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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
愛おしいメイドに。
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間話 メイドとメイドの日。

 「相馬君、知っていますか? 今日、メイドの日ですよ」

「なにそれ?」


 それは朝、廊下に置かれている姿見の前にて陽菜が僕の髪を整えながらポツリと思いついたように、緩やかに動かしていた手を止めての一言だった。


「ただの語呂合わせですけどね。正式な記念日ではありません。五月を英語でMay。10をドと読んで、メイドの日です」

「へぇ」


 再び手が動き出す。優しく櫛がいれられ、ボサボサだった髪が、人前に出られる姿に変えられていく。


「なので、ネットではメイドのイラストがどんどん投稿されることでしょう。楽しみですね」

「好きなの?」

「はい、可愛いものは好きですよ、結構」


 陽菜がどこからか取り出したのは一冊の本。開けばそこには可愛らしく描かれたメイドのキャラクター。


「料理もできて、広い屋敷をほぼ一人で管理、戦闘もこなせるため、護衛もできます、馬車を運転、素晴らしい万能メイドです」

「陽菜もじゃん」


 ピタリと手が止まる。不思議に思い振り向くと、陽菜がガタガタ震えていた。


「まさかのキャラかぶりですか!?」

「いや、万能メイドはわりとありふれてるよ」

「これはいけません! 私が埋もれてしまいます。乃安さんまで……」

「乃安は後輩属性あるし、どうにかなるよ」

「私がダメじゃないですかぁ」


 クラスメイトでメイド……普通に思いつくな。そんな漫画あった気がする。

 ショックを受けながらもしっかりと僕の髪型を整え、そして考え込むように歩き回る。


「先輩方、朝ごはんできましたよー」

「了解、今行くー」


 陽菜は少し遅れて僕に続いた。




 「キャラを立たせたい、という事ですね」

「まとめればそうなるね」


 乃安は一つ頷いて、陽菜の事を見つめる。


「陽菜先輩が可愛いと言っているキャラクターと違う部分を探せばありますよね。髪の色とか」

「それとはまた違うと思うけど」

「いいえ、大事ですよ。例えばこのキャラのように青髪が好きな人もいますし。金髪萌えとか、白髪好きとか、赤毛推しとか、色々あるのですから」


 深い世界だ。そして乃安もその方向に造詣が深いのがわかった。


「なら、黒髪好きもいるでしょ」

「もちろんいますよ。でもそれでも、埋もれないなんて、贅沢なことですよ、陽菜先輩」

「……わかっています。ただ、少し、はい、欲が出てしまいました」

「まあ、このキャラクター、胸も大きいし、贅沢だというならこのキャラだよな」


 空気が何故か凍った気がした。


「えっ? 何? どうかした?」

「先輩、もしそれがフォローのつもりだと言うなら。……落第ですね」

「えっ……あっ……」


 謝ろうとするけど、一瞬早く、陽菜の冷たい声が場を制圧した。

「乃安さんのフォローも受け付けませんよ」

「うっ」

 





 「相馬くん、陽菜ちゃん、何で不機嫌なのかな?」

「ちょっとね、不味い事を口走ったみたいなんだけど、どうしたら機嫌が取れるのかな」

「それは、うーん。謝る以外に思いつかないかなぁ」


 そう言って夏樹はひな鳥のように陽菜の方に寄って行って、いつものように明るく話しかける。けれど、話し声は聞こえないけど、入学したばかりの頃を思い出させる、事務的な対応に見えた。

