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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
愛おしいメイドに。
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陽菜√第三話 メイドと重ねる一日

 「おはようございます。夏樹さん」

「あっ、おはよう、陽菜ちゃん」


 もこもこのコートにマフラーに手袋と、全体的にもこもこしている夏樹が、振り返り微笑む。


「今日も勢ぞろいだね。よし、今日も頑張るぞ」


 そして上機嫌に鼻歌を歌いながら歩きだすものだから、最近の陽菜の様子に少し下向きだった気分も、上に向けなければと思わされる。こういう夏樹みたいな人が、将来大物になるのだろう。夏樹自身はそんな事は無いと言うと思うけど。

 浮かれ気味な人と眠たげな人、ここまで様々な様子の人が勢ぞろいする通学路も珍しいだろう。

 陽菜は一見いつも通りだ。でも、それでも感じてしまう違和感。陽菜は最近、チラチラと仕事中でもスマホに連絡が入っていないか意識している。そしてどこか仕事が疎かになっている部分もある。慣れていない人はわからないだろう。でも、いつも見てきた僕にはわかる。 

 聞き出そうにも、どう切り出せば良いかわからないもどかしさを、このもやもやを吐きだせない心地の悪さを、抱えてしまった。

 



 「陽菜」

「はい、どうかされましたか? お話でしたら、どうですか? 乃安さんがクッキーを持たせてくれました」

「あぁ、うん。ありがとう。珍しいね、新聞を読むなんて」

「はい、世の中の情報は常に把握するように努めているので。ただ、この時間はスマホを操作してはいけませんからね、やりづらいです」


 今まで見た事無い光景だったが、しかしこの行動を疑るのはやり過ぎな気もする。最近あった大きなニュースなんて、どっかの国でクーデターが起きたことくらいだ。今朝のテレビはコメンテーターがその事に関してもっともらしく考察していた。


「何か、面白いニュースでもあった?」

「そうですね……そういえば、相馬君の好きな作家さんの短編が載っていますけど、読みますか?」

「えっ、まじ? 読む」


 そうして渡された、陽菜が丁度読んでいた面の裏、新聞一枚分の短編。大体原稿用紙二十枚分だろうか。それを読む。こんな短い中にストーリーを埋め込むとは、やっぱりすごいな。

 読み終わる頃にチャイムが鳴り、席に戻る事になる。何気ない日常が、中身の薄い会話が、心地良い。



 


 冬休みももうすぐ始まる。二十三日に始まり、一月の初めに終わる、そんな短い休み。朝起きるのも辛く、夜寝るのも、陽菜が湯たんぽを入れてしっかり温めておいてくれなければ辛かっただろう。


「京介!」

「おう、任せろ」


 冷たい空気の体育館、そこに熱気を生まんとばかりに一つのボールを巡り、走り回る僕ら。

 ただなぁ、バスケ、ドリブルもシュートも苦手なんだよなぁ、やっぱり。ディフェンスなら、何とかできるけど。ディフェンスかなー、やっぱ。

 女子は卓球している。きゃいきゃいと盛り上がる声が聞こえた。

 そんな事に意識を向けていると、ボールが真横を通り過ぎる。咄嗟に手を伸ばすけど、虚しく、相手チームが落ち着いたレイアップシュートを決める。


「ごめん」

「どんまいどんまい。珍しいな、反応が遅れていたぞ」

「ちょっとぼんやりしてた」

「ははっ、まぁ、連戦だもんな。その割には息が切れていないようだが」


 そう言う京介もまだ余裕そうで、流石運動部といった感じだ。


「よし、行くぞ」

 



 購買部で購入したリンゴジュースをストローで吸い上げながら教室に戻る。汗ふきシートを迂闊にも使ってしまったものだから、服の隙間から入る風が余計に冷たく感じた。


「あっ、陽菜」

「はい。どうかされましたか、相馬君」

「それはこっちの台詞なんだよなぁ」 


 体操服で、暑いのか半袖半ズボンで佇む陽菜が、きょとんとした顔で向き直る。


「今から教室に帰って着替えるところなんですよ」


 僕の疑問を聞く前に答えていまう、安定の陽菜クオリティ。よく見ればジャージの上は腰に巻いてあって、どこかお洒落な雰囲気がある。


「それでは、先に戻りますね」


 駆け足で行ってしまう。手を振ろうとしたはずなのに、何故か前に伸びるけど、その迷いからか伸ばしたころには既に陽菜はもう届かないところに行っていた。


「あの、先輩、何しているんですか?」

「あっ、うわぁ! の、乃安か」

「はい、乃安ですよ。あなたの後輩です。陽菜先輩、随分と話し込まれていましたねぇ、電話で」

「電話?」

「はい。それはもう、真剣な雰囲気でした。どこからなのか定かではありませんけど。でも、予想はつきますけど、いえ、不確かな情報で先輩を混乱させるわけにはいきませんね。やめておきます」


