第三十一話 メイドと山登りをします。
「ひぃひぃ」
「夏樹さん、ファイトです!麦茶飲みます?」
「飲みます!」
照り付ける日差し、鬱蒼と茂る木々、吹き抜ける爽やかな風。時刻はまだ午前八時頃といったところか。
「京介、部活休んで良かったのか?」
「おう、お前らだけじゃ心配だからな。と言いたいところだが何故か休みになったからついてきた」
不思議なこともあるものだ。
「ほらほら夏樹の姉御、頑張るでございますよ」
「はーい」
僕と京介で先行し、布良さんを入間さんと陽菜が励ましながら歩く形だ
日差しは激しいがそこまで暑くない。不思議なことだ。青臭い空気の中を歩いていくと水の音がする。
「湧き水だ」
京介はすぐに近づき手ですくい飲もうとするが。
「駄目ですよ」
すぐに陽菜に止められる。
「水質がはっきりしない水を飲むのは控えるべきです」
「はーい」
まぁ、飲みたくなる気持ちもわからないでもない。
布良さんのお父さんに連れてきてもらったこの山を登り、その頂上に泊まり帰って来る行程、予定では昼頃には頂上に着くはずなのだが。
「夏樹さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫……」
少し休憩。
「ぷはー!生き返るねぇ」
「夏樹の姉御、おっさんみたいです」
日陰で麦茶をぐびぐびと飲んだ布良さんの開口一番の言葉、確かに入間さんの言う通りおっさんみたいだ。
「はちみつレモンもいかがですか?」
「いただきます」
「陽菜、そのリュック重くないの?」
「はい、全然」
さっきからビニールシートやはちみつレモン、水筒などを次々と取り出す陽菜のリュック。かなりの大きさで結構心配だ。
「それを言ったら日暮君のもなかなかじゃない?」
「うん?僕も?」
山に登るなら必要なものを持ってきただけだが。まぁ、確かにあまり高い山では無いから少々大げさすぎたのも否めない。
休憩を終えてまた歩き出す。途中すれ違う人が応援してくれる。山登りのマナー、山を登る人は良い人が多いのではと昔から思っている。途中木々の間から見えた景色、遠くの方まで見渡せて山を登っていると実感した。
「夏樹さん、荷物持ちましょうか?」
「それは駄目。自分で持つ」
布良さんの顔に迷いは無い。歩みを進める足にも力がこもっていた。恐らくそろそろ頂上が見えてくるはずなのだが。
「頂上まであと百メートルだとよ」
京介が看板を見つけて言う。
「よし。ほらみんな、もうすぐだとよ」
「おー!ラストスパートだ~」
ここからさらにテント設営とかいろいろあるけど。ここまでくればあとは楽なものだろ。
頂上の一歩手前で足を止める。
「どうした?相馬」
「最後はみんなで」
「なるほど」
にやりと笑う京介。女子三人が追いついたところで。
「到着!」
五人でゴール。目の前に広がるのは野原、その周りにはテントを張ったり焚火ができるスペースがある。とりあえず手続きのための建物に入り、テントや調理道具を借りて、薪を貰う。
「よーし、テントを張るぞ。陽菜、そっち持って」
「了解です」
男子用と女子用を張る。特に困ることなく組み立てる。
テント二つ立てて近くを散策。途中川を見付ける。
「きれいな川ですね」
「まぁ、上流の方だろうし」
入間さんと布良さんが水かけっこをしている。京介はというと。
「釣れるかな」
とか呟きながら近くの竹やぶから竹を持ってきて即席の釣り竿作りを始める。
「相馬、針と糸持ってない?」
持っているわけがない。
「ふむ」
テントへ戻るまでの道、陽菜が突然立ち止まる。
「ヤッホー!」
突然叫んだ陽菜の声が反響して山に響く。
「満足です」
やまびこか、懐かしい。
「ヤッホー!」
僕も叫ぶ。反響する。
「「「ヤッホー」」」
みんなも叫ぶ。山に響く声、どこまで届いているのだろうか。
「皆様、どうかされましたか?」
陽菜がきょとんとして言う。
「いや、陽菜が突然やり始めたから」
「そうですけど……。やるとは思っていなかったもので」
何じゃそりゃ。
「山に来たらこうするものだとは本で読みましたけど、皆様やらないのでもしかしたら違うのかなと、でもやってみたいなと思ったので」
