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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
一年 夏
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第十九話 メイドを看病します。

 「ありがとうございましたー」

 

 店員の声に見送られ店を出る。僕の手には既にパンパンのエコバックが数個握られている。

「よし、帰るぞ」


 自転車に跨り全速力。今日は平日、けど僕は学校を休みました。別に学校が嫌になったわけではありません。

 ただ単純に学校と陽菜を天秤にかけた結果、陽菜の方に傾いただけです。



 「ただいま」


 静かに家に入る。寝ているかな?とりあえず買ってきたものを冷蔵庫にしまう。大体はスポーツドリンクだ。熱が出たら大量に水分を取り、汗とかで排出させてしまうのが効果的だからだ。

 そして、もう一つ買ってきたものを持ち、陽菜の部屋へと向かう。

 静かに扉を開けて入る。


「お帰りなさいませ、ご主人様」

「起きていたか」

「えぇ」

「んじゃ、とりあえずこれに着替えてくれ。そのジャージと下着は洗う」

「わかりました」

「それと、これで汗を拭いてくれ」

「はい」


 さすがにもう着替えさせるのは恥ずかしいので、一旦部屋を出る。その間に新しい氷枕を取って来る。


「ご主人様、着替え終わりました」

「はいよ」


 洗濯物とぬるくなった氷枕を回収。陽菜には今、ピンクの可愛らしいパジャマに着替えてもらっている。似合っている。我ながら良い選択だと思う。


「昼飯作るから、それまで休んでいてくれ」

「はい、すいません」

「謝らなくて良いよ、たまには世話を焼かせてくれ」


 そう言って部屋を出る。

 おかゆってどう作るのだろう。


 スマホ片手に鍋とにらめっこ。便利だなこいつ。

 高校生になって初めて持ったスマートフォンの便利さに感動する。まさかレシピまで調べられるとは。これならそれなりの物が作れそうだ。意外と時間がかかったし寝ている可能性もあるけどその時はその時だ。

 おまけで作ったリンゴのすりおろしも持って陽菜の部屋へと行く。


「ご主人様、お手を煩わせてしまいましたね」

「申し訳なさそうにするなって、甘えろ甘えろ」


 起きていた陽菜におかゆを食べさせる。


「メイドの禁足事項であるご主人様の日常を邪魔しないを破ってしまいましたから」

「それなら何の問題もない。陽菜は既に僕の日常の一部だから、これもまた日常という事で」


 自分に厳しい陽菜はきっと自分を許さないだろう。医者の診断では疲れが祟ったとのことだ。だから休むのも仕事だと言い聞かせているのだが。


「ちなみにおかゆの味はどうだ?」

「そうですね。体調が万全ならおそらく味もわかったとは思うのですが」

「あはは、ごめん」

「いえ、でも。おいしいです」

「ありがとう」


 リンゴのすりおろしも食べさせ薬を飲ませて部屋を出る。

 スマホを確認すると布良さんや桐野から連絡が来ていた。陽菜の容態を心配しているようで、とりあえず熱はまだ下がっていないと報告しておく。

 お見舞いに来たいと言っていたが、うつると悪いからと断っておく。さすがにこの状況を説明するのはきつい。

 少し休もうと目を閉じる。看病している側が倒れてしまうのはさすがに笑えない。起きたら陽菜の熱を測らなければ。



 スマホの着信音で目を覚ます。布良さんが今日の授業でやった所を簡単にまとめて送ってくれた。これはありがたい。

 陽菜は部屋で寝ていた。起こさないように体温を測る。昨日よりは下がっていて、完治とまではいかないが、明日には復帰できるだろうと思う。


「相馬君、ですか?」

「おう、起こしてしまったか」

「いえ、大丈夫です。だいぶ良くなりましたから」

「ほれ、飲むか?」


 ベッドのわきに置いておいた飲み物を差し出す。


「ありがとうございます」


 飲み終えると横になる。


「自分の体調管理がおろそかになるとは思いませんでした」

「僕も結構頼り切ってたからさ、ごめん」

「相馬君が謝る事ではありません」


 今の陽菜は多分メイドでも幼馴染でもない「陽菜」だと思う。声がいつもより柔らかいし、僕のことをご主人様ではなく相馬君と呼んでいる。


「私にとっての初めてのご主人様は相馬君でした。私、これでもメイドとしての技量だけでしたら派出所一なのですよ。ただ愛想がないだけで。ここで仕事をするようにと言われて、少しの不安を抱えながらここに来ました」


