第三十三話 メイドとプールに出かけます。
照り付ける太陽、青い空、流れる水。今日は絶好のプール日和。バスで三十分の総合運動公園のプールは家族連れで賑わっている。
休憩できる場所を取り、浮き輪を膨らませる。日焼け対策のパーカータイプの水着は、この前陽菜と買いに行ったものだ。
「相馬君、お待たせしました」
「おう、陽菜」
可愛い。陽菜の水着が可愛い。白いワンピースタイプでフリルのついたスカート。過度に露出が無い。どストライクだ。さらにその上にピンクのパーカーを羽織っているのも良い。水着は持っているとのことでパーカーだけは選ばせてもらった。黒と最後まで迷ったな。
あれ、僕はなぜこんなに熱く語っているのだ。
「陽菜ちゃん、お待たせ」
布良さんは、ピンクのビキニに白いパーカー。陽菜と色を合わせたのかな。昨日やけに熱心に連絡を取り合っていたし。
京介よ、今頃白球を追いかけているのかな。帰ったら恨み言の一つくらい聞いてやるよ。
「入鹿ちゃん、お母さんの実家に行っちゃったからなぁ。陽菜ちゃん、ウォータースライダー行こっ」
「はい」
女子二人を横目に浮き輪を膨らませることに専念、今は一時間ごとに設けられるプールに入ってはいけない休憩時間だ。
しかし、プールで遊ぶと言っても何して遊べばいいのかがいまいちわからない。水に浸かって何をするのかという疑問がある。泳ぎの訓練をするとしてもこんな人混みでは何もできまい。
「ただいま戻りました」
「お帰り」
帰ってきた陽菜に浮き輪を渡す。
「ありがとうございます」
「布良さんもどうぞ」
「ありがとう」
泳ぐのが得意と言っていたがこの様子だとその得意な泳ぎを披露する機会は無さそうだ。
「混んでるね~」
「そうですね。さすがにここまで混んでいるとは思いませんでした」
フードをかぶりプールサイドに佇む陽菜。休憩時間も終わり、プールではしゃぐ子どもたちを浮き輪片手に見つめる。
「ほら、陽菜行くよ」
「はい」
布良さんと陽菜を引きつれプールに入ろうとすると明らかにチャラチャラしている三人組に阻まれる。
またべたな展開だな。もう読めるよこれ、僕を冴えない男呼ばわりして陽菜と布良さんを連れて行こうとするのでしょ?
「二人とも可愛いね、そんな男放っておいて俺らと遊ばない?」
ニアピンか、冴えないじゃなくてそんなか。
「お断りします。少なくともあなた方三人より相馬君の方が戦闘力は高いです」
陽菜、そんなきっぱり断ると逆上させるぞ。あいまいな断り方すると脈ありと判断してしつこくなるが。こういうのは絡まれないようにするのが一番良いという、どう防げば良いのかわからない一番面倒な輩なのだ。
「そんなこと言わずにさ」
ニヤニヤと二人を囲む。既に僕は眼中に無い。どうしたものか。暴力沙汰は駄目だよな。
「おいおいおい、うちの子に何手を出そうとしているのさ」
突然現れたその人はすさまじい殺気を放っていた。
「あれ、脳筋さん。仕事はどうしたのですか?」
「あぁ、ロリッ子が。てめぇ口の利き方に気をつけろよ」
結城さんだ。その剣幕にチャラ男たちは退散する。
「おう、相馬。ちゃんと守ってやれよと説教しようと思ったが、殴るか殴らないかを考えている目だったから許す」
黒いスポーツ水着をびしっと着込んだ結城さんは僕の頭をガシガシ撫でる。
「この発育良い子は誰や」
布良さんをじっと見ながら言う。
「同級生の布良夏樹さんですよ。筋肉になっている脳みそでも覚えやすいように簡単に説明してあげたので感謝してください」
「ハッ、ロリッ子は相変わらず貧相な体つきだね」
「そちらこそ、六つに割れている腹筋を隠さずにさらしたらどうですか?」
相変わらず仲良いのか悪いのかよくわからないな。
「そんじゃ、初めまして布良夏樹さん。あたしは結城真城、そこのロリッ子の親戚みたいなものだよ」
「布良夏樹です。陽菜ちゃんのお友達です」
「よろしく。夏樹」
京介、プール代おごるから今すぐ来てくれ。女子が増えすぎてつらい。
「ちなみに、結城さんはなぜここに?」
「ん?おーいリラ―」
「真城先輩、突然走り出したと思ったらこんなところに」
父さんを空港まで送ってくれた人だ。
「あら、陽菜さん。こんにちは」
「こんにちは、リラさん」
「まっ、ここにいるのはリラと遊びに来ただけだよ」
「リラさん、この脳筋が帰り道迷わないように見てあげてください」