 乃安はそう言って階段を駆け下りていく。丁度踊り場に君島さんが現れたからだ。こちらに気づいた君島さんは眠たげな眼で見上げて、ため息を一つ。


「なんだ、日暮相馬か。ふーん。ばいばい」


 手を振られたので振り返す。いつまでもこうしてはいられないけど、女子が着替えているというなら少しゆっくり行こう。わざわざ更衣室を使わずに、教室で着替える理由がわからないけど、色々あるのだろう、女子には。

 



 午後の授業を受ける眠い僕らを、暗い空が見下ろしていた。

 自習を真面目にする気になれず、陽菜の席の近くで、ヒーターに座り、暗い空を見上げる。


「ズボン、焦がさないようにしてくださいね」

「あぁ」


 文庫本に落としていた目をちらりと上げて、そしてそのまま本を閉じて、居住まいを正す。


「お勉強をしましょう、相馬君」

「うん、ちょっとやる気が出ないけど」

「やる気出るような事が欲しいですか?」

「どんな?」


 すると、陽菜は耳元に顔を寄せる。吐息が掛かる。思わず喉を鳴らした。

 何を、する気なんだろう。理性と関係なく、脳が勝手に様々な事を想像した。見ていないはずなのに、陽菜の唇が動くのを感じた。ゆっくりと言葉が紡がれるのがわかった。

 吐き出された息のくすぐったさに、体が震えた。僕は、みんながいる教室で、何を考えているんだ……。


「美味しい晩御飯を作ります。乃安さんが」


 思わず黙り込んでしまう。そして、大きく息を吐く。


「相馬君?」

「なんでも無いよ。うん、がんばろー」

「はぁ。では、早速、模擬試験やってみましょう」

「おー」


 そして早速、英語から始まる。


「……相馬君、良いですね。英語。言う事はありません」

「そりゃどうも」


 じっと、陽菜が僕を見つめる。そして、頷く。


「次、数学です」

「おっけ」





 「相馬君に料理を教えようと思います」

「ん? そうだね、興味ある」

「乃安さんも助っ人お願いします」

「はい」


 どういう心変わりかはわからない。今まで陽菜は僕を家事に関わらせようとはしなかったのに。


「では早速、今日はこれを覚えてもらいましょう」

「味噌汁か」

「はい。美味しい味噌汁は大事ですよ。私たちも家庭料理を中心に教え込まれ、その中でも最初が味噌汁でした」


 懐かしむように、手書きのレシピを指でなぞる。そして、冷蔵庫から材料を用意し、並べる。


「準備は良いですか? 厳しく行きますからね」




 そして、洗濯も。


「女性ものの下着はデリケートですから、気をつけてください」

「はい」


 掃除も。


「掃除は上からです。無駄にならないように」

「はい」


 陽菜は厳しく。基礎からしっかり教えてくれる。この行動の意味を考える暇は与えられず、ただ教えを享受した。

 慣れない事をしたからか、くたくただ。でも、自分で洗ったお風呂も気持ち良い。いや、陽菜が後から乃安に監督を任せて自分でやっていたのは知っている。だから、まぁ、共同作業という事で。

 料理も、陽菜が横から指示を出してくれたおかげで、そこそこの仕上がりにはなっていた。まぁ、これは昔々の遺産で、多少の基本動作は手に残っていたことも役に立ったと思いたい。


「あー、このままだと寝そうだし、上がろう」


 リビングに入ると、陽菜が机の上でノートに何やら書き込んでいる。


「陽菜?」

「はい。あっ、上がりましたか。どうでしたか? 湯加減は」

「丁度良かったよ」

「そうですか。では、私も入りますね」

「うん」


 ノートをさっさと片付けて、陽菜はお風呂に入っていく。不穏な気配も、嫌な予感も無く、今日は流れた。このまま、続け。

 リビングの壁際に、僕がクリスマスパーティーで着る衣装が吊るされているのが見えた。きっと手入れをしてくれたのだろう。古いものだし、これで動き回ったりもした。どこか補修が必要な部分もあったのかもしれない。


「ありがとう、陽菜」


 思わず、そう呟いた。



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