第二十五話 メイドを連れ戻しに出かけます。
「相馬、お前も食うか?」
桐野が差し出す唐揚げ棒、おいしそうではあるが食欲は起きない。
「いや、良い。次に腹に入れる物は誰の料理かって決めているんだ」
朝方のコンビニ、長ランを着て最近坊主から少し伸びた髪をリーゼントに固めている男が一人。黒いコートに黒いワイシャツに黒いズボンと全身黒に固めている男が一人。恐らく見ていて暑苦しい光景だろう。殴り込みの正装と考えたらこうなってしまった。
「良い目しているな。どれ、行くか」
バイクで二人乗り、山道を登る。しばらく進むとその建物は見えてきた。
高い壁に鉄の門、奥に見えるのは西洋風の建物。背景の森も相まって不気味な雰囲気を醸し出している。
「桐野、準備は良いか?」
「おいおい、拳を交えた仲だろ。それにこれから戦友になるんだ。苗字呼びなんてやめてくれや」
その言葉に頬が緩む。何も聞かずにこの怪しい建物を殴りこむのに付き合ってくれる。今もこの状況に対して何の不満も疑問も抱いていない、改めて屋敷を見据え覚悟を決める。
「京介、準備は良いか?」
「いつでも行けるぜ。不死身の狂犬桐野京介、今日限りの復活だ」
随分と大仰な二つ名だな。
門を乗り越え敷地に入ると、父さんの証言通り守衛らしき人が二十人出てくる。
「作戦通りに行くぞ」
京介はそう言うとバレーのレシーブのような構えを取る。
「行ってこいやー!」
僕がそこに乗ると桐野が腕を振り上げる、それに合わせて僕も飛ぶ。着地地点にいた二人を蹴り飛ばして僕は走る。
「お前らの相手は俺だ―!!」
後ろからの叫びを頼もしく思いながら僕は屋敷の中に滑り込んだ。
「随分早かったわね、と言おうと思ったけど。もう一人はどうしたの?」
「外で暴れているよ」
中に入り、やたら広い玄関ホールを抜けて大広間らしきところの真ん中にその人は立っていた。
「あたしは結城真城、この金髪は地毛よ。メイド派出所の守護者を勤めている。守護者と書いてガーディアンと読むからそこは間違えないでね」
この人が守護者か。
「二人で来れば少しはましな戦いになっただろうに。あなたも不幸ね」
「知るかよ」
「君のお友達も可愛そう。数もそうだけど、守衛の人たちも結構強いよ。二人で倒してから来ればよかったのに」
「それは大丈夫、僕の友達超強いから」
「へぇ」
しかしこの人、さっきから見下した態度取っててあれだなむかつくな。そんなに自信があるのだろうか。
いや、父さんが言うんだ。間違いなく強いだろう。それがわかっているのに、僕は何をしているんだ。闘いを避ける方法を考えなければ。
何て言う思考すら許されなかった。
「それじゃあ、そろそろお帰り願います。お客様」
そう言った瞬間、結城さんは突然目の前に現れた。慌てて横に逃げる。
「へぇ、意外と反応良いじゃん」
冷や汗が出る。強い。反応できたのが奇跡だ。
「まだまだ行くよ」
避ける、避ける、避ける。とにかく避ける、まともに闘ったら確実に負ける。目の前の空気が切り裂かれたような感覚が連続して襲う。
「何?逃げてばっか?」
「うるさい」
結城さんの攻撃をかわして素早く後ろに回り込む。振り向いたところを一撃当てる。すぐに間合いを取る。完璧な体勢で打てれば決定打になっただろう。当てるので精一杯か。
「ちっ」
よし、イラついている。
もう一度。逃げ回る。感覚は掴んだ、次はしっかりと回り込んで一撃。ヒット&アウェイ戦法。父さん以外に使うことになるとはな。とかっこつけるほど使い込んだ戦術では無い。
結城さんがイライラしている、だんだん攻撃が単調になっている。回り込む、僕はそこに決定的な隙を見出す。
「喰らえ!」
決定的な一撃を叩き込む。今度は完璧だ。結城さんが倒れこむ。
「へへっ、まんまとやられたよ。今ので頭冷えた」
勝ちを確信したその瞬間、ゾンビの如く立ち上がるその姿に、思わず足がすくむ。
「行くよ」
景色がぶれた。いつの間にか僕は壁にたたきつけられていた。顔をつかまれてそのまま壁まで持っていかれたらしい。
片手で抑え込まれたまま殴られる。抵抗するも全然効果が無い。
「このままあんたが寝るまで殴るから。これ抜けられた人今のところ二人。三人目にあんたがなることは期待していない」
そう話している間も殴られる。
顔をつかんでいる腕をつかむ。
「へぇ、腕力勝負をしようって?」
確かにすごい力だ、勝てる気がしない。それに鳩尾を殴られすぎて力が入らなくなってきた。
どうにか手をずらして、僕は思いっきり結城さんの指を噛んだ。
「痛い!あんた何するのさ」
無視して噛み続ける。
「痛い痛い痛い」
振りほどかれると同時に僕の体も床に落ちる。
「三人目だね」
