陽菜√第四話 メイドとクリスマスパーティー。
着込んだこの正装、今ならしっくりくる気がした。
陽菜たちも、何でも正装用のメイド服とやらがあるらしい。違いはよくわからないけど……。生地が高いとか? そんな感じだろうか。
家の前に黒塗りの高そうな車が停まる。陽菜が扉を開け、僕が乗り込む。その後に二人が続き、全員が乗り込むと車が発信する。
「相馬、お前、それ……なるほど、それがお前流の正装ってやつか」
「はい」
迎えに来たのは結城さんだった。知らない人よりは全然安心できてありがたい。
「どれ、それじゃあ、飛ばすか」
「やめてください。死にますから」
陽菜がそう指摘するまでも無く、落ち着いた走りを見せてくれた。もう何度か見て、見慣れたとは言わな
いまでも、記憶にはある景色。ちょっとした緊張と、パーティーという単語故の興奮が入り混じった変な気分、雪に包まれた山。そしてその雪を贅沢に使用した雪像。そして、これでもかと光り輝くイルミネーションはきっと日が沈んでから灯る事だろう。そしてメイド派出所のイルミネーションはただ光り輝くと言うより、静かな夜にちょっとした贅沢を添えているという印象だ。陽菜と一緒にその中を歩いた僕が言うのだから間違いない。
そうして、去年の通り、僕らの荷物は出迎えのメイドが持って行く。サンタコスは去年よりもサンタだ。
スーツにサンタコスのメイド長はどこかの偉そうな人に偉そうにお酌してもらっていた。既にその傍らにはワインボトルが一本転がっている。
相手はものすごく厳格そうな人なのに、それがどこか当然に見えてしまう風格があった。
「メイド長さんに一度、年功序列という単語の意味を聞きたいな」
「恐らく、できない老害の僻みという言葉が返ってくるかと」
そして、事前に言われていた通り、僕は目立った。
両脇に陽菜と乃安を従えているように見える僕は、確かに注目の的で、しかもメイド長が親しげにこちらに手招きすればそれはもう、獲物を狙う虎に囲まれている気分を味わう事になった。
「なんだ、意外と平然としているじゃないか」
「そう見えますか? 内心汗だらだらですけど」
「ははっ、まぁ、そう言うな。お前は恭一の息子だ、性格までそっくりと来た、信用はしている」
「そうですか」
「それにな、お前の母親、日花里も人が良い奴だった。一度だけ、会ったことがある。お前が生れる前だよ。もうお腹の中にはいたがな」
懐かしむようにそう話す。
「ほら、飲め」
「僕、まだ十七ですよ。まぁ、ワインに見せかけて葡萄の炭酸ジュースですよね。飲みますよ」
ワイングラスを受け取り、一応鼻を近づける。ワインの炭酸水割りという線も、他のブドウ系のお酒という可能性も無くなったから一気に飲み干した。
「良い飲みっぷりじゃないか」
「そりゃどうも」
「どれ、開会の挨拶に行かねば、あぁ、だるい」
だるそうに片手を振って、マイクを受け取ると、急に、酔いを感じさせず、堂々とした立ち姿で、壇上に立つ。
「挨拶が長い代表は嫌われるんで。皆様、ようこそ。せっかくの料理が冷めます。当派出所の自慢の料理をとくとご堪能あれ。そして、このパーティーに乾杯!」
その声に応じて、グラスが一斉に上がる。それを合図に晩餐が始まった。
「なぁ、陽菜」
「はい」
「みんな何かに特化していくのか?」
「そうですね。ある程度色々やって、興味を持ったものをどんどん極めていく人もいますね」
「ふーん」
「どうも、初めまして」
「はい」
三十代くらいだろうか。グラスを傍らにいるメイドに預けて話しかけてきた。
「どうぞ、私、こういう者です」
すっと差し出される名刺。やばい、持ってねぇよそんなの。
「どうぞ、相馬君。作っておきました」
耳元で囁かれ、後ろから一枚握らされる。
うろ覚えの知識でどうにか交換する。