その言葉にみんな笑いだす。
「なっ、笑う事無いじゃないですか」
「いやいや、陽菜ちゃん可愛いなぁと」
「そうですね、陽菜ちゃん可愛いですね」
女子二人にもみくちゃにされる陽菜。微笑ましい光景である。
自分たちのテントを建てたところに戻り、火起こしを始める。その横で陽菜が手早く野菜を切り刻む。リズミカルな包丁の音を聞きながら新聞紙に火をつけ、その周りを薪で囲む。空気の入る隙間を用意するのがポイントだ。ふと、小学生の頃の宿泊体験学習で、それを考えて薪を組んでいるのも知らないで先生にもっと薪を入れなきゃダメだと、大量に薪を突っ込まれ火を消された苦い思い出がよみがえる。
「相馬、手慣れているな」
「父親に教え込まれたからな」
火が安定したのを確認してご飯を炊く準備を始める。これも特訓させられたなぁと思いながらさっさと準備する。
「相馬、とりあえず燃えそうなの集めておいたから使ってくれ」
「サンキュー」
京介が集めてきてくれたものは確かに使えそいうだ。ありがたい。
「ほいほい日暮君、鍋置かせてもらうよ」
「あいよ」
みんなで作ったカレーはとても美味しいものだった。焚火を囲んで食べるのはとても楽しかった。
そろそろみんなは眠っただろうか。
眠れず焚火を見つめている。なぜだかわからないがそうしていると落ち着く。
「眠れないの?日暮君」
「布良さん、どうかしたの?」
寝巻用のジャージを着た布良さんが僕の隣に座った。
「いやはや、寝ようかなと思ったら日暮君が焚火を見つめて何かしているなぁと思ったから気になったのですよ。そんなわけで、眠れない夜はこういう話題に限るよね。日暮君、陽菜ちゃんのこと好き?」
「いきなりどうして?」
「えーっ、だって日暮君、陽菜ちゃんのこと大好きだーって雰囲気が出ているもん」
ニヤニヤしながらそんなことを言う。当然実感は無い。でも、
「そうだね、うん。否定できない」
「素直でよろしい」
「そういう布良さんはどうなのさ?」
「えーっ私ももちろん陽菜ちゃんのこと大好きだよ」
あっ、そう取られちゃったか。
「陽菜ちゃん寝ちゃったからなぁ、駄目だなぁ。起こしてこようか?」
「寝かせてあげてよ。かわいそうだし」
「それもそうだね」
「いえ、寝てませんよ。私はとても寝つきが悪いので」
「「うわっ!びっくりした!」」
突然後ろから現れた陽菜に同じ反応で驚く。隣の布良さんが立ち上がる。
「それじゃあ私はそろそろ寝るね。おやすみー」
にやけ顔を必死で隠そうとしているが全然隠せていないよ、布良さん。
「珍しいですね。私の膝の上だとすぐに寝てしまうのに」
「陽菜の膝が寝心地良いのが悪い」
静かすぎるのと、普段一緒に寝ない人と寝るという状況が苦手なのだ。
薪をくべる。
「燃え尽きさせるのでは無いのですか?」
「燃え尽きたら寝なきゃいけないし」
「まさか徹夜を?」
「そのつもり」
そういうと陽菜は立ち上がる。テントから自分の寝袋を持ってくる。
「それなら私も付き合いましょう」
「それで寝袋を持ってくる理由は?」
「入ってください、一人では広すぎます。山の朝は冷えますし」
中に入る。密着状態に心臓が高鳴る。
向かい合うのも恥ずかしいから上を見上げる。あの丘で見たときよりも多くの星が見えた。
「きれいですね」
隣で寝ている陽菜もきっと上を見ているのだろう。
このシチュエーション、十分ロマンチックではないだろうか。今この時この瞬間なら十分良いと思う。頭の中で言葉を練る。どんな言葉なら不自然ではないか、かといってかっこつけ過ぎるとかえって逆効果。告白を既に受けているとはいえ愛想をつかされる可能性を考慮しなければならない。
よし、決まった。
「陽菜」
返事が無い。
「陽菜?」
横を見る。寝息を立てる陽菜の顔が間近にあり、慌てて顔を星空へと向ける。
寝つき悪いってさっき聞いたのだがな。
「まぁ、次の機会を待つとしようか」
外に放置するわけにもいかないのでそのまま寝ることにする。おやすみ……。
次の日、何事もなかったことを装うべく誰よりも早起きしたが、陽菜は帰り道布良さんと入間さんに取り調べを受けていた。