 ぼんやりと、陽菜は語る。


「最初は言われたとおりにただ仕事をしようと思っていました。家事だけならすぐに終わりますが、先輩のメイドの方々はご主人様の命令を聞くだけでも忙しいとおっしゃっていましたから。けれども相馬君は何も命令しないのです。暇になるではありませんか。だから試験対策ノートを作ったり相馬君の宿題を勝手にやりました。まぁ、自分の体力をちゃんと測れずに仕事を増やしてぶっ倒れているのですから何をやっているんだこいつはみたいな感じですけど」


 珍しく饒舌に、本音を語ってくれる。


「相馬君、頭撫でてもらえますか」

「えっ、あっ、おう」

「私、親の顔を知らないのですよ」

「そうなんだ」

「熱を出したとき、親というものはこうしてくれると本で読んだことがあります」

「そうだな」


 優しく、できる限り優しく撫でる。


「相馬君、相馬君のお母さまはご病気で亡くなられたと聞いております」

「そうだね、全く覚えてないけど」

「そうですか」


 不思議なくらい覚えていない。記憶を掘り起こしても出てこないし、一度家にあるアルバムをひっくり返してみたがどこにも見つからなかった。


「海外暮らしはどんな生活でしたか?」

「うん?父さんから聞いてない?」

「あまり細かいところまでは」

「そうだな……。小学校入る前にはもう住んでたからなぁ。日本に帰ってからも困らないように日本語の勉強もさせられたよ」

「武術の訓練は?」

「小学生になったあたりから」

「日本に来たのは?」

「小学四年あたり」

「帰ってきたときは大変でしたか?」

「まぁ、大変だったと思うよ……陽菜のことも聞いていい?」

「どうぞ」

「メイド長ってどんな人?」

「恐ろしい人です」

「そこをもう少し具体的に」

「悪魔を正確に形容するのはいかなる人間にも不可能なことだと思います」


 もはや人扱いもしてもらえない人なのか。


「陽菜の他にどんなメイドがいるの?」

「そうですね。みんな愛想がよくて元気ですよ」

「あれ?」


 てっきりその派出所のメイドとは陽菜みたいに淡々と仕事をこなすメイドがスタンダードだと思っていた。


「みんな笑顔が上手ですよ。私はとにかく駄目だったのでこうしていろという指示でした。それが原因でなかなか仕事も来ませんでした」


 話が途切れる。それでも僕は陽菜の頭を撫でていた。しばらくそうしていると陽菜はいつの間にか眠っていた。それを確認して僕は部屋を出る。

 明日にはきっといつもの陽菜だ。今日の陽菜を忘れないでおこう。そう心に決めた。




 ご主人様が部屋を出たのを確認して体を起こす。

 スマートフォンを確認すると夏樹さんや入鹿さんから連絡が入っていたので明日には復帰できそうだと連絡する。


『相馬君が看病してくれたのでしょ?愛されてますね』


 夏樹さんからの連絡、今日の授業内容の連絡とともに来た。

 愛されている、ですか。ご主人様はきっとただ優しいだけなのでしょう。きっとそうだと思います。転んでいる人がいたら見て見ぬフリができない人なのです。私はそう思います。


 すぐに返信が来る。

『陽菜ちゃん、日暮君のこと好き?』


 どっちなのでしょうか?正直そういった感情は書物の中でしか知らないです。


『好きか嫌いかで言ったら好きな方だと思います』


 突然そんなことを聞いてどうしたのでしょうか。


『私ね、相馬君と陽菜ちゃんが幼馴染って感じがしないの』


 何と!あの鈍そうな夏樹さんが!困りました、どうごまかしましょう。


『ちゃんと幼馴染ですよ。何を言っているのですか?』


 そう返すと、すぐに返信が来る。


『幼馴染の人特有のお互いのことをすべて知り尽くしているみたいな感じがしないの。日暮君と陽菜ちゃんは幼馴染とはまた違う絆で結ばれてる感じがするの』


 すごいです、最近の夏樹さんは頼れる学級委員長という感じがします。


『そうですか。よくわからないですけど……』

『変なこと言ってごめんね。でも、頼れる学級委員長は恋愛相談も受け付けているから、いつでも相談してね』


 恋愛相談ですか。お世話になることが無いと良いのですけど。きっと夏樹さんですからかなり良いアドバイスか逆効果なアドバイスの両極端ですね。無難なアドバイスは無いでしょう。

 私はメイドです。ご主人様に恋はしません、してはいけません。今まで人の温かさに触れたことが無かったから、あまりにも人とかかわった経験がなかったから。ただ仕事をすることしか知らなかったから。 

 だから今、胸が締め付けられているような気がしているのは、ご主人様の優しさに戸惑っているだけなのでしょう。

 

 




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