第三十六話 メイドと花火大会を眺めます。
さてさて、困りましたねぇ。桐野君が言うには日暮君も陽菜ちゃんもいなくなってしまったと。人を探すときはどちらも動くかどちらかが留まるかでよく議論になるけど、この場合は留まるのが吉かな。
陽菜ちゃんを探して走って行ったというけどやっぱり大好きなんだね、さっさと言っちゃえば良いのに。そしたら私の前でいっぱいいちゃついてほしいな、あの様子だと自覚はしているけど戸惑っているのかな。
「夏樹の姉御、どうします?」
「うーん、ここで見よっか。人混みの動きも落ち着いてきたし」
河川敷の木の下がちょうど空いているし。
「もしもし、相馬?朝野さん見つけたか?」
歩き疲れた足を休ませながら空を眺める。たまたまこの場所が空いているなんてね、ここからよく見ていたなぁ。
「私の調査だともう少し良い場所あるのですよ」
「へぇ、どこどこ?」
「姉御の体力だと少々厳しい場所かと」
なるほど、結構歩く場所なんだ。
「じゃあ、ここで良いよ」
たまには思い出に浸るのも悪くないと思う。
「朝野さん、電話でないと」
桐野君が電話を終えて戻って来る。
「困ったねぇ」
どこかで二人きりで見て気持ちの一つでも伝い合って、後で合流した時に二人の雰囲気の変化でも楽しみたいな。うん、やっぱりこっちから探しに行くのは辞めておこう。頑張れ陽菜ちゃん、日暮君。
「ここで待とっか」
「そうしますか」
「そうですね」
人混みを掻きわける。少し戻ればすぐに見つかると思ったのだが、まさかすれ違ったか?どこだ、不安になる。陽菜がいなくなったあの日の朝の事を思い出す。唐突に感じる心臓が握られている感触。どこだ、どこなんだ。
「相馬君?」
呼び止められる。その声は僕が探し求めていた声だった。
振り向くと陽菜がいた。浴衣は人混みの中を走ったからか、少し乱れていた。
「はぐれたと思っていたら、探してくれていたのですね。人混みを逆行する相馬君が見えたので追いかけました」
「そっか、すれ違ったんだ。良かった、見つかって」
「探してくれて、ありがとうございます」
力が抜ける。呼吸がさっきより楽になった気がする。
「皆様は?」
「場所は取ったって」
さっき京介から連絡は来た。
「そうですか、けどここから移動するのは困難ですね」
すでに見に来ている人の場所取りは完了していて、とても歩きづらい空間が形成されている。
それなら、久しぶりにあの場所からの景色を見たい。あそこから見える景色を陽菜にも見せてあげたくなった。だから僕は、今度こそはぐれないようにと手を差し出す。
「陽菜、ちょっと付き合ってもらって良い?少しだけ階段あるけど」
差し出した手を陽菜は握り返す。ちゃんとそこにいる、確認するようにその感触を確かめる。
「相馬君が行きたいのであれば」
その言葉とともに僕らは歩き出した。
京介に連絡して僕らは河川敷を離れ、その場所を目指す。とはいってもそんなに離れていない。多分不人気なのは階段がちょっと多いからだろう。
「ここですか?」
「うん」
とても深い森、一見すると花火を見るのには向いていない場所に見える。階段をのぼっていく。祭りの賑やかさから段々と離れていく。代わりに虫の声が響く。
「もうすぐ着くはず」
記憶をたどる、この場所だ。もうすぐ鳥居が見えてくると思うが。たどり着いたのは神社、こんな日のこんな時間だ、参拝客もいない。閑散としている。それでもここは記憶にある場所だと確信できた。
僕の横で不思議そうにきょろきょと辺りを見回す陽菜を僕は導く。
「ここからだと良く見えるんだ。ほら、そこのベンチに座って」
陽菜を座らせその隣に座る。神社の境内の奥、ここからだと町を一望できる、僕の忘れていたお気に入りの場所。
「すごいですね」
「何で有名にならないのかが不思議だよ」
しばらく町の景色を楽しんでいると、花火が始まる。次々と打ちあがる光の花が咲いては散っていく。
隣に座る陽菜、花火に照らされるその顔はいつも通りだけどいつもと違う。繋いだままの手、離したくない、その思いを込めて握る。
そんな僕の行動に気づいたのか、陽菜はこちらを見上げる。
「相馬君、まだ怖いですか?」
「えっ?」
「私はもう、いなくなったりしませんよ」
陽菜の目が僕を捉える。下から感じる視線、目を逸らせない。きっと陽菜にはわかっている。僕が陽菜に気持ちを伝えられない理由。
