陽菜√第十話 メイドに向ける勇気。
「なるほど、陽菜ちゃんの悩みはわかったよ。時に陽菜ちゃん。結婚したいとか考えている? 結婚して、子ども産んで、みたいな」
「……結婚は、したいですけど、子どもは考えていないです」
「ありゃ、意外」
「制度上、ずっと一緒にいるなら、結婚という選択肢も視野に入りますし。事実婚よりも結婚の方が一般的に良い選択なのはわかるので」
場所は生徒会室。頼れる学級委員長布良夏樹さんの相談所に久々にお世話になる事にした。
無意識のうちにため息を吐いていたようで、心配されてしまったのだ。
「けれど、その先は、あまり考えていないというか。子を持つ親となる事が想像できません」
「そっか。うーん、うん? なんかわりとそこら辺がドライだね。相馬くんへの気持ちはすさまじく熱いのに。うーん」
「おかしいですか?」
「おかしいと言うか、何というか」
夏樹さんはとうとう腕を組んで首をひねり始めた。
「まぁ、人それぞれだよね、そういうのって。うん。よし、それじゃあ、相馬くんが草食系過ぎる問題について考えよう。そうしよう」
そうして、私たちの会合は始まった。
「据え膳食わぬは男の恥って言う言葉は、相馬くんには当てはまらないのか」
「そうみたいですね。多分相馬君は目の前にご飯出されても、これ、自分が食べても良いものなのかという疑問から入るタイプのようです」
寝たふりをしていた私の頬を撫でるくらいしかしなかった。ご飯で例えるなら匂いを嗅ぐ程度ですかね。
「ちなみに、どこまでされても良いの? 相馬くんに」
「殺されても構いません」
「う、うん? そう、なんだ。恋人がやることなら、って、そこまでOKなら、問題ないよね」
? 何か変なことを申し上げたでしょうか?
「じゃあ、そうだねぇ……相馬君がそそられちゃうような服装とか、どうかな?」
「例えば?」
「浴衣」
「あぁ、でもそれは狙い過ぎでは?」
「確かに。それなら裸エプロンも駄目かぁ」
何を考えているのですか、この人。
「私の体型ではそそられるものもそそられませんよ」
「そういう問題じゃないんだよ、陽菜ちゃん。って、勧めているわけじゃないけどね! 誤解しないでね!変態さんじゃないんだから!」
ぶんぶん手を振って無罪アピール。
「断罪!」
「あイタっ!」
とりあえず身を乗り出してデコピン。とても良い音が鳴りました。
「もう、陽菜ちゃんったら。でもさ、陽菜ちゃん、私が思うに、迫られるのも勇気がいると言うか、心臓に悪いと思うんだよね」
「と、言いますと?」
「ふふっ」
何故か隣に夏樹さんが移動、そして。
「陽菜ちゃん。可愛いね」
「なっ……」
すっ、と顔を寄せられ、思わず身を引く。パイプ椅子が倒れる。壁際に追い詰められる。
「ドキドキするね」
夏樹さんがおかしい、おかしい、おかしい。
目が閉じられ、ゆっくりと顔が近づいて、そして……。
「それで、感想は?」
「なるほど、本気で迫られると、どうして良いかわからなくなりますね」
何もされなかったのに、ぐいぐいこられると、戸惑うのは確かだった。
「えへへっ、陽菜ちゃんをドキドキさせられた。やったね」
悔しい。手玉に取られると結構悔しい。
「相馬くんにされたいよね?」
「……はい」
相馬君から全力で気持ちをぶつけられた時、思わず涙を流してしまった事。今までにないくらい、胸が熱くなった。
もう一度と、体が、心が求めている。
「嬉しいよ。陽菜ちゃんが幸せそうで。彼のためにって感じだった頃より、良いね」
外で雪の中、野球部がノックしている。白いボールを雪の中って、わからなくならないのだろうか。
廊下では陸上部がマラソンしている、階段まで含めると結構良い運動になりそうだけど、正直すれ違う時ぶつかりそうでヒヤッとする。
「陽菜先輩、職員室に行くと言っていましたけど、遅いですね」
「そうだね」
乃安がどうしてか持っていたチェスで勝負しながら陽菜を待っている。
「次はクイーン落としでどうですか?」
「将棋じゃないんだから。きついよ。先攻譲るだけで勘弁してくれ」
「手加減してくださいよ~。あっ、そういえば先輩。陽菜先輩とお付き合いを再び始めて、どこまでやりましたか?」
「どこまでって?」
「キスとか、それ以上とか」
乃安はわざとらしく、あざとく、可愛らしく、唇に指を当てて、ウインクする。
「何もしてないよ」
「あら」
「いつも見てるじゃん」
