第十七話 メイドと期末試験対策をします。
七月も半ば、遂にこの時がやってきてしまった。
「どうぞご主人様。これが今回のテスト対策ノートです」
「今回も作ったんだ」
「はい、今回は前回の反省を生かしたものとなっております」
寝る前の一時もこの時期はテスト勉強だ。
「寝るときはお申し付けください。お風呂の方の準備をさせていただきますので」
「うん、ありがとう」
お風呂に入ってからの勉強はお勧めしない。理由は簡単だ、確実に眠くなる。やるなら勉強をするだけしてからお風呂に入って寝るのが一番良い。
「さて、やりますか」
陽菜が作ったノートは相変わらずわかりやすい。丁寧な文字で書かれた解説はすんなりと頭に入って来るし、今回の暗記科目系のノートは関連を強く協調していてセットで覚えられるから点数の伸びも期待できそうだ。
陽菜はというと、リビングのソファーに行儀よく座り小説を読んでいる。
「陽菜、ソファとはくつろぐものだぞ。姿勢崩してくつろぐのが吉」
「私はメイドです。ご主人様が努力している横で怠惰に過ごすことなどできません」
テスト一週間前、僕らの夜はこうして更けていった。
次の日。
「どうした桐野、元気ないな」
桐野の周辺だけ空気が重い。
「おう、昨日部活でな。俺来なくて良いって」
「ついにクビになったか」
「中間で補修食らったから、今回は徹底的に勉強して来いと」
そりゃそうだ。
「手伝うか?」
「頼む」
「ふっふっふっ、ここで私登場!」
不気味な笑いとともに布良さんが登場。
「頼れる学級委員長の私が桐野君のサポートをしましょう」
すごい、布良さんが頼もしく見える。
「早速今日の放課後から頼む」
「合点承知だよ」
というわけで放課後の教室、僕と陽菜と桐野と布良さんの四人で机を突き合わせていた。
「さて、それじゃあ始めましょうか」
「頼みまっせ、先生!」
「桐野君の苦手科目は理科以外とのことでしたが、どこから教えれば良いですか?」
「どこからだろう……わからないっす」
「そうですか、困りましたね」
わからないところがわからないというのが一番困るパターンだ。わからないところをあぶりだす必要があるからではなく、大抵の場合全部わからないというパターンだからだ。
「そうだね、そこで私はこんなものを用意したのだ」
そう言って何枚かの紙を取り出す布良さん。
「これはね、予想問題だよ。桐野君に教えるならまずこれが必要かなって」
「わざわざ作ってくれたのか?」
「いえいえ、友達にあげる分のあまりでございますよ」
テストの度に作っているのだろうか。
「前回も作ったのですかそれ?」
「前回は作ってないよ。成績が振るわないって相談されたから作ったんだ。陽菜ちゃんの相馬君に作った対策ノートみたいに上手にはできてないけどね」
布良さんの持ってきた問題は一教科ごとに何パターンか用意されている。これを作るのは相当時間をかけたはずだ。
「ちなみに何回ファイル消し飛ばした?」
「そんなに同じ失敗を繰り返さないよ~。私も成長するのだから」
どや顔で言われてもなぁ。
「まぁ、もう二年生の範囲まで終わらせているから一年生の勉強の復習には丁度良かったよ。さぁ桐野君の一番苦手な英語からやっていこう」
「おっす、先生。了解しました!」
桐野はどこからか取り出した鉢巻きを巻き、問題に挑んで行った……。
「うん……相当まずいね……」
布良さんの目が死んでいる。どうして桐野の点数で布良さんが虚ろになるかがわからないけど。
「これはまず単語は自分で覚えていただき、まずは文法から指導するのが効率的だと思われます」
陽菜が冷静に意見を出す。
「そうだね、それだよ!陽菜ちゃんありがとう」
布良さんがすぐに復活する。早いな。
「さぁ、桐野君黒板を見て。私を信じて!」
布良さんが張り切ってチョークを構えて授業を始める。
「相馬君はどうでしたか?」
ちなみに僕はそこそこ取れた。元々英語は文法以外は海外生活での経験が糧になっている。
「なるほど、では赤シート神を信じて暗記してください」
「了解、陽菜先生」
頭を撫でる。
「人前だと恥ずかしいです」
「ごめんなさい」
しかし陽菜の足はきれいだな。昨日は靴下に隠れていたがうーん。いや、隠れていても良いな。隠れているからこその美しさもある。しかし、惜しげもなくさらされているのも良い。
「相馬君、私は相馬君が足をよく見ているのも気づいてますよ」
耳元でささやかれた言葉に硬直する。
「女の子は視線にとても敏感なのですよ」
そうだったのか。
「相馬君のせいで、自分の体の手入れを念入りにしなければいけないので大変です。……触ります?」
「……絵面的に危険だからやめよう」
「それじゃあ、おつかれさまでしたー」
「お、おう」
桐野の意識が飛びかけている。
「うーん、おーい起きろー」
小テストもやりながら教えたみたいだ。後半の方は結構点数も伸びている。
「ほら桐野、帰るぞ」
「おう、了解……」
これ大丈夫か?帰れるのか?
