第二十話 メイドと星を眺めます。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう陽菜。体調は?」
「万全でございます」
そこにいたのは見慣れたメイドの陽菜。平常運転で安心する。
「稽古ですか?」
「うん、行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
外に出て暑さに驚く。これは今日結構気温高くなるだろうなと,少しだけ学校に行きたくなくなるのもいつも通りだ。
「陽菜ちゃん、復活したんだね。おめでとう」
「大袈裟ですよ、夏樹さん」
教室に着くと布良さんが陽菜を抱きしめる。
「日暮君もお疲れ様です。はい、コーヒーでもどうぞ」
ボトルコーヒーを紙コップに注いで差し出す。
「今日からボトルコーヒー持ち歩くことにしたんだ。教室熱いと眠くなるからね」
それはわかる。
「チョコレートやキャンディーは危険物に代わる季節になったからお菓子はクッキーにしようかな」
「良いと思いますよ。今度焼いて持ってきますね」
「おぉ、陽菜ちゃんの手作りクッキー。楽しみにしているよ」
いつも通りの光景、きっと夏休みはまた別の形でこの光景が現れるのだろう。今から楽しみだ。
「よう、相馬。見てくれよこれ。この日程表。休みって文字見つけてみろ」
「お盆は休みじゃないか」
桐野が差し出してきた紙を見る。夏季休業中の部活の日程表。
「おう、それだけだぜ」
「赤点一個も無いから心置きなく参加できる、良かったじゃないか」
「まぁな、見ていろよ。俺が来年、甲子園のマウンドに立つ。それまでの成長期をな!」
そうなったら本当にすごいのだがな。
ちなみに布良さんは中間に続き総合一位をキープした。さすがである。陽菜も点数をキープ。僕はかなりの成長が見られて陽菜先生様様である。
期末テストも終わりすっかり気の抜けた教室は、部活の日程を語り合うもの、旅行カタログを広げている者様々だ。
「相馬君」
「うん?」
「ほら日暮君、こっちこっち」
何事かと見てみると、二人で一枚の紙を眺めている。
「これは?」
「今日新しいプラネタリウムがオープンするそうです。明日も休みですし見に行きませんか?」
確かに楽しそうではあるな。
「学校終わってからの時間ならちょうどいいし行ってみようよ」
桐野の殺気のこもった視線が後ろから突き刺さる。
「おーい、桐野―」
丁度その時、教室の外側から桐野を呼ぶ声、一言二言話して戻ってきた桐野はニヤニヤしながら戻って来る。
「今日部活休みになった」
「じゃあ、桐野君も決定」
というわけで、四人での夏休み前のプチ企画が始動した。
昼休み。
「相馬君、今日の弁当はいかがですか?」
「ん?うまいよ」
「それは良かったです」
「そう言えば布良さんと桐野の弁当って誰が作っているんだ?」
ふと気になったこと。
「私は、卵焼き以外はお母さんにお願いしているよ」
「夏樹さん、私のレシピ気に入っていただけたのすね」
「うん!ほら食べてみて」
布良さんが箸で差し出す。陽菜が控えめに口を開けて食べる。目のやり場に困る光景。
「美味しいです」
「やったね!」
「それで桐野は」
「ふっ、もちろん一人暮らしだからすべて自分で作っている」
なるほど、通りで弁当が茶色いわけだ。
「お肉ばかりですね」
「桐野君、野菜も食べよう」
女性陣の指摘に軽く落ち込む桐野、良い言い方すれば男らしい弁当だと言える。
「私も自分でお弁当作りたいけどねぇ」
確かに普通は難しいことではあるなぁ。
「桐野君は普段何時に起きているのですか?」
「四時半だな。六時から朝練だから」
かなり早起きだ。というかそこまでやっておいてなぜ弱小言われるのかは謎である。
