第三十話 メイドが休暇を過ごします。(相馬)
「それでは相馬君、いってきます」
「うん、いってらっしゃい」
陽菜を見送りリビングに戻る。今日朝起きたら陽菜が今日は休日にしてくださいとのことで、もちろん断る理由は無いから今日一日休んでもらうことにした。
「しかし、陽菜がいないと暇だな」
休日はいつも陽菜と雑談をするか、陽菜とお出かけするかだ。どんだけ陽菜に依存しているのだ僕の生活。
まぁ、とりあえず家事でもしますかと家を一周する。廊下、埃一つ落ちていない。トイレ、綺麗だな。風呂場、洗われてる。キッチン、うん、整理されすぎていて手を出したくない。やる事無いな。
はぁ、暇だ。人は暇との戦いを強いられているのだな。
結局ソファに戻りうだうだと惰眠でも貪るかと寝転ぶ。その時インターホンが鳴る。
「はーい」
鍵を開け扉を開ける。
「よう、相馬。ちょいと付き合ってくれる?」
「結城さん?どうしたのですか?」
ジャージを着た結城さんが凶暴な笑みを浮かべて立っていた。
とりあえず上がってもらい話を聞くことに。
「だからさ、あたしはもっと強くなりたいわけよ。あんたの父親に負けるしあんたに追い詰められるし。これじゃあ守護者名乗れないでしょ。というわけで、ちょいと付き合いなさいよ」
「何にですか?」
「稽古に」
「いやですよ」
睨まれる、怖い。
「陽菜を守りたいのでしょ?」
「そうですけど」
「陽菜がまた帰ったらどうするの?」
「連れ戻しに行きますよ」
「またあたしと闘うの?」
「そうですね」
そこで僕は気づく。なるほど。
「私と稽古すれば私の弱点がわかるでしょ。なら、やっておく価値無い?これはうちのメイド長が好きな、お互いに得のある取引ってやつ」
というわけで結城さんの車の中。
「どこに向かうのですか?」
「うん?派出所」
「えっ……」
メイド長がいそうだな。あの人は苦手だ。
「大丈夫、今日は重要な会議があるからっていないから」
「そうなのですか?」
「あの人確かにメイド長だけどそれは名ばかりで、実際は会社持ってるやり手の女社長だよ。確かにあたし達のメイドの技術はあの人から教えてもらったものだけどさ。まっ、戦闘だけ一位で他はほとんどビリのあたしみたいなのもいるけど」
言葉のわりに自虐的に聞こえない、事実を淡々と述べている声。
「ちなみにあのロリッ子は戦闘だけ二位で他は一位。なのに全然仕事来なくて、と思ったらあの男が突然来て雇う事が決まったときは驚いたものだよ」
「ちなみに、その順位が決まるものって戦闘以外には?」
「料理、掃除、座学、洗濯、裁縫、戦闘、芸術、遊戯、サバイバル。ちなみにあたし、サバイバルは二位だよ」
どうでも良いという感じがよく出た声。
「というか、結城さん、大学生ですよね?授業とか出ているのですか?」
「出ているよ、だからあんたに不幸だねって言ったじゃん。あたしが授業の日に来ていればあんた余裕で全部突破できたよ」
マジかよ。何てタイミングが悪いんだ。
「ほら、そろそろつくよ。そういえばあんた昼飯食ったの?」
「はい」
「そ、そんじゃついてきな」
結城さんに連れられ向かった場所はまさに稽古場といった感じの場所。木の床でそれなりに広い。
「準備は良い?」
「えっ?」
「問答無用」
いつぞやの陽菜のごとく殴りかかって来るが、しかし陽菜より速い。
「くっ」
どうにか避ける。
「おらぁ」
蹴りが飛んでくる。視界の外からの攻撃、反応しきれず受ける。
「どうしたどうした」
体勢を崩したところに拳が降って来る。どうにか防ぐ。
「良いね良いね、どんどん行くよ!」
腹を連続で殴られる、あえて受ける。結城さんが決め手の一撃を打とうとために入る瞬間、ほぼ密着状態まで間合いを詰める。
「せい!」
背負い投げ。床に転がった結城さん、そこから固め技に入ろうとするがすぐに立ち上がる。
立ち上がったところをさらに攻め込む。
「良い攻めだけどまだまだ」
蹴り倒される。
「ほら、この前より手加減しているのだから。まだまだいけるだろ?」
立ち上がる。
「さ、次はそっちから来な」
構える。
「結城さんって女性って感じしないですね」
ふと思ったことを口にする。
「あぁ?どういうことだよ」
あれ?めっちゃ怒ってる。
「陽菜と稽古したことあるのですけど、殴るのためらっちゃったのですよね。稽古でも」
「てめぇ。良い度胸しているじゃねぇか。あたしが筋肉ガチガチマッチョ女ってか?ぶち殺してやる」
えぇ。
この前よりも素早い動きで殺しに来ている。何で、何で怒ってるの?
