陽菜√第六話 メイドに信じられたかった。
「僕は……一緒にいたい」
そうはっきり言うと、陽菜は微笑んで頷いて、メイド長に頷いて見せた。
「そうか。わかった。ならばこちらで対処することにしよう」
メイド長は部屋を出て行く。ちらりとこちらに振り返り、しかしその表情に何も浮かぶ事無く、静かに扉が閉じられた。
僕らは顔を見合わせる。
「陽菜、メイド長から言われていた要件って、何?」
「言えません。相馬君、その、気にしないでください。これはこちらで対処することですので」
「でも……!」
「先輩っ……言った事を今更グダグダ言っては、駄目ですよ」
「……わかった」
そうだ、今更僕の中で、僕の選んだことは本当に正しかったのかという、そんな疑問が、でもそれは、そんな疑問を抱くのは僕の希望を聞いてくれた陽菜に申し訳なくなった。
やめよう。この事を考える事を。今考えるべきことは、これからの事だ。
次の日、家に帰った。
「相馬君。久しぶりにチーズケーキを作ってみました」
「マジで? 食べたい」
「はい、お茶淹れるので、少々お待ちを」
穏やかな冬の日だ。雪が降っている。朝にせっかく片づけた雪も、そろそろこんもりと積もっている事だろう。
しっとりとした食感と共に、甘味が広がる。外側はタルト生地で、二種類の食感が楽しめた。
「乃安は、君島さんの所だっけ?」
「はい。夕方頃には帰ってくると」
「そっか。平和だな」
「突然どうしました?」
「いや、思わず言ったって感じ。だから、特に理由は無いよ」
「そうですか。良い事じゃないですか? 平和」
「そうだね」
何も悪い事じゃないけど、色々あり過ぎると、逆に平和が不気味になる。平和ボケをしていないのは良いことかもしれない、けれど、だからと言って疑心暗鬼になるのは良くない。
「相馬君。もし、私がいなくなったら、どうしますか?」
「突然どうした?」
「いえ、気になっただけです。それよりも、同じ反応ですね」
「そうだね」
陽菜が楽しそうにクスクスと笑う。本当に感情豊かになったな。前に比べてだけど。
「マシになったとでも言いたげですね」
「そんな気軽に僕の心理を読まないでくれ」
こんな日々が、ずっと続けと思っていた。
「相馬君。相馬君のその平和、私が守りますから。信じてくださいね」
「陽菜の事は、ずっと信じているよ」
「……ありがとうございます」
「先輩、起きてください。先輩っ!」
「えっ?」
慌てて体を起こした。反射的に枕元の時計を見る。デジタル時計は、いつも起きる時間より早い時間を示していた。
「陽菜先輩が……こんな手紙を残して……」
「えっ……」
『やるべきことをしてきます。必ず帰ってくるので、心配しないでください。相馬君のお父さん、旦那様は必ず連れ帰ります。しばらく連絡が取れないところに行きますけど、大丈夫です』
「えっ……あっ……」
学校の鞄を漁る。陽菜からもらった、新聞に載っていた短編。でも僕の目当てはその裏だった。陽菜が熱心に読んでいたニュース。とある狭い国で起きていたクーデター。空港は閉鎖され、国境も封鎖されたため、陸続きの国でも入れない状態。
「乃安、陽菜はここに行ったのか?」
「ごめんなさい。わかりません」
唇をかみしめる。今ここで乃安に怒りをぶつけても駄目だ。殴りたい相手は、僕だ。
陽菜、何で。何で、何も言わなかったんだよ。やり場のない怒りを、壁にぶつけた。
BAD END.