「お前らー、早く帰れよー」
先生が心配になったのか見に来たようだ。
「おや?桐野勉強していたのか?野球部にちゃんと復帰できればいいな」
「はい、頑張ります」
先生がこちらを見つめる。僕と陽菜は布良さんを見つめる。
「あまりいじめないでやってくれよ……」
「えっ、えっ、私?」
他に誰がいるんだ。改めて布良さんのやった小テストを見ると、一日で結構な範囲をやったようだ。
「布良さん、手加減を覚えよう」
「うーん、もう少しゆっくり進めた方が良かった?桐野君」
「いえ、全然大丈夫っす。ガンガンお願いします」
そうは言うけど心配だなぁ。いやまぁ、心配している暇なんて無いけどさ。
「それでは皆様、また明日」
陽菜と僕は教室を出る。テスト期間でも練習している部は練習しているのだなぁ。外はまだ明るい、夏を実感させてくれる。
電車を待っている間も陽菜ノートを見る。
「ちなみに相馬君はニーハイと生足、どちらがお好みですか?」
「そうだな、どっちも好きかな」
「そうですか。では、今まで通り交互にしますね」
「ありがとう」
ありがとう、なのかこれ?
そこまでじろじろ見ているつもりは無かったのだがな。
「相馬君、成果を確認しましょう。これをやってみてください」
それは小さな紙に手書きで書かれた小テスト。とりあえず解いてみる。
「ほい、できた」
陽菜に返す。一通り目を通して。
「正解ですね。百点満点です」
おぉ、やればできるものだ。
「本番もこの調子でお願いします」
「了解といいたいところだけど保証はできないよ」
「大丈夫ですよ」
電車がやってくる。今日も帰路に着く。
「あぁ、疲れた。頭が、頭の中に漢字が回っている」
桐野、これ大丈夫なのか……。
今日も今日とてテスト勉強。桐野は布良さんにみっちりと授業される。
「大丈夫、これでテスト範囲の基礎が終わりだから。明日からは確認と応用編だよ」
「うっす、先生、あざす。明日からもよろしくお願いしやす!」
基礎編でここまでなるというのは。布良さんが鬼教官なのか桐野が勉強をしなさすぎなのか、どちらだろう。
「相馬君、次はこちらを解いてみてください」
陽菜は陽菜で僕に自分で作った問題を解かせては間違えた所の解説をしてくれる。
「助かるよ、陽菜」
「これが私の仕事ですから」
小声でつぶやいた言葉、僕に言ったというより自分に言い聞かせているように聞こえた。
「こらーお前らー、テスト前で熱心なのは結構だがそろそろ帰れよー!」
先生が来たので帰る準備をする。
「相馬君、お疲れさまでした。チョコレートはいかがですか?」
「ありがたくもらうよ」
僕が受け取ると陽菜は桐野や布良さんのもとにも渡しに行く。
チョコの甘さが心地良い。
今日は四人で教室を出る。駅に着く前に桐野と別れ、駅で布良さんと別れる。僕と陽菜は一緒に家に帰る。そしてそれを繰り返して。僕らは夏休み前のラスボスに挑む。