第二十九話 メイドとバーベキューをします。
陽菜が真剣な顔でキャベツとにらめっこをしている。やがて、一つのキャベツを棚に戻す。
「こちらのキャベツで」
「毎度!」
「兄妹でお買い物かい?このトマトもつけてあげる。夏はね、野菜一杯食べないと。お嬢ちゃん、背が伸びないよ」
「そっ、そうですか」
おばさん、それは言っちゃいけないやつ。
「よし、トウモロコシもつけよう。栄養一杯取って成長しろよ」
おじさんの追い打ち。心なしか、麦わら帽子の下から見える陽菜の顔が引きつっているようにも見える。
八百屋を離れ肉屋へ。食材を大量に買うなら商店街の方が良いと陽菜が言うので来てみたが、どうしてか予想外のダメージを受けていた。
「なるほど、私は背が低くて発育が悪いのですか。身体測定で二ミリも伸びていましたが、それも世間の評価からすれば微々たるものなのですね」
「大丈夫、陽菜はそのままでも可愛い」
驚いたような雰囲気でこちらを見つめる陽菜。表情は変わっていない。
「相馬君、メイド長や夏樹さんや入鹿さん、あと悔しいですがあの脳筋と関わって私を可愛いというのですか?それなりの容姿を持っているという自負はありますが、さすがに最近自身が無くなってきました」
自分の胸元に目を向ける陽菜。
「メイド長や夏樹さんのようなわがままボディが欲しいです。入鹿さんとは仲間意識が持てそうです。さすがに筋肉はあまり欲しいとは思いませんけど」
「そうかい嬢ちゃん、なら魚はどうかな?背が伸びるよ」
魚屋のおっちゃんに呼び止められる。商店街の人は気さくで良いな。
「ふむ、また今度で」
「こりゃ残念、また来てくれよ」
魚屋のおっちゃんを華麗にかわし陽菜は隣の肉屋に入る。
じっとショウケースの中を眺める。
「なるほど、これは質が良いですね。お値段は少々張りますけど。こちらはどうでしょう。質はさっきのお肉の方が良いですね」
ぶつぶつと品定めをする陽菜、荷物持ちくらいしかやることが無くて暇だ。
「慧眼だね嬢ちゃん。どれ、三割引きでどうだ?」
「買います」
良い顔で笑う暑苦しい肉屋のおっちゃんのサービスで結構安く済んだ。気前の良い人ばかりだな。
「それでは、お肉が悪くならないうちに一度家へ戻りましょう。下ごしらえもしたいので」
「了解」
買い物袋が重い、さすが五人分。僕と陽菜と京介と布良さんと入間さん。
「相馬君、持ちましょうか?」
「いや、良い。男の意地」
「それなら、一緒に持ちましょう。二人で持てば解決です」
いつの間にか陽菜が袋の持ち手を握っている。
コンクリートも溶けそうな炎天下、僕らはなるべく日陰を歩く。
「そのワンピース、バーベキューの時は着て行かない方が良いと思うな」
陽菜の着ている白のワンピース、麦わら帽子とはとても合うが、バーベキューに適した服装とは言えまい。
「そうですね。結構気に入っていたのですが……。なんか私、ご主人様の趣味に染められてしまいましたね」
麦わら帽子の下から黒い瞳が覗く。思わずドキリとする。
「その発言と上目遣いのコンボは反則」
「何のことですか?」
「何でもないよ」
電車で一駅の広い河原。住宅街から少し離れているためか、バーベキュースペースが設けられている。
僕と陽菜が食材を持って現れたころには、既に京介が火を起こしていた。
「おう、来たか。やっぱ火は新聞と炭で起こすに限るな」
布良さんと入間さんはその様子を眺めている。
「私たちがやってもすぐ消えちゃうんだもん」
「せっかく夏樹の姉御に呼ばれたのに、役に立てずすみません」
布良さんの膝に頭を乗せてうなだれる入間さん。団扇で扇いで熱心に火を起こす京介。陽菜はというと既に食材の準備に取り掛かっている。
何か良いな。素直にそう思う。
「相馬、暇ならちょいと火を見といてくれ」
「はいはい」
団扇を持ち下から空気を送り込む。ここまで燃えればほっといても大丈夫そうだな。炭の山を崩してあとは網を置けば完了。
「陽菜、いつでも焼けるよ」
