陽菜√第二話 メイドによる、クリスマスパーティーに向けた魔改造。
パリッとした見た目、爽やかな、似合わな過ぎる。
「素敵ですよ、相馬君」
「あ、あぁ」
陽菜が手を合わせて絶賛してくれるが、僕が僕じゃないみたいで、不気味だ。
会計を終えてショッピングモールに戻る。頭が軽い。
「次はスーツですけど……仕立て屋さんにお願いしましょう」
「それ、いくら?」
「六桁程度ですね」
「待って! それ高くない? というか、父さんが前頼んでいたけど、一か月くらいかかるよね」
「パターンオーダーなら三週間程度ですので、間に合いますよ」
「いや、というか、僕にそんな金は……」
「私が出しますので」
「いやいやいやいや」
平然と言ってのける陽菜、そうだ、確かに陽菜は給料をもらって仕事をしている身だ。
何かを言おうとしたのは確かだ。だけど、何でだろう。口が開かない。沸々と湧きあがる何かを抑え込もうとしているのがわかる。
黙り込む僕を陽菜は不思議そうに眺める。
「相馬君?」
そう呼び掛けられて、どうにか言葉を絞り出す。
「ん? いや、何でも無い。父さんの奴探そうよ。多分あるし、着れるよ」
「あっ、いえ、相馬君。ごめんなさい、あの、何か粗相がありましたでしょうか?」
別に怒っていないのに、陽菜はどうしてか慌ててそんな事を言ってきた。
「どうしたの? 陽菜、怒っていないよ、僕は」
「いえ、先輩、そんな感情が死滅したような表情で言われても説得力が無いですよ」
乃安の言葉に、近くにあったショーウインドーを見てみる。反射して見える僕の顔は、確かに色々なものが抜け落ちていた。
無理矢理笑顔を作ってみる。でも、何か変だ。不気味というか、何というか。
「陽菜の作り笑いみたいだ」
「あっ、それ、なんかわかります」
乃安のおかげで空気はどうにか張り詰めず、いつもの心地の良い温度を保っている。それでも、陽菜は少し気まずさを浮かべて、一歩後ろを歩いている。
僕は怒ったのだろうか。怒ったのだとしたら何に怒っていたのだろうか。
ただ、陽菜が払うという事に不快感を覚えたのは間違いない。それだけは確信を持って言える。だから、怒ってはいないはずなんだ。僕が怒るとしたら自分に対してだ。何も持っていない、自分に対してだけだ。だから、怒っていない。怒る理由が無い筈なんだ。そもそも、人の優しさに不快感を持ったのがおかしいのだから。
「どうしましょう」
「ですね。ここまでとは思いもしませんでした」
それが、僕のスーツ姿を見た、陽菜と乃安の感想だった。
「着られている感が否めないというか」
「私たちの評価はどうでも良いのですが、相馬君の評価が……」
鏡を見る。生地の質は他よりも全然良い、高いという感じがして逆にむず痒い。父さんに合わせて作られたとは言っても、少しぶかぶかなくらいだ。父さんは結構がっしりしているが、母さんに似た僕は細い方、それでも動きにくさがあまりないのは鍛えたおかげだな。
「うん。いや、良いよ。これが今の僕だ」
素直にそう思った。着こなせていないのは大人になりきれない僕を反映しているだけだ。
「いいえ、どうにかしましょう。立ち方、歩き方一つでどうにでもなるはずです。相馬君、戦う時の足の運びと構えを」
「それは流石に不気味だろ。あと、僕が父さんから教わったのは、武道を志す人にとっては邪道だし、勝つことだけが目的ってやつだし」
「それを言ったら、真面目に武道を志している人なんて私たちの中にはいませんし、派出所でも真城だけですよ」
「ですねー。まぁ、突き詰めれば技ですから、良いじゃないのですか? 人を傷つけ殺める術であるのは変わりありませんし」
「いっそ制服で行くのもありかな」
「それは……あまり個人情報を周りに披露するのは避けたいです。相馬君も身辺調査されるのは避けたいでしょう」
「それはそうかも」