「あはは、さすがに迷わないと思いますよ。あっ。お二人は初めましてですね。東雲リラと申します。真城先輩と同じ大学に通っております」
大人しくて良い人そうだな。でも、父さんで良いから。水中訓練付き合うから来てくれ。女四男一っておかしいだろ。
それから女子グループに引き連れられ遊んだ。
ビーチバレースペースにて。
「おらぁ、消し飛べや!」
「相馬君、上げます」
結城さんのスパイクを無難にトスする陽菜。
相手コートに叩き込むが東雲さんが拾う。
「せいや!」
結城さんが打ち込んだ玉は陽菜が拾う。これが先ほどから繰り返されている。
「みんな頑張れー」
布良さんはパラソルの下でチュロスを食べている。
陽菜が打ち上げた球、趣向を変えて返してみるか。
「えい」
打ち込むのではなく優しく落とす。東雲さんも予想外のようで反応できていない、結城さんは東雲さんに拾うのは任せていたようで動けていない。
「すごいです、相馬君」
ハイタッチ。
「約束通り、ホットドック奢りでお願いします」
「わかったよ」
結城さんが布良さんに預けていた鞄からホットドック五人分のお金を差し出す。
「えっと、東雲ちゃん?で良いですか?」
「えぇ、それでどうぞ夏樹さん」
「ではそちらは結城ちゃんで」
「良いぞ。可愛らしい呼び名はあたしには似合わないけど」
「いえいえ」
居づらい、目のやり場に困る。
「相馬君、どちらへ?」
「温泉スペースがあるみたいだからさ」
「なるほど、私も行きます」
陽菜がついてくる。三人は談笑しているようだ。というか布良さんすごいな、もうあの二人と打ち解けている。
それなりに広く、種類もある温泉スペースだが。ほとんど人がいない、みんなプールで遊んでいるのだろう。
「良いお湯ですね」
「そうだね」
陽菜と二人きりなら戸惑うことは無い。
「相馬君、どうですかこの水着?」
「とてもよく似合っている」
「そうですか。選んで良かったです」
少しはにかんで見えるのは気のせいだろうか。
「相馬君、意外といい体つきしていますね」
「そう?」
「はい、じっくり見たのは初めてなのでびっくりしています」
鍛えたかいがあったぜ。
「はぁ」
ため息をつきながら自分の体を見下ろす陽菜。
「相馬君、私の裸見たことありましたよね」
「えっ、うん」
確か着替えさせたとき。
「はぁ……」
しょんぼりしてしまった。
どっちの事を気にしているのだろうか。
「大丈夫、これから。私はこれからです」
おっ、立ち直った。
「そういえば、東雲さんって何者?」
「うちの派出所のメイドなのはご存知ですよね?」
「うん」
「彼女は技量こそ平均的ですが、教えることに関しては天才です」
「というと?」
「名選手名コーチにあらずという事です」
なるほど。
「さて、私は最後に流れるプールを一周してきます。一緒にいかがですか?」
「行こうか」
布良さんたちも誘って、夕方になり人が少なくなったプールを鬼ごっこして遊んだ。
メイド三人は泳ぎも上手かった。父さんに鍛えられていなかったらあっさり捕まっただろうな。
結城さんと東雲さんの車に送ってもらうことになる。
「ロリッ子は走って帰れ」
「お断りします」
「まぁまぁ、結城先輩。それでは一番近い夏樹さんから送りますね」
「よろしくお願いします」
「リラさんの運転なら安心ですね」
夏樹さんと別れ四人になる。
「日暮さんでしたっけ?」
「はい」
「陽菜さんとどこまで行きましたか?」
「リラさん!」
突然の東雲さんの質問に結城さんの目が輝き陽菜が慌てる。
「おかしな質問ではないと思いますよ。あれ?二人はお付き合いしているのではないのですか」
「違いますよ!まだです!」
僕が答える前に陽菜が答える。
「まだってことはこれから期待して良いという事ですね。楽しみにしています。ほら、着きましたよ」
車から降りて見送る。車が見えなくなり、カラスが無く声だけが響く。ぬるい風が僕と陽菜の間を流れる。
陽菜が僕を見つめる。
「答え、まだ待っていますから、いつでも待っていますから」
「うん」
今の僕にはそれしか答えられない。どうにも言い出せない。陽菜もそれをわかっているみたいで、
「家に入りましょうか」
と助け舟を出してくれる。
陽菜の気持ちは変わっていない。あとは、僕があと一歩を踏み出せるかどうかだ。好きの二文字を言えるかどうかだ。
夏休みは続く。





