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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
愛おしいメイドに。
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陽菜√第八話 クラスメイトなメイド。

 顔を見せようとしない、見慣れた後ろ姿を眺める。小さな背中は明らかな拒絶の意を示して、僕は何もかもを躊躇させられた。

 そんな背中を眺めて、声を出そうとして、音にならず、金魚のように口をパクパクさせ、間抜けな顔を晒して、言葉にならない気持ちに相応しい言葉を探す。 

 僕の気持ちは、なんだ。

 いや、わかっている。理解しようとしないだけ。伝える事が怖いだけ。張りぼての勇気も砕けた。

 唇を噛む。歯と歯がこすれ合い、耳障りな音がした。

 傷つきたくないと思った。でも、僕は結局のところ、こんな進み方しか、できないらしい。何も持っていない手ぶらな僕は、ただそうしたいという願いだけで無理矢理自分の身を前に進める。

 周りの音が遠のいていく。頭が軽くなっていく。浅かった呼吸が戻って行く。

 なぁ、陽菜。二回目だぞ。君が僕を置いてどこかに行くの。ずっと一緒にいると言ってくれたくせに。こうして追いかけるのも、二回目だな。まぁ、僕も一回家出したから文句は言えないけど。

 情けない所、結構見せたと思うけど、よく愛想尽かさなかったよな。

 今までの陽菜が本物だと確信が持てなくなったけど。でも、嘘だと思いたくないのも事実だから、僕の気持ちを優先させるよ。だから、僕の知っている陽菜なら、気持ちをもし拒絶するとしても、話くらいは聞いてくれると思っている。

 さぁ、伝えよう。息を思いっきり吸い込む。


「陽菜ぁ! 命令だ。こっちを見ろ!」


 柄にもなく、場所も考えずに、気がつけば僕はそう叫んでいた。

 陽菜はこっちを見なかった。けれど、小さな背中に少しの迷いを見せた。僕には、それで十分だった。


「今までのが仕事だから見せていた嘘だって? 夏樹や他のみんなとの今までの事が、嘘だって? 嘘だと言うなら、今この場でもう一回言ってみろ! 今までの私は嘘です。仕事です。って。そうしない限り僕は、今までの陽菜の事を信じるからな。好きだから、陽菜の事が大好きだから、僕は今までの陽菜の事を信じる! あぁ、そうだよ。嘘だよ! 陽菜は僕の傍じゃなくて、もっと他の所に行った方が良いって思ったのも嘘だよ! 考えはしても、気持ちが嘘だ! 僕は陽菜とずっと一緒にいたい! メイドなんかやめちまえ! 僕の傍にずっといろ! 答えろ! 陽菜!」


 恥も外聞もかなぐり捨てた。大遠投だ。流石のメイド長も、結城さんも、にらみ合いをやめてこっちを見ていた。

 陽菜は、どうしてか上を見ていた。上を見て、そして。


「……わけ、ないじゃないですか」


 ゆっくりと振り向いた陽菜は、泣いていた。大粒の涙を流して、泣いていた。


「嘘なわけ、無いじゃないですか! そうですよ、私も大好きですよ。相馬君の事も、みんなの事も。ずっと一緒にいたいですよ! あの冬の日、相馬君が子どものように泣いてくれたあの日から、はっきりと愛していますと伝えた時から今まで、この気持ちが変わった事なんて、ただの一度もありません! でも、でも! 私はメイドとして、こうして!」

「メイドなんか、やめちまえよ! 一人で危ない所に行かせるなんて、できるわけないだろ!」

「ならどうしてくれるんですか!」

「僕も一緒に行かせろ! 父さんも陽菜も助けてやる!」

「嫌です!」

「傍にいさせろ!」

「傍にはいたいですけど。ダメです。危険です」

「うるせぇ! そんくらい僕が、どうにでもしてやる!」


 もう無茶苦茶だ。冷静な僕が嘆くけど、もう止まる事なんてできなかった。

 ただ溢れる気持ちを、陽菜に届けたかった。受け取りたかった。

「メイド長! どうか、陽菜を僕にください。何も持っていません。僕が持っているのは、この身一つのみです。それで良ければ差し出します。差し当たって、僕も連れて行ってください。必ずお役に立ちます」

