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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
愛おしいメイドに。
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陽菜√第十四話 メイドと向き合う幸せ。

 幸せになるにも勇気がいる。それは、世の中の構造上仕方の無い事だ。

 そもそも、幸福な世界を実現した時点で、その世界に幸福は無くなるのだから。不幸という反対の状態が存在するから人々は幸福を実感できる。戦争という概念が消えて、犯罪も貧困も飢餓も無い、完璧に平和な世界に平和は無い。

 絶望が無ければ、希望も無い。

 不幸な人がいるから、比べて僕は幸福だという事が初めて認識できる。でも僕は、それが怖い。

 僕は人を傷つけた。僕は知らな過ぎた。僕は自分が不幸せですと言う権利は無いし、僕に幸せになる権利は無い。

 母さんは、自分が病気であると言う事実を隠し、自分を踏み台にして、僕に幸せを与えた。

 僕は莉々を、傷つけて、なのに楽しい一年を過ごした。

 僕は幸せになれない。幸せには踏み台が必要だと知ったから。誰かを踏み台にする勇気なんて、僕には無い。

 だったら自分を踏み台にしたい。みっともなく足掻いて、泣いて、血反吐でもなんでも吐きながら、誰かを幸せにした方が、幾分か楽だ。父さんもメイド長も、僕の気持ちを理解してくれる。自分を削って世界をどうにかしようとする二人なら、理解してくれる。

 なのに、それを、陽菜は許さなかった。



 キャンドルで照らした部屋で、僕と陽菜はベッドに横たわって、お互いの顔を眺めていた。

 陽菜は真っ直ぐに、僕は気まずそうに。


「陽菜の怒っている理由って、僕が全然成長していないから?」

「その通りですね。相馬君、私はもうメイドを辞める決意をして、あなたと添い遂げる決断をしたので、言います。私はあなたに、ちゃんと幸せになって欲しいと。もう傷つくような選択をして欲しくないと」

「でも、僕は怖いんだ」

「相馬君が表立って怖がるなんて、珍しいですね」

「一番、怖い事だよ。幸せになるのは」

「何が、怖いのですか?」

「自分より、幸せじゃない人を見るのが」


 陽菜は一瞬睨んだような目になって、でも、すぐに優しい目になる。


「幸せとは、分けられるものです。余ったら、配れば良いじゃないですか。あなたが幸せになってはならない、そんな決まりは、無いのですから。あなたが幸せにならずして、他の人が幸せなると思いますか?」

「それは……」

「あなたが身を犠牲にして幸せにしたところで、あなたに幸せにしてもらった人は、あなたの事が、あなたの不幸が、頭の片隅から離れないのです。それは、とても不幸なことだと思いませんか?」

「でも……」

「幸せなんて、配るくらいが丁度良いのですよ」


 陽菜にしては楽観的な、理想的な、幻想的な、夢物語を、語る。


「幸せを配る人は幸せでなくてはならないのですよ。そんな苦しそうな顔で幸せを貰った所で、まず自分をどうにかしなさいとしか言えません。だから相馬君、あなたのお母さんはとても幸せだったと思います。決して、嫌々でも、何でも無く、あなた事を愛していたから、あなたと過ごす時間が愛おしかったから、無理してでもあなたと一緒にいた。そう断言できます。そして、私はあなたからたくさんもらいました。幸せですよ、今が。だから、私と一緒に、幸せになってください」


 視界がぼやける。陽菜の顔が、まともに見えなくなる。

 内側から、優しい温もりがあふれ出る。顔を隠そうと思って、反対側を向こうとして、でも頭から抱えこまれて、失敗した。


「どうぞ、これで私に見られずに済みますよ」

「う、うるさい」

「どうしてこんな時ばかり子どもっぽくなるのでしょうか、あなたは」

 堪える必要が無くなった涙は溢れて、陽菜の胸を濡らした。嫌がる事も無く、それを受け止めてくれることが嬉しい。

「今は、積み重なった傷を、癒してください。それと、これからは、いつでもあなたの隣にいることを、忘れないでください。私は、あなたの事を、愛しています」


 今までの進み方を否定される。そんな陽菜の言葉が、何よりも優しくて、温かくて、嬉しくて。僕はいつかこんな時が来て欲しいと密かに願っていたことに、今更になって気がついた。