「あたしは、女だぁ――!」
強烈な蹴りが打ち込まれる。
「ぐはぁ」
やべ、意識が。
「ん?」
ここどこだ。
「起きたんだ。今あんたを家に送るところだよ」
後部座席に寝転がさせられて運ばれている。特に痛みは無い。
「全く、変なこと言うせいでカっとなっちまったじゃねぇか。発言には気をつけろよ」
結構な時間眠っていたようでもうすぐ家に着くみたいだ。
「ほら、立ちな。あたしは帰るよ」
「はい」
結城さんを見送り僕は家に入る。
「疲れたな」
床に寝転がる。何でだ、ものすごく疲れたぞ。動けねぇ。うーん、しばらく動けないや。
しばらくそうしていると、玄関の扉が開く音がする。足音が近づいてきてリビングの扉が開く。
「おかえり、陽菜」
とりあえずそう声かける。
「相馬君、何があったのですか?」
「うん?稽古してきた」
そうとしか答えられない。
「しばらく動けないからまぁ、気にしないでくれ」
そう言うと、陽菜は僕の傍らに座る。
「相馬君、うつ伏せになってください」
陽菜の雰囲気は有無を言わせないものがあった。
「おう」
言われた通りうつ伏せに寝る。すろと陽菜はマッサージを始めた。とても気持ちが良い。だるさがどんどん抜けていくのを感じる。
「うまいな」
「訓練されているので。それで、どんな無茶な稽古してきたのですか?」
「結城さんが来て、それでまぁ稽古の相手をしてくれと」
それを聞いた陽菜がどんな顔をしているのか気になり首だけ振り向く。ものすごく呆れ果てた顔をしている。
「ありがとう。何か血が通った感じがするよ」
しばらくそうしていると、体に力が入り起き上がることができた。
「そうですか。それは良かったです」
陽菜の頭を撫でる、丁寧に撫でる。髪の感触を楽しむ。ふと、陽菜の荷物に目が行く。買い物行ってきたのか。陽菜の様子を見るに楽しめたようだ。
「それでは、今日はキャンプの予行演習という事でカレーを作ろうと思います」
「了解、キャンプの予行演習なら僕も参加して良い?」
おそらく、この家という場なら助けより邪魔になる可能性の方が高いが、キャンプという場なら役に立てる自信がある。
「そうですね。お願いします」
結局、陽菜に言われた野菜を切るだけで、ほとんど陽菜がやってしまった。仕事が速い。
カレーを作り終え、陽菜が盛り付けを始める。
「陽菜、なぜ一人分しか盛らない?」
「相馬君の分ですよ。今の私はメイドですので、一緒には食べません」
「わかってないな。料理は片づけるまでが料理、つまり食べるという過程も含まれる。これがキャンプの予行演習なら陽菜も一緒に食べるだろ?」
「確かに……」
陽菜が自分の分も盛る。
「予行演習ならしかたないですよね?」
チラチラとこちらの様子を陽菜は伺う。
「そう、仕方ないよ」
何か、純粋無垢な子を悪の道に導いている気分だ。でも陽菜が嬉しそうな顔をしてくれたから良しとしよう。
ちなみにカレーは当然とても美味しくできた。