 土下座を、敢行した。全力だ。何もかも、投げ出して良いと思えた。自分すらどうでも良くなってしまった。ただ、陽菜の事を求めていた。


「アホか。今更飛行機のチケット取れるか、ボケ。というか、どこの会社が客を好き好んで、銃弾飛び交う戦場に連れて行くと思うか。信頼損ねるわ。潰れるわ。……はぁ、全く。おい、真城。そこの三人を連れてさっさと帰れ。私は行く」

「はぁ、はいはい。了解しました、我が生涯をかけて尊敬すべき我らがメイド長様」

「陽菜、それと、少年……いや、相馬。アドバイスだ。大人をもっと信頼しろ。お前らはどうにもそこが欠けている。もっと頼れ。大人というのはそのためにあるんだ。達者でな」

「メイド長!」

「うっせ、とっとと帰れ」


 顔を上げると、メイド長は片手を上げて去って行った。

 残された僕らは、結城さんに連れられ、車に乗せられて家に帰る事になった。


「あらあら、まぁまぁ」

「仲睦まじいですね」 


 肩にかかる重さを感じながら、遠のく意識、最後に聞こえたのは、二人のそんな会話だった。






 一週間後、父さんが思ったよりも元気そうに帰って来た。話は聞いていたようで、乃安がいた事にはあまり驚かなかった。


「相馬、聞いたぞ。空港で熱烈な愛の告白をしたってな。もうからかいたくてからかいたくて、本気出してしまったではないか」

「父さんが本気出すって。うわ、国境閉鎖していた人、可愛そう」


 この人、冗談抜きで銃持ってきても勝てる気がしない。

 話す様子に、何もかも上手く行ったことがわかった。しかし、驚いたことに、一日休んで父さんはまたどこかに行ってしまった。父さんがあの国で何をしていたのか、聞きたかったけど、どうやらまたタイミングを逃してしまったらしい。

 けれど、聞けたことはある。


「あのクーデタ―はな、国の体制を民主化しようとしたものだ。税金が上がってブチ切れたんだろうな。だがな、相馬。忘れるなよ。民主政治とは、一番マシな選択肢であって、最良の選択肢じゃないんだ。少なくとも、最悪の選択はしないだろうという意味で。無茶苦茶頭の良い奴が独裁政治を敷く方が良いんだ。実際そういう国もある。独裁政治の良い点は初動が早い事だからな。正しい選択を迅速に実行できる。何てな。まぁ、世の中、一概に間違いと言える物も、正しいと言える物も無いという事だ。学校で教える歴史は勝者の歴史に過ぎないんだよ」


 父さんとメイド長が何を目指しているのか。わからないけど。でも、僕は父さんは死ぬまで自分の理想を目指し続けるんだろうなと。

 そして。


「わかった。高校卒業と共にメイドを辞めるという事だな」

「はい」

「……大学卒業するまで、仕送りくらいは受け取れ。お前も私の娘だからな。親らしいこともさせろ」

「……はい。ありがとうございます」

「礼はいらん。当然の事だ」


 家のリビングにて、三者面談のように話す。と言っても、主に話していたのはメイド長と陽菜だ。僕はただの付き添いだ。


「相馬。大切にしてやってくれ」

「はい。あの、メイド長」

「なんだ?」

「どうして、陽菜を連れていこうと?」

「決まっているだろ。こいつがいれば、成功率が上がる。それだけだ」


 メイド長は帰った。これで、元通りの日常か。

 陽菜と僕らの関係はあまり変わっていない。でも、確かに僕の気持ちは。伝えたんだ。陽菜の気持ちも受け取ったんだ。

 変化を焦る必要も無いし、求める必要も無いんだ。


「というわけで、高校卒業までは、私はクラスメイトであり、あなたのメイドです。相馬君」

「ん、よろしく」

「さて、差し当たっては。相馬君に将来について考えてもらわなくては。大学卒業後、どういった職に就きたいか、希望はありますか?」


 考える。考えて、何も考えていないことに気づいて。そうして、仕方ないから出した答えは。

「特にない」


 ため息をつかれた。呆れた感情を隠そうともしていなかった。


「それじゃあ駄目ですね。しっかりしてください」

「陽菜こそ、希望無いの?」

「私ですか?」


 そう言うと、陽菜は柔らかく微笑んで。


「あなたの傍で、あなたの事を、支え続ける事です」



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