第二十一話 メイドと星を眺めます。2
「どうしますか?」
僕らは途方に暮れていた。予定では今頃プラネタリウムの中にいたはずなのだが……このまま解散するのも味気なさすぎる。途方に暮れて周りを見渡す。
「あっ」
頭の中に昔見た光景が映し出される。スマホの時計を見る、今からならちょうどいいかもしれない。
「よし、山に登ろう」
「え?」
「リアルの星空を見に行こうってこと」
「良いじゃんそれ、相馬ナイスアイデア」
「どこの山に登るのですか?」
僕が指さした方向、そこには「星見の丘」と銘打たれた看板がある。
「結構良い場所だよ」
「おぉ、行ってみたいね~」
「山ではなくて丘と書いてあるのですが」
「そこは気にしないで」
というわけで突発的な山登りが始まる。
一歩一歩坂を上る。空はだんだん暗くなり、日は少しづつ沈んでいく。頂上に着くころには完全な夜だろう。
「夏樹さん、頑張ってください。麦茶飲みます?」
「飲みます」
疲れてもネガティブなことを言わないのはさすが布良さんといった所。陽菜も付きっきりで励まし続ける。
「相馬、懐中電灯買ってきた方が良かったんじゃね」
「ん?大丈夫。僕が持ち歩いているのがあるから」
「何でそんなもの持ち歩いているんだ?」
「習慣みたいなものだよ」
父さんから常に持っておけと言われている物の一つだ。
明かりは遠ざかり、闇が支配する時間になる。木々の間を涼しい風が吹く。四人の歩く足音がやけに大きく聞こえる。
「相馬君、少し足元照らしてもらっても良いですか?」
「了解」
腰につけているポーチから懐中電灯を取り出し陽菜の足元を照らす。
「ありがとうございます」
陽菜は自分の鞄から虫刺されの薬を出して足に塗ると、絆創膏でその部分を保護する。
「こうするとかゆみを感じなくなるんですよ」
「へぇ」
知らなかった。
「陽菜ちゃん、私も良いかな?」
「良いですよ……虫よけスプレー持ってくれば良かったです」
突発的な企画だから仕方ないとは思う。
今更ながらまずい提案だったかもしれないと思う。陽菜はサンダルにワンピース、布良さんもクロックスにロングスカート。山登りに適している服装と言えるのは僕と桐野くらいだ。もう少し周りを見て提案するべきだった。
山登りを再開する。
「相馬君、後悔している顔をしていますね」
いつの間にか横に並んでいた陽菜、じっとこちらを見つめている。
「陽菜も布良さんもその格好じゃきついよな、と。言い出しておいてあれだけど、もう少し考えるべきだったよなと」
「誰も文句は言ってないですし、夏樹さんも楽しそうに歩いています。私も楽しいですよ。誰もここまで登ってきたことを後悔していません」
陽菜がこんなことを言い出すとはと驚いていると、水筒を渡される。
「どうぞ、さっきから何も飲んでいませんよね。水分補給は大事ですよ」
それだけ言って布良さんのところに戻ってしまう。
一口飲む、ひんやりとした麦茶がおいしい。
多分、もう少しで頂上かな。前に来た記憶はあるけどいつ来たのかは覚えていない。景色自体は見覚えがあるから道には困らないし、まぁ、迷うような道でもないけど。
その時、突然景色がひらける。木々が無くなり野原が広がる。
「ここだ」
記憶の中にある景色そのままの場所。町の明かりも届かないその場所。
「ここですか?相馬君」
「うん、ここ」
「へぇ、良い場所じゃねぇか」
「自然のプラネタリウムだ~」
周りが暗いから星がよく見える、星空に包み込まれているような錯覚に陥る。静かだ。でも一人ではない、傍にいるのはわかるから何も怖くなかった。
「風、強くなってきましたね」
横にいた陽菜が小さくつぶやく。
「そうだな」
「失礼しますね」
手を握られる感覚。
「こっちを見ないでください。恥ずかしいので」
慌てて上を見る。星に集中できる状況ではなくなってしまった。手なら繋いだ事はあるけど、それはあくまでも恋人のフリをしていた時だけだ。
また布良さんの差し金だろうか、それならきっとこちらをニヤニヤしながら見ているだろう。
暗い。星の光りだけが頼りだ。私はこっそりと相馬君の横に立った。今の私は幼馴染、メイドという立場より少し自由だ。
相馬君の横顔を眺める。私の中のこのもやもや、もしも抱いてはいけない感情だとしたら、私はどうしたら良いのだろう。相馬君はきっと許してくれると思う。出会って三か月の相手にこんな感情を抱いてしまう。たまに本にそんな人はいる、守ってもらったりして恋しちゃう人たちを見て何てちょろい人たちなのだろうかとか思っていたけど、私も大差ない。
って、なんで私はもう恋している前提で話しているのだろうか。認めてはいけない、これは私の中でちゃんと処理しなければならない。ひっそりと解決しなければならない。
風が吹く、野原を強く吹き抜ける。それでも優しく頬を撫でる。
確かめよう。
「風が強くなってきましたね」
「そうだな」
優しい顔。胸が締め付けられる。
「失礼します」
手を握る。相馬君が驚いているのが握った手から伝わってくる。
「こっちを見ないでください。恥ずかしいので」
思わずそんなことを口にする。相馬君が上を見るのを確認して、私も上を見る。
心臓がうるさい、それはさっきまで山を登っていたから。胸が締め付けられる、慣れない状況で戸惑っているだけ。体が熱い、それは夏だから。
言い訳できる。だからこれはきっと違うのだ。
空が広い、私の悩みはきっとちっぽけなものだろう。また風が吹く、木々が音を立てる。このまま私のもやもやも吹き飛ばしてくれたら良いのに。
相馬君は、私の悩みに気づいているのかな。それとも私と同じ悩みを抱いているのかな。
「陽菜」
「はい」
頬を優しくつままれる。
「柔らかい……」
そういえば後で触らせる約束していましたね。
「そんなに良いものですか?」
自分で反対側の頬をつまんでみる。よくわからない。
「こらー、二人ともいちゃつかない!」
夏樹さんが後ろから抱き着いてくる。相馬君の手を離す。手に残った温もりが寂しさを主張する。
「いちゃついてたわけじゃないよ布良さん」
「眼福眼福と言いたいけど暗くてよく見えないから、やるなら明るい所で私の目の前でやりなさい」
「やりませんよ」
人前でやる度胸何てあるはずがない。
「えー」
残念そうな声を出す夏樹さん。そんなに面白いものですかね。恋愛相談受け付けると言っていましたけど、するべきなのかな。
きっと夏樹さんならちゃんと答えを出してくれるでしょう。そして私はその答えが怖い。
やめておきましょう。
改めて空を見る。星は変わらず私たちを見下ろしている。しかし……夏樹さん、柔らかいですね。
山を下りてそのまま解散、僕と陽菜はそのまま家に帰る。
「陽菜、楽しめた?」
「はい、とても」
家に帰れば日常に戻ってしまう。非日常と日常の間にいる時間、いつもの日々に向かってゆっくりと歩く。
土日を迎え、月曜日。そこから片手で数えられる数だけ学校に行けば終業式。通知表を渡されるけど何の怖いことは無いはずだ。高校生活で初めての夏休みを迎える。きっと楽しいことが待っているはずだ。
「相馬君」
「うん?」
「私が相馬君の家、来て良かったですか?」
「もちろん」
「そうですか」
嬉しそうな笑顔、不意に見せる笑顔にはまだ耐性が持てていない。
こんな日々が続けば良い、そう思った。





