な量だ。
答えを写せば良いとしても結構精神的にきつい。飽きる。答えを写して採点して次のページへ、それを繰り替えす。
黙々と陽菜は作業している。さすがだなと思う。
最初はさくさく進めていたが少しずつ作業速度が落ちていくのを感じる。これはダメだと簡単なストレッチをする。シャーペンを握り直し机に向かう。とりあえず目の前の山を処理することに集中しよう。
ペンを滑らせる音、ページを捲る音だけがこだまする。クーラーが無いために扇風機を回しているが、その風も焼け石に水といった感じだ。
「読書感想文、終わりましたー」
入間さんが体全体で喜びを表現する、
「では、こちらをお願いします」
陽菜は僕の山から宿題をいくつか持って行く。全部入間さんの宿題だ。
「はーい」
容赦は無い。する気もないけど。気なるのは目の前の桐野がさっきから腕を組んで動かないことだ。
「大丈夫か?」
声をかけてみる。
「あぁ、俺、小説とか読んだこと無いのだけど」
「おう、それで」
「書けない。漫画が駄目って俺はどうすればいいんだ」
それなら早く言ってくれれば良いのに。
「ほら、それなら僕が書くからこっち頼んだ」
「おぉ、サンキュ。任せてくれ」
まぁ、お前の宿題だけどな。
さて、何を書いたものか。本はよく読んでいたから何冊かストックはある。
「よし、決めた」
決めれば早い、最初に簡単なあらすじを書いてそこから話を広げていけば原稿用紙五枚何てあっという間だろう。
筆が進むなぁ。一時間後には完成した。
「そろそろお昼時ですね。冷蔵庫勝手に使わせていただきますね」
「陽菜ちゃん何か作るの?」
「はい」
陽菜は自分の担当している分を終わらせたようだ。
「少し休憩にしましょう」
その宣言とともに全員が床に身を投げ出す。台所に行った陽菜は冷蔵庫を開き何を作るか考えているようだ。
暑いな、しかし。
「クーラー買おうかな」
京介もあまりの暑さに悩み始めているようだ。何かを切る音、何かを炒める音をBGMに午前の作業の疲れを癒す。
「できました。簡単なものですがどうぞ」
陽菜が戻って来る。肉と野菜を炒めたものだ。
「待ってました!」
布良さんの復活早いな。
「これを食べたら一気に終わらせましょう」
「陽菜ちゃん、入鹿と桐野氏に何をさせるつもりかな?」
「そうですね。何をさせましょう。校庭に走り幅跳びの砂場がありましたよね?」
「まさか……」
京介が僕に助けを求めるような視線を向けるが目を逸らす。強く生きてくれ。
午後もひたすら手を動かす。と言っても五人でやれば終わりが見えてくるもので、僕の担当していた部分は終わり、あとは京介と入間さんが手を動かしている。陽菜と布良さんも今は休んでいる。さすがに疲れたのだろう、二人ともぐったりしている。
やがて、二人の手が止まる。
「「終わったー!」」
二人が同時に声を上げハイタッチ。
まさか夏休みの最後に宿題に苦しめられることになるとは思わなかったぜ。時計を見る、そろそろ夕方か。
五人でアパートを出る。夕日が僕らを労っているように思える、ぬるい風も今はありがたい。
「桐野君が部活で忙しかったのはわかりますが、入鹿さんが終わっていなかったのが解せないです」
「それはね、あれですよ。宿題はいつも最終日に終わらせていたのです。最終日になったのでやるかと広げましたらびっくりしたのです。こんなに多かったのですかと」
「今まで自由研究とかはどうしていたのですか?」
確かにあれは一日で終わるものでもないだろう。
「データだけ取ってあとはまとめるだけにしておいたのです」
なるほど、用意周到な背水の陣だ。
「今後は計画的にやってください。何でもするって言っていましたよね?」
「「はい」」
そんな三人の会話に僕と布良さんは苦笑する。
「陽菜ちゃん、うまい具合に着地させちゃったね。桐野君はやると言ったらやる人だし。入鹿ちゃんも約束破れない人だし」
「もう勘弁だよ。布良さんも疲れたでしょう」
「あはは、さすがにね。それよりもさ、いちゃつかないの?」
「誰と?」
そういうと布良さんは頬を膨らませる。
「陽菜ちゃんとに決まっているじゃん。いちゃついてよ、ラブラブチュッチュッしてよ。今日会えるからって楽しみにしていたのにー!」
何を言っているのだこの人は。
「陽菜ちゃん、律儀にも私に相馬君から告白されましたって連絡してきたから、もうワクワクしていたんだよ。この二人はどんなイチャイチャを見せてくれるのかな~って。なのに二人ともいつもと変わらないんだもん。私の前ならチューまでなら許してあげるよ」
「やらないよ。人前で恥ずかしい」
「えっ、てことは人前じゃなければやっているの?」
布良さんが可愛らしく首をかしげる。
「やってないです」
「嘘だ~」
そんな笑われましても、やってないのだが。
「まぁ、時間もたっぷりありますし。じっくり楽しませていただきます」
そういうと布良さんは耳元に顔を寄せる。
「ただし、陽菜ちゃんを泣かせるような目に合わせたらぶっ殺すから」
背筋が凍るような声。慌てて布良さんの方を見るといつもの朗らかな笑顔。
「言われなくても大事にするよ。僕にはもったいないような人だから」
「そんな悲しいこと言わないの。安心して、学校中に広めるようなことはしないから、いつでも何でも相談してね。頼れる学級委員長なので」
頼もしく胸を張る布良さん。良い友達を持ったものだと思う。
京介に見送られ電車に乗る。
「夏樹さんとどんな話をされていたのですか?」
「陽菜は私の友達だから大事にしてねって話。愛されているな」
「そうですね。夏樹さんは頼れる学級委員長です」
無表情の中に少しだけ嬉しさを混ぜた表情。
「明日から学校ですね。また忙しくなります。体育祭に文化祭に企画は目白押しです」
「そうだね。頑張らなきゃな」
楽しかった夏休みは終わる。でも別に楽しい日々が来ないわけでは無い。明日を楽しめるかは僕ら次第だ。
次回から、秋。