「わかりました。ではこれをお願いします」
渡された肉を並べていく。さすが陽菜、張り付かないように油多めの肉を渡してくれた。
「おぉ、日暮君、焼き始めたの!」
「うん、もう少し待ってね」
入間さんが興味津々に後ろから覗き込む。さらにその後ろから布良さんの皿と箸を配る声や陽菜が塩キャベツを勧める声が聞こえる。楽しい。
「ほら焼けたぞー」
「待ってました!」
大皿に肉を乗せて入間さんに渡す。あとはそっちで分けてもらおう。
肉を並べて陽菜が置いておいてくれた塩キャベツを頬張る。うまい。
「相馬君はコーラでよろしいですか?」
「よろしいです」
「私が焼きましょうか?」
「いや、良い」
陽菜が僕の握るトングをグッと握る。
「私にやらせてください。どうにも人が肉焼いているのを見ると、落ち着かないのです」
「それは僕も同じだな」
じっと見つめ合う。陽菜は譲る気が無いらしい。
「二人とも―、肉焦げるから持っていくですよ。いちゃつくならそのトング貸して」
入間さんが網から肉を取り上げる。もう少しで焦げるところだった。
「「すいません」」
じゃんけんした結果、陽菜にトングがわたる。
仕方ないので京介の隣に座り、大皿にあった肉を口に放り込む。少し焼きすぎだな、トングの取り合いに夢中になりすぎた。
陽菜はというと、楽しそうに肉を焼いている。とうもろこしやジャガイモも焼き始めている。陽菜の焼いた肉はというと、どうしてこんなに差が出るのかわからないくらい美味しい。任せてもらおうと思ったのがおこがましいくらいだ。
「京介、お前結構食うな」
「現役運動部何てこんなものだろ」
布良さんや入間さんはというと、既にギブアップで川を眺めている。陽菜は肉も野菜も焼き終わったからか、自宅で握ってきたおにぎりを焼いている。
「いやはや、うまかったぜ。自分で作ったやつよりうまい。そろそろ腹に結構きているな」
そんなことを言うが、目線が焼きおにぎりに向いているのに気づき、まだ食えるのかと驚く。
「相馬君、焼きおにぎり食べますか?」
「食べます」
「俺もいただきます」
三人でおにぎりを頬張る。醤油が香ばしい。
「あー、ずるいぞー。入鹿も食べるぞー」
「私も食べる」
五人で食べたら大皿にずらりと並んでいたおにぎりも、すぐに無くなる。それでも満足感に浸りつつ、片付けを始める。みんなでやればそれもすぐに終わる。来たときよりも荷物が軽くなり祭りの終わりを感じさせた。
「それじゃあみんな、今日は解散!」
布良さんの号令とともにみんなはそれぞれの家路につく。駅で電車に乗る、この時間は人が少なくてすんなりと座れた。
荷物を足もとに置き、ぼんやりとしていると肩に小さな重み。
「さすがに疲れたよな」
起こさないように頭を撫でる。家まで運ぶとしよう。
陽菜を背負い電車を降りる。二人分の定期を見せて駅を出る。夜も蒸し暑いな、きっと明日も暑くなるだろう。雨でも降ればとは思うが、冷静に考えると逆に蒸し暑くなるパターンもあるから一概に良いとは言えない。
陽菜は相変わらず軽い。だから運んでいて全然苦にならない。
しばらく歩くと、背中で何かがもぞもぞと動く気配。
「相馬君?私、運ばれていますか?」
「おはよう、陽菜」
どんな顔しているか確認できないのが残念だ。きっと、とても慌てている顔をしているのだろう。
「すいません、ごめんなさい、降ろしてください」
「やだね」
走り出す。陽菜が慌てているが気にしない、心の底から楽しいと思えた一日は久しぶりなのだから。少しくらい悪戯心を抱いても許してもらおう。
結局家までそのまま走り続けた。腹ごなしの良い運動になったと思う。陽菜はというと。
「今後は勘弁してくださいね、この年であの目線の高さは慣れていないと怖いものがあります」
わからないでもない。
そういえば布良さん、山登りに行きたいと言っていたけど大丈夫かな。寝る前のぼんやりしている時間、頭の中にそんな不安がよぎった。