陽菜は腕を組んでうんうん唸っている。そこまで悩まなくても……。
「もういっそ、あの正装で行っちゃ駄目かな?」
「去年のように急ごしらえならいざ知らず……うぅ。んー、あぁ、良いかもしれませんね」
「どうした?」
「相馬君流の正装ですよ。良いじゃないですか」
陽菜が横に手を伸ばすと、いつの間にか持ってきていたのか、乃安が僕のあの正装を手渡す。
「これで行きましょう」
「どういう心変わり?」
「似合わないスーツを着るより全然良いやという諦めです。人にはそれぞれ相応しい恰好というものがありますし」
不思議と納得してしまう。そりゃそうだ。
「でも、これもあまり……」
「似合います! 大丈夫です!」
抑揚の無い声にアクセントが生まれ、でもわざとらしい感じはしなくて、多分、本心なんだろうなぁと思わされた。
服装はそれで落ち着いて、荷造りは、乃安が三人分さらりと終わらせて、というか、何でまだ三週間先の準備を終わらせてしまっているのだろうか。
陽菜はどうしてか焦っている。だって、三週間前になぜ髪を整えるのか、それがわからない。荷造りはわかるけど、髪は伸びるものじゃないか。
でも、その理由は次の日にわかることになる。
「よぉ」
あまり鳴らない呼び鈴が鳴り、リビングに現れた女性。この一般家庭にて異質な雰囲気を放つ存在。
「メイド長、さん?」
「ごめんなさい、相馬君。口止めされていたので……定期監査ですね、メイド長。……直々ですか……」
「あぁ。直々に来てやったぞ。陽菜、わかっているな」
「……はい」
メイド長はいつも通りの雰囲気に見えたが、しかし油断なく目を配らせる。
「ふむ、流石だな、手入れは行き届いている。陽菜、乃安。仕事はしっかりしているようだな」
「ありがとうございます」
陽菜が代表するように言って、乃安がそれに追従するように頭を下げる。
「陽菜、定期監査って……」
「終わったら、説明します……」
緊張感が漂う家の中、しかし家の奥まで入ろうとはせず、リビングを一回りして、そして、メイド長は片手をひらひらと振って家を出て行った。
車が走り去るのを確認すると、途端に弛緩した空気が漂う。
「……ふぅ……あっ、説明しますね」
あっという間とも思えた。永遠とも思えた、気が抜けないと本能で感じた時間。
「定期監査は本来、ちゃんとお伝えしたうえで行う者で、我々メイドが今置かれている環境を確認するための物です。しかし、なぜかメイド長が、相馬君には教えるなとおっしゃっていまして」
「う、うん」
「だから、せめて身だしなみだけでもと思ったので、服装はあれでもせめて髪だけはと思ったわけでして」
「はぁ」
陽菜は、考え込むようにぼんやりしながら、それでもしっかりと説明はしてくれる。
「相馬君……」
「どうした?」
「すいません、何でもありません。ごめんなさい、思わせぶりなことを言って」
「あぁ」
ちらりと、乃安の方を見る。何か知っているのかと思ったけど、黙って首を振った。
「メイド長が全部回るの?」
「……いえ、メイド長が回るのは……聞きますか?」
「何? 凄い気になる」
「メイド長が回るのは……メイド長が問題あると判断した家で……」
「うん。ちなみに僕はどんな問題?」
陽菜は、その質問には答えなかった。頭を下げて、気まずそうに俯く。
「ごめんなさい、言えません。口止めされているので」
わからない。問題があるなら、直すように求めるのが普通なのに、なぜだ。
「大丈夫です。相馬君、私に、任せてください。この朝野陽菜が、どうにかしますので」
「陽菜!」
「相馬君! ……お願いですから。どうか、何も聞かないでください」
そう言ってリビングを出て行く。何の片鱗も無かった。僕の知らないところで何が起きているというのだ。乃安を見る。しかし、黙って首を振る。
それでも、次の日にはいつも通りの陽菜で、いつものように学校に行く。
「相馬君。卵焼き、