 まずいよなぁ。陽菜が気にしていることを忘れていた。謝りたいけど……。陽菜が怒ったのは初めてではない、だから筋を通さないと許さないことは知っている。 

 この場合、謝るだけではなく、筋を通すとしたら、何をすれば良いのだろうか。

 すぐに謝れば良いのにと、こういう事が他人事だった時は思えた。けれど、今ならわかる。時間が経てば経つほど謝り辛くなっていく。余計な事を考えてしまうからだ。

 許してくれなかったらどうしようとか、実は気にしてなくて、謝り損だったとか。そういう事だ。


「ねぇねぇ、相馬くん」

「夏樹……」

「お困りのようだねぇ」

「そうだねぇ」

「私から一つアドバイスをしてあげる」


 人差し指を立てて、そしてそれを僕に突きつける。


「全力でイチャイチャを自分から仕掛けなさい。彼氏なんだから!」

「……は?」

「だって相馬くん。どうぜいつも受け身でしょ。誠意を見せるなら、いつもと違う自分を見せなきゃ」

「なんで知っているのさ。僕が受け身なの」

「頼れる学級委員長なので」

「というかそれ、夏樹が美味しい思いしたいだけじゃない?」

「あは、バレたか」


 茶目っ気たっぷりにニッコリ笑う。でも、夏樹のアドバイスも、何となく一理ある気がしてきた。


「わかった。やってみる」

「頑張れ。出来れば報告よろしくね」





 「陽菜」

「はい」


 掃除をしていた手を止めて、陽菜は顔を上げて僕と向き直る。思わずゴクリと唾を飲む。

 よく見れば、陽菜の体はとても綺麗だと思う。だからこそ、それに触れることを躊躇してしまう自分がいた。しかし、それに対抗するように、抱きしめて全身で感じたいと欲する自分もいる。


「よし」

「相馬君?」


 きょとんと首を傾げる陽菜を、ギュッと腕の中に収めた。


「ご、ごめん。あの、朝、デリカシーの無い事言って」

「は、はぁ。えっと、許します? その、私もあの、らしくない事をしたとかで、色々恥ずかしいので」


 流石の陽菜も戸惑ったのか、声が少し、ほんの少し上ずっている。

 手を離す。距離ができて、沈黙が流れる。ほんの数秒。陽菜はすぐに思い出したように掃除を再開した。


「抱擁、ありがとうございます」


 ぼそりと、そう呟くのが聞こえた。





 『抱きしめただけですか、相馬くん』

「うん」

『もっと無いの? 熱いキスを交わしたとか。情熱的な夜を過ごしたとか』

「真面目な学級委員長は何処に行った」


 夜、夏樹に電話で仲直りした旨を伝えると、夜中なのに元気な我らが学級委員長の嘆く声が電話越しに響く。


『うわーん。もっと甘い話が欲しいよ』

「夏樹の言ったことをそのままやったら甘いで済むのか?」

『真面目な話すると、不純異性交遊をしましたと報告されても、今後どう対応すれば良いかわからなくなるから、勘弁してほしいな』

「ですよね」

『でも、責任取れるなら良いと思うよ。一番好きな相手だからこそできることだし』

「うん」

『だからね、相馬くん。するときは、愛おしさから沸き上がる行動であって欲しいな。欲じゃなくて。って、何で男子にこんな事を指導しているんだろう、私。あはは、相馬くん。寝るね、そろそろ』

「うん、おやすみ」

『おやすみー』


 電話が切れる。それを見計らったように、ドアがノックされる。


「どうぞー」

「失礼します」

「陽菜? どうかした?」

「先ほどのお返しに来ました」

「お返し?」


 陽菜が音もなく近づいてくる。そしてそのまま、僕はベッドに押し倒された。

 影になって陽菜の表情は伺えない。振り払おうと思えば振り払える重さだった。そのまましばらく、お互い動かなかった。

 静かに唇が重ねられた。


「ごちそうさまでした」

「……お粗末様でしたって言えば良いのか?」

「えぇ、今はそれで充分です。それでは、おやすみなさい」

「おやすみ」


 ペコリと一礼して陽菜は出て行く。


「今の場合、正しい行動って、なんだろう」


 僕は一人、悶々と悩むことになったのであった。陽菜に相応しい男になる道は、まだまだ遠かった。









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