一際大きな花火の音が響く。
「ここ、お母さまとの思い出の場所ですよね」
「うん。お母さん、子どもの頃この町に住んでいたからこういう穴場的なところ詳しかったんだ。あの星を見に行った丘もそう、きっとまだまだ僕が覚えていないだけで忘れていることがたくさんあると思うんだ」
花火が止まる、煙が晴れるのを待つためだろう。
陽菜の目は僕の次の言葉を促していた。繋いだままの手がそこに確かにいることを教えてくれた。
「日本に来て馴染めなくて、ずっとお母さんと一緒にいた。いろんな所に連れて行ってもらったし、お父さんに鍛えてもらっているとき以外はお母さんと一緒にいたよ。いつも一緒にいたから死ぬなんて思っていなかった。信じられなかった、認めたくなかった」
花火が再開する。爆音とともに夜空に花が咲く。色とりどりの光が僕らを照らす。
「相馬君、やりたいことは見つかりましたか?」
「まだ、かな」
「優柔不断ですね」
「そうだね」
だから今はとりあえず、やりたいことが見つかったときに備えて勉強をしている。陽菜先生に頼りきりだけど。
「私はこれからも相馬君のサポートはするつもりですよ。ずっと傍に置いていただけるのでしたら」
「それはぜひお願いしますだな」
陽菜が嬉しそうに笑う。僕の中の何かが熱くなるのを感じた。何かが溢れ返りそうになるのを感じた。伝えたい。そう思った。伝えなきゃいけない。今のこの気持ちを伝えたい。それでも喉まで出かかる言葉に息を詰まらせる、それでも僕は伝えようとする。今しかない、そう思ったから。
「陽菜、あのさ」
「はい」
「うまく言えないのだけど」
「はい」
言葉に詰まる。何て言おう、この気持ちをどうやって陽菜に伝えよう。次の言葉をじっと待つ陽菜。少しの不安をにじませている。
「その、えっと……」
「相馬君、落ち着いてください」
とりあえず深呼吸。今引いてはいけない。ここで言えなかったらまたズルズルと引き伸ばすと思うから。
「落ち着いた」
「では。どうぞ」
陽菜の目を見る。大丈夫。僕は陽菜の事を信じることができる、桐野に背中を任せたように、布良さんに見送ってもらえたように。
花火が打ちあがる。この音に負けないよう、かき消されないように僕は伝える。
「陽菜、僕は陽菜の事が好きなんだ」
言葉を選ぶわけでも遠回しに伝えるのではなく、そのまま気持ちを言葉にした。じっと陽菜を見る。何て言われるだろうか、どう思っただろうか。口を綻ばせ、陽菜はゆっくりと僕への返事を紡ぐ。
「私も、好きですよ」
花火大会も終わりが近づいているようで、次々と打ちあがる。色鮮やかな輝きが夜空に広がり、夏の最後の思い出を彩る。
僕と陽菜は何か話すわけでもなくただそれを見ていた。隣にいる、その事実を噛みしめながら。
神社を出て階段をおり、祭りの後の寂しさと興奮が入り混じった空気の中を歩く。
「いたいた、おーい」
「夏樹さん、すいません。私がはぐれたばかりに」
「良いよ良いよ、花火は見れた?」
「はい」
「陽菜ちゃん、夏樹の姉御と心配していたでございますよ」
「入鹿さんも、ごめんなさい」
女子三人が再会を分かち合う横で男子二人。
「それで、どこまでやったよ。人気のない神社だぞ」
「何もしてないよ」
「嘘つけ!」
こいつ、何を想像しているのだ。
「はぁ、お前は本当に高校生男子か?」
「そうだけど」
「全く、取られても知らねぇからな」
呆れたように言う京介、男子高校生を何だと思っているのだか。
「気をつけるよ」
とりあえずそう返す。京介にはいずれ話そう。むやみやたらに広めるような事でもない。
三人を駅まで見送り、家に帰る。
気持ちを伝えあったは良いが、正直何をすれば良いかわからない。今までそんなことは無かったし知識としてもない。でも、とりあえず今決めたことは伝えておこう。
「陽菜、来年の夏休みの事なんだけど」
「はい」
「お母さんのお父さんとお母さん。つまりは僕のおじいちゃんとおばあちゃんに会いに行こうと思うんだ」
父さんが言うにはお母さんが死んでから引っ越したらしい。僕の記憶が蘇らないようにするためだとか。
「私も一緒にですか?」
「うん、一緒に来て欲しい」
「わかりました。今から緊張してしまいますね」
ちらりとこちらを見上げる。僕は笑い返す。
夏休みが終わる。また新しい日々が始まる。
夏休み編も次でラスト。