「陽菜ちゃんは何時起き?」
「私は前日にある程度仕込んでいるので五時くらいですよ」
「そうなんだ」
ちなみに本当は四時である。来たばかりの頃は三時くらいに起きていたようだが最近は四時少し前くらいになっている。
「相馬は何時に起きてるんだ?」
「僕も五時くらいかな。朝は少し走ったりするから」
「へぇ、日暮君も早起きだねぇ」
「夏樹さんは?」
「私は六時だよ」
普通だな。ここまでの話を聞いていると遅く感じてしまうが。
「夏樹さんっていつ勉強しているのですか?」
「うん?夜だよ。私は夜型だから、朝はどうにも弱くて。陽菜ちゃんは?」
「私ですか?私も基本的に夜ですね」
「わーい、一緒~」
布良さんのスキンシップ、激しくなってきているなぁ。
「ご主人様、晩御飯を早めに済ませようかと思います」
自宅にて、お出かけ用の服に着替えた陽菜がおにぎりを差し出す。
「ありがとう」
「食べながら行きましょう」
「了解」
小さなクーラーバックの中に入ったおにぎりを陽菜も頬張る。塩加減は丁度良いけど梅干しが酸っぱい。陽菜はというと、特に表情を変えることなく平然と食べている。
「相馬君、どうかされましたか?ほっぺに何かついていますか?」
「うん?別に」
そんなことを言われると悪戯心湧いてしまう。陽菜の頬を指でつつく。
「柔らかい」
「相馬君、食べにくいので今は辞めていただけると助かります」
「後でなら良いの?」
「断る理由もないので」
あとで絶対触ってやろう。うん、この柔らかさは素晴らしい、とても素晴らしい。
駅に着くころにはおにぎりも食べ終わる。おかかもあったのは嬉しかった。僕らが駅について数分後、桐野と布良さんが電車を降りて来る。
「やあやあ二人とも、待たせたね」
「いえ、あまり待っていないので気にしなくても大丈夫ですよ」
四人そろったので出発、ここから十分程度の道のりだ。
「陽菜ちゃん、その服気に入っているね。日暮君の選んだ服、良く似合っているよ」
「ありがとうございます」
時刻は夕方、空はまだ紅い。
僕らがこれから行くプラネタリウムというのはこの町にある博物館の中にできたらしい、来場者数が減っているとのことでこれで再起をかけているのだろう。夏休みの直前にオープンさせるところからもそれが伺える。
そんな悲しい事情は置いておくとして、今日はそのプラネタリウムのオープン記念という事で、半額で入場できるとのことだ。それなら来場者数の見込める土日にやればいいのにと思うのだが、何かしらの考えがあってのことだろうと思う。
「相馬君、相馬君は星についてどの程度の知識をお持ちですか?」
「学校で習う程度のことと、あとは道に迷ったときに見つけると良い星の見つけ方くらいかな」
「星座の神話とかは?」
「あんまり読んでないな。好きなの?」
「はい、よく読んでいました。今日の内容が丁度それなので今から楽しみです」
楽しみなのは本当なようで、足取りがいつもより軽いように見える。
「なぁ、相馬」
「うん?」
「付き合わないのか?」
「誰と?」
「朝野さんと」
随分と小さな声で聞いてくるなと思ったらそんな事か。
「付き合わないよ。陽菜もそんな気は無いだろうし」
「わかんねーだろそんなの。一回聞いてみろよ」
何をとんでもないことを言っているのだこいつは。
「それ、僕のこと好きだという前提がないとただのイタイ質問じゃねぇか」
「確かにそうだ、だから健闘を祈る」
「断る」
「ちぇ」
博物館に着き、プラネタリウムの入口前の券売機でお金を払おうとしているとスタッフが駆けよって来る。
「お客様、申し訳ないのですが、今日はもう満席でして」
「えぇ!?」
金曜日オープンでしかも半額の日までそれとか商売のセンス無いと馬鹿にしてすいません。