「ふむ。まだ高校生なのですか。お父さんの代理とかですか?」
「そんなところです」
「その割には、朝野社長とは御懇意のようで」
「ここにいる全員がそうでしょう」
「いやいや、我々なんてただの客、いや、金づるですよ。あぁして談笑していても、皆腹の中を探り合い、けれど傍らにいるメイド達はメイド達で連携して情報を繋げ、全てあのメイド長と名乗る朝野社長が把握する。しかし、それでも我々は雇い続ける。なぜなら彼女の所の商品を買っておけば、いざという時に藁なり縄なり投げてくれるからですよ。このコミュニティはそう成り立っている。情報を差し出すことで保険を買っているようなもの。もし裏切れば、まぁ、縄の代わりに爆弾が投げ込まれるでしょうね」
けらけらと笑い。一礼してその人は会場のさらに奥に進んで行った。
受け取った名刺を見る。
「えっ、この人、あの車の……」
「そうですよ」
平然と言ってのける陽菜。うーん。凄い人の中でも、見る分には普通な人と、見るからに凄い人っているんだな。
「相馬先輩、これ、食べてみてはどうですか? きっと美味しいですよ」
「あ、あぁ。もらう」
おぉ、これは。フライドポテト、出来立てじゃないか! ジャガイモの風味、丁度良い塩加減……ん? 乃安、何で塩っぽい白い粉が入った容器を片手に持っているのですか?
あっ、背中に隠した。
「どうぞ、美味しいですよ。相馬先輩の好みの料理が並んでいます」
「は、はぁ」
寿司も、おっ、ワサビの加減……。
「ちらり」
「せ、先輩、擬音を口に出すのは如何かと……」
「うん。流石に僕も恥ずかしい」
「相馬君、どうですか? 盛り付けてみました。ついでにアレンジも加えt」
「君たち、一応、自分達が客である事忘れてない?」
「今日の私は、相馬君の忠実な従者です」
「私もです」
とりあえず、自分で取ったそのままの味のステーキを食べてみる。おっ、普通に美味しいじゃん。
「そこに、これをパラパラと」
「これは?」
「花椒ですよ」
「へぇ」
香りと共にピリッとした辛味が追加された。
「今度、これで麻婆豆腐作ってあげますから」
「ありがとう」
そして、その花椒のかかっていない部分にわさびを付けてくれる辺りは流石だと思う。ステーキとわさびは素晴らしい組み合わせだと、僕は思う。
吹奏楽の音色が、晩餐の終わりが近づいていることを示すように、どこか物悲しさを感じさせる旋律を奏でる。
閉会の挨拶が行われ、泊まっていく人たちは予め用意された部屋に向かう。三人同室で泊まると事前に言ってあるから、大きい部屋が一つ宛がわれた。
「うわー、この部屋を使う機会が来るとは……」
「ですね」
「そんなに凄い部屋なの?」
確かに、広いし、お風呂ついているし、けれどそれは去年泊まった客間と変わらない。
「まぁ、家具が他の客間より高いとか、お風呂の機能がちょっと多いとかそんな差なのですが」
「あとは、眺めですかね。そこのベランダから外に出てみてください」
その言葉に従って外に出ると。
「おぉ、凄い……」
イルミネーションに彩られた庭が、丁度一望できる場所だった。
「ロマンチックだと思いませんか? 先輩」
「そうだね」
丁度雪が降っていた。時刻はとっくにてっぺんを回っていた。星が見えた。空が広かった。凍えるような風も、三人で並べばへっちゃらだった。
体が冷えていく。けれど、内側から溢れる温かいものがある。寒いからか、それとも星空が広がっているからか、二人の存在が、とても強く、心強く感じられた。
そんな、静かな時間に来客がやってくる。その人は、見る限りかなり飲んだはずなのに、ゆっくりとノックして、陽菜が扉を開けると、ゆったりとした足取りで入って来た。
「メイド長さん……」
「邪魔するぞ。さて、話をしようじゃないか。真剣な話題だ、心してかかれ」