「私が帰った後、どうなのかなぁって」
「何もしてないです」
「高校生の男女、一つ屋根の下! 好き合っているのにですか!?」
「してない。それと顔近いよ」
「んー、私で良ければ練習相手になりますよ、の意です」
「自分を安売りするな」
ぐいっとその頭を押し戻す。
「どうしてしないのですか?」
「どうしてって……」
「まだ躊躇っているのですか? あれだけ派手な告白かましておいて」
「躊躇っているというか、いや、躊躇っているのかな」
「陽菜先輩の方から来ないかなーとか、期待しているんじゃないですか?」
ジト―っとした目を向けて来る。後輩にまで呆れられるのか。
「先輩、壁にドン! そして、耳元で、今夜は寝かさないぞとか言えば良いのですよ」
「似合わねー。絶対に僕には似合わない」
「何を言いますか! こういう時にさらっとかっこつけるのが男の甲斐性ですよ!」
もはや鼻と鼻が触れそうな距離。うわ、良い匂い。
「乃安さん」
「乃安ちゃん」
「あっ、あはは~。お帰りなさいませ、先輩方」
「相馬くんも、鼻の下伸ばさない」
「はい」
伸びていたつもりは無いのだが。
陽菜を見る。陽菜もまたこちらを見ていて、目が合う。
うん、よし。やろう。男らしさを。見せる。陽菜が頼ろうと思える男になる一歩だと思うと、吹けば飛ぶ程度でも、無いよりはましな勇気もわいてきた。
とまぁ、そんな決意をしたその日の夜には。
「何すれば良い。いつ、どうやって仕掛ければ良い」
と、頭を抱えていた。馬鹿か、僕は。
「どのタイミングなら都合が良い? えっ、えっ?」
ベッドに座り込み、頭を回す。が、答え何かでるわけもない。
陽菜の、部屋に行けばいいのか?
いや、もしかしたら今夜も来てくれるかも。いや、まて。それは違う。行くぞ。
半ば無理矢理自分を奮い立たせ、廊下を突き進む。陽菜の部屋の前、扉に耳を当てる。
「いるな」
軽く扉をノックする。
「は、はい」
少し上ずった声が中から聞こえた。
「陽菜。入って、良いかな」
「……い、一分待ってください!」
「お、オーケー」
中でなんか引き出しを開ける音とか聞こえるけど。陽菜の部屋は基本的に綺麗なはずだ。
「お、おーけーです。入ってください」
扉を開ける。柔らかい光に照らされた部屋の中央に陽菜が立っていた。
「ネクリジェ?」
「……どうですか? 似合いますか?」
「似合う、よ」
入口で突っ立っている僕を陽菜は手を引いてベッドに座らせる。
冬という季節を忘れさせられそうな、そんな姿。きめ細やかな肌が、露になった首元に、思わず目が引き寄せられた。
「ありがとうございます」
「うん」
どうしてか、僕は自然に陽菜に顔を寄せて、唇を合わせることができた。
「ふふっ、もう一回、良いですか?」
「もちろん」
今度は、もっと深く。深く。段々と頭がボーっとしてきて、自分が自分で無くなるような気がして。
もっと欲しくなる。
「ありがとう、ございます? ですかね?」
「それは、わからない」
頭は不思議とはっきりしていたけど、でも、何も考えられなかった。思いつくままに話している、そんな状態だ。
「そういえば、ネクリジェなんて持ってたっけ?」
「少し前に、夏樹さんと二人で買い物した時に、一緒に選んで買いました」
「なんでわざわざ、着替えたの?」
「それはもちろん、相馬君にドキドキしてもらうためです。そして、ちょっと野生に目覚めてもらおうと思いまして」
「なるほど、すっかりのせられてしまったわけだ」
「はい。こんなことしてしまった以上、相馬君には一生一緒にいてもらわなくては」
「良いよ。一緒にいる。というか、いてください」
「相馬君、私は、もし子どもができたとして、その子を、愛せるでしょうか」
「急にどうしたの?」
「親の愛というのが、わからなくて。はっきりと家族という物がわからなくて。派出所の子達はなんというか、仲間って感じで。メイド長も先生って感じで、あの、親とか、そういうのが、よくわからなくて、えっと」
「大丈夫だよ」
陽菜の言葉を遮って、抱き寄せる。
「大丈夫」
そう確信しているから。
「それよりもさ、僕の部屋に移動しない?」
「あっ、そうですね。明日洗わなくては。あと、その前にシャワーを浴びましょう」
「おっけ」
ふと、頭の中におじいちゃんの旅館に初めて行った時に会った、仲居の人が頭に浮かんだ。もしかしてあの人って……。