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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
愛おしいメイドに。
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陽菜√第七話 メイドと再会。

 「先輩が私たちと過ごした日々を、勝手に否定しないでください」

「でも……」

「先輩、今は、陽菜先輩を信じなくても、私を信じてください。私を信じて、陽菜先輩の所に、連れていってください。お願いします」


 僕の手を包み込み、そう頭を下げる乃安に、嘘の気配は無い。それでも、あの、何も籠らない、感情が死滅した声を聞く勇気は起こらず、僕の足は動こうとしなかった。


「先輩……」

「ごめん、頼りなくて」


 慕ってくれる後輩の顔すら、まともに見ることができなかった。情けないと思う。


「今なら、まだ、追いつけます。空港行きの高速バスなら。迷うなら、その中にしてください」

「無理だ」

「無理じゃないです」

「無理なんだよ! 僕なんかの説得に、誰が耳を貸すって言うんだ! 陽菜でさえ、最初から本心から接してくれていなかったていうのに!」

「そんな事、先輩にわかるのですか? 確かめもしないのに。たった一回の会話で、諦めるのですか。そんなの、先輩じゃありません」

「僕だよ。僕はただ、舞い上がっていただけだ」


 信じられている。慕われている。好かれている。一緒にいてくれる。そんな優しい虚構に、浸っていただけだ。


「先輩の言っている通り、今までが嘘だとしても、それでも、やったことは無かったことになりません。先輩が、私たちのためにしてきてくれたことは、無かったことにはなりません」

「それが、どうした」

「確かめませんか? 今まで自分がしてきたことが無駄だったのか。絶望するのは、それからで良いじゃないですか」

「もう、傷つきたくない」


 自然と、口から出た言葉は、それだった。


「ようやく、そう言ってくれましたか」


 頭が、優しく包み込まれる。


「それなら、私と一緒に、このままずっといますか? 私なら、陽菜先輩のようにどこかにいなくなったりしません。約束します。私が、ずっと先輩を、守りますから」


 柔らかな、温かい感触。乃安の胸の中で、ゆっくりと息を吐く。包み込まれる安心感に、このままで良いのではと思わされそうになる。


 陽菜の事はメイド長に任せて。

 なだらかな坂を下るように。

 のどかな草原で昼寝をするような日々に。

 このまま落ちて行こうか。それもまた。

 とても、魅力的に思えた。

「がまんしなくて良いですよ」

 すぅ、と息を吸った。そして吐いた。

 きっと、このまま従うのも、正しいのだろう。


 でも、もし、僕の知っている陽菜が本物なら、今更になってそんな可能性を考えて。ここで諦めることは、許さないだろう。僕は最低だ。この温もりの中で、陽菜を抱きしめた時の事を思い出した。陽菜と一緒に眠ったことを思い出した。陽菜も、温かい事を思い出した。

 じんわりと、温もりが、広がる。広がっていく。涙が出そうになる、でも、今は堪えよう。

 もう疲れた。けれど、体が、立ち上がりたいと訴えている。


「乃安、ありがとう。でも、行こう」

「……そうですか。わかりました。まだ間に合う時間です。行きましょう」


 今までで最短で身支度整えて、家を走り出る。けれど、立ち止まる事になった。


「よお、早いじゃないか。二人とも」

「結城、さん……」

「なるほど、メイド長は何が何でも私たちに行かせないつもりですか……相馬先輩、ここは私が食い止めます。駅から出るバスに何としてでも乗ってください。三分はここで食い止められます」

「でも、二人で行けば……」

「それは時間のロスです。結城先輩なら引き分け狙いで延々と引き伸ばす事だって可能です。というか、最悪共倒れです。どちらか一人が犠牲になる方が効率的です」

「あー、何を盛り上がっているかは知らんけど。早く乗ってくれ。空港行くぞ」

「「えっ?」」

「あたしだって、メイド長がおかしいと思うんだよ。だから、あんたらを連れて空港に行く。あたしが全力で飛ばせば追いつける」


 嘘を、言っていないのはわかった。だから無言で乗り込む。その答えで満足したのか、僕らがシートベルトを着けたのかも確認せず、急発進で朝の住宅街を駆け抜けることになった。