 




 泣き疲れて眠った相馬君を抱きしめたまま目を閉じる。シャンプーの爽やかな香りがした。

 涙で濡れたシャツも、今は心地が良い。ようやく、相馬君の全てを、受け入れられた気がした。私は、この人を支えて生きていくんだ。私は一種の狂信者のようなものかもしれない。

 ボロボロになりながら、私に差し出してくれた温もりを受け取った時から、この人を支え続けようと思った。


 でも私は、彼の歪さを指摘しようとはしなかった。それはメイドとして、出過ぎた行為だったから。でも今なら、良い。私はもう、メイドではなくなるのだから。しかし、貯めこんでいた事とはいえ、彼にしたビンタ、手加減できなかった。

 ご主人様の間違いを正すこともメイドとして必要な事だったとはいえ、私は怖かった。もしも正してしまった時、相馬君が失われるかもしれないと。でも今は怖くない。相馬君が全力で気持ちをぶつけてくれた今なら。私が、彼を支えられる存在だと、自分で確信できた今なら。

 良くないところも含めて彼だ、でも、それを受け入れるだけで、正さないのは違う。受け入れた上で正すんだ。乃安さんの言っていた「愛しているから何も求めないのですか?」という疑問。今なら答えれられる。私は、愛しているから、受け入れた上で正す。


「寝顔が無防備なのは相変わらずですね」


 頬をつつき、髪を撫でて、私は愛おしい彼を、受け止めきれたことの満足感に浸る。


「あなただけじゃないのですよ、私は、あなたのような人を受け止めきれる自信が無かったのですから。あなたが、私に釣り合うとか考えている間、私もそんな事を考えていたのです」

 あなたは受け止めるには、傷だらけで、癒せる人なんて、そういなかったでしょう。私にそれが務まるか、ずっと悩んでいました。


 後は、私が彼の求めに応える。母に会う。物心がつく前に別れた母に会う。


「私に、できるのでしょうか」


 母を憎んでいるわけでは無い。メイド長が本当の母でないと知った時はむしろ納得した部分もあった。私とメイド長では根本の部分が違い過ぎて、親子と言われても納得できなかったから。

 憎んでいるわけでは無いけど、今更、会って何をするのか。今更、母親面されるのが、嫌だし、怖い。

 寝ましょう。今は。






 目が覚めた時、陽菜は既にいなかった。だけど、ベッドに残る温かさは、確かにさっきまでそこにいた事を教えてくれた。


「馬鹿みたいに泣いたな」


 陽菜の前で泣くのは、いつ振りだろうか。

 でも、どこか軽くなった気がする。受け入れてくれる誰かがいる、その事実が、何よりも僕という存在を確約してくれて、何もかもを乗り越えて行ける気がする。


「相馬先輩、いつになく自信に満ち溢れていますね?」

「そうかな?」

「はい、堂々とした雰囲気と言いますか? そんな感じです」


 朝食の席で、乃安はパンに空けた穴の中に目玉焼きを落とし、チーズで閉じた、贅沢なトーストを頬張りながら、そんな事を言う。


「今なら、どこに出しても恥ずかしく無いとか、そんな評価をもらえるのでは?」

「相馬君はいつでもどこに出しても恥ずかしくありませんよ、乃安さん。ただ、変わったのは本当じゃないですか? 乃安さん、御慧眼です」

「あ、あはは。褒められているのか、怒られているのか……」

「ありがとう、二人とも」


 そう言った僕に、二人は、何か驚いた眼を向けていた。


「見ましたか、先輩」

「はい、相馬君の本当の笑顔、見た気がします」

「どこか作り笑い臭かった先輩の笑顔が、とても自然でしたね!」


 変わったのは、本当のようだ。自分の事で知っている事なんて、短所と何ができるかくらいだから。自分を知る上で、他者との関りは重要だ。

 他者と関わらなければ、自分なんていないのと同じだ。

 僕は、陽菜達と関わる事で、ようやく、自分を持てた。

 だから、今のありがとうは、心からのありがとうで、言い足りないかなと思ったけど、一言に全部込められたと思う。





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