「噛まれないように気をつけていたつもりなんだけど、無理やり噛みに来るとはね。というか、それを試す人すらいなかったんだけど、あんたプライドとかある?」
「無い! そんなものこだわってたら、あんたに負ける」
仕切り直し。お互い隙を伺う。どう戦う。攻めなきゃ負けるけど、守っても押し切られる。最適解は逃げることだけど、そんな選択肢はとうに捨てていた。
襲撃者ですか。私が帰ってきたばかりの襲撃者、まさかとは思いますけど。私の部屋のある三階から大広間の様子を伺う。
嫌な予感が的中してしまった。あの脳筋メイドと相馬君が闘っています。止めるべきですね。そう思いながらも私の体は動けずにいた。
「メイド長、鎖を外してください」
私の足は壁に鎖でつながれていた。
「ヤダね、行かせないよ。行きたかったら自分で解除しな、せっかくあの少年を助けられない言い訳を作ってやったんだ、よく考えな」
当然の罰だ。私は禁足事項を破ったんだ。メイド長はそれを私が言葉にしなくても見抜いた。だからこの鎖でつないだのだろう。
メイド長はそのまま私の部屋から出ていく。足音が遠ざかっていく。鎖は長いから大広間を覗ける位置まで行けるのが恨めしかった。
裏拳が僕の鼻先に叩き込まれる。頭の上に星が舞った。
「どうしたどうした、さっきまでの威勢はどうした?」
ヒット&アウェイ戦法が崩されつつある。そりゃそうか。一度やられればわかるよな、次の行動を制限するような攻め方すれば良いのだから。
「あんな姑息な手段で倒しきれると思ったら大間違いだね」
床にひっくり返った僕を踏みつけながら言う。そのまま蹴飛ばされる。
勝てない、このままだと確実に倒されて門の外に捨てられるだろう。どうすれば勝てる? 今の結城さんに油断は無いしイラつかせる事も出来ない。でも僕はそれでも、立ち上がる。
「あんた、そこまでされて立ち上がるってドMなの?」
「陽菜を連れ戻す、それだけ」
「あのロリメイドのこと? あんたあいつのご主人様なんだ、てことはあのおかしな化け物の息子ね。なるほど、だから結構闘えるんだ」
ロリメイド、仲悪いのか良いのかわからない呼び方だな。
正面から殴りかかる。それに合わせて拳が突き出される。しゃがんでかわしたところに蹴りが飛んでくる、それも避けて足を崩す。結城さんは二段攻めする傾向があるのはわかっていた。牽制用の一撃と、本命の二撃目。
「なにっ!」
「おらぁ!」
絞め技をかける。ここで逃がしたら、打てる手が無くなる。
「このまま落ちろ!」
「ぬぅ!」
腕をつかまれて無理矢理投げられる。どんな腕力、してるんだ。
「さすがにあぶなかったよ」
でも効いてる、ここまでの攻防は無駄ではない。頭を回す。熱くなりそうな頭を無理矢理冷やす。氷水があったら間違いなく頭を突っ込んでるだろう。
「ここまで追い詰められたのは一年ぶりか。いや、一年前のあれは追い詰められる以前に相手にもされなかったからなぁ」
構える、落ち着け、父さんほど強くない、けど油断はするな。感覚を研ぎ澄ませ、動きを感じ取れ。僕は確実に結城さんより弱いけど、勝たなければいけないのだから。
冷静に動きを見切る。
「また逃げ回って叩こうって?飽きないねぇ」
反撃に叩き込んだ拳が掴まれる。
「いたたたたた」
そのままひねりあげられる。
「降参?」
「するものか」
開いている手で喉を突く。
「かはっ……てめぇ」
「倒してやる」
一瞬、京介は大丈夫だろうかと頭をよぎるがすぐに振り払う。きっと大丈夫だ、それを信じて目の前の相手を乗り越えなければならない。二十人を一人で相手取ると決めた京介の覚悟が無駄になる。
僕と京介が修了式をさぼると言っても何も言わずに見送ってくれた布良さんの配慮が無駄になる。
喉を突かれたダメージに呻く結城さん、ここで畳みかけなければ。
間合いを詰めて仕留めにかかる。ここで油断してはだめだ、と自分に言い聞かせる。実戦経験が乏しいのも僕の弱点の一つなのだから。
一瞬、僕はヤバいという事に気がついた。でも反応はできなかった。腹を打ち抜かれるような衝撃、内臓がすべて口から出てくるのではと錯覚する。
崩れ落ちながらも足を振り上げた姿勢でいる結城さんから目を離さない。
「ふぅ、手こずらせてくれたね」
声が出ない。
「久々に楽しかったよ」
仰向けに寝転がる、力が入らない。頭だけが妙にはっきりしている。結城さんの足音が段々と近づいてくるのがわかる。
「ここまでか……」
やるだけやったじゃないか、桐野が入ってこないという事は恐らく今頃は守衛に取り押さえられて門の外の可能性もある。作戦を変えてもう一回挑むのもありだ、今度は二人で順当に闘うか。
いや駄目だ、諦めるな。手を抜くな、徹底的にやれ。何かまだ、足掻ける方法を考えろ。
諦めそうになる思考を打ち消したその一瞬。僕は、陽菜と目が合った気がした。