 何で、僕は空港に向かう気になったのかを考える。陽菜の温もりを思い出してそれが欲しくなったなんて、何だか子どもっぽい理由だから、もっとカッコいい理由を探す。


「メイド長。朝野比奈社長。漢字が違うだけで同性同名って言うね。でもあの人にとってそれは嬉しかったのかもな。ややこしいから名前で呼ぶやつ、身内ではいなくなるだろ。あの人は記号になりたかったのさ。世界から理不尽を叩き潰す。そんな記号。一人の個人では、強くなれば利用しようと様々な権力がすり寄って来る。それが嫌で嫌でしょうがない。だから、利用不可能な記号になりたかったのさ。まっ、そんな事、未だに実現できていない辺り、まだメイド長も人の部分が残っているのだろうけど」


  くくっ、と結城さんは笑う。


「あいつは化け物だけど、でも、今回はおかしいと。陽菜をあんなところに連れて行くなんて、普段のメイド長ならあり得ない。あいつ、ここ数日誰とも会おうとせずに忙しく準備していたからな。聞き出すならこれが最後で確実なチャンスなんだ。お前らも陽菜を止めたいだろ。だから連れて行ってやる」


 周りを走っているのはトラックとかそれくらいで、道路は静かなものだ。だから飛ばせた。雪道でも、融雪道路ならそこそこ出せる。


「雪道で、車を走らせるなら、自分が対応できるスピードより少し下で! そして、ハンドルを鋼の意志でキープする!」


 高いテンションで高らかと叫びながら、あぜ道を走る。


「なぁ、相馬。そんな顔で会う気か?」

「僕が、止められるのか、不安で」

「ほう、じゃあ、なんで止めようと思ったんだ」

「それは……」


 理由はここまで来て、まだ見つからない。ぼんやりとして、でも。まだ残る温もりが、さらなる温もりを渇望しているのだけは確かだ。それだけが、今の僕を突き動かしている。


「行動の理由なんて後から付いてくるもんだ。聞いておいてなんだが、あんまり考えるな」


 結城さんはそう言って、ハンドルを握り直した。

 車を停めて、そして空港の中に駆け込んでいく。


「いたぞ! こっちだ」


 結城さんがそう叫ぶ。確かに、いた。自動チェックイン機の方から歩いてくる。本当に追いつけた。

 足がすくむ。呼吸が浅くなるのを感じる。

 結城さんの横顔は、少し緊張しているように見えた。


「おい、メイド長。ちょっと待てよ。どうせまだ時間あるんだろ」


 それでも、隙があれば食い殺してやる、そんな獣のような雰囲気を放って、メイド長にそう声をかけた。


「……真城か。なぜ来た」

「あんたがおかしいからだよ。陽菜を連れて行くなんて。他の職員はどうした?」

「陽菜は恭一のメイドだ。助けに行くのは道理だろ」

「そんな理由で納得するかボケ」


 陽菜は顔を上げるどころか、背を向けて、佇んでいる。その後ろ姿に、声をかける勇気なんて湧かず、僕は眺める事しかできなかった。

 たったの一晩なのに、数年ぶりに見たような、そんな奇妙な感覚。


「……陽菜」


 絞り出すようにそう言った声に返事は無い。ただ、背を向けてうつむいたまま、動こうとしない。

 なんて声をかければ、陽菜は答えてくれるんだ。僕は、陽菜に何を言えば良いのか。いや、それじゃ、だめだ。僕の言いたい事、伝えたい事。

 口を開いて、声を出そうとして、けれどそれは音にならない。言葉にならない。正直になろうとして失敗した。

 あと一歩、あと一歩踏み出そうとして……。膝をつきそうになって。

 僕は陽菜をどう思っているんだ? 陽菜は僕をどう思っているんだ? そんな問いが頭に浮かんだ。

 

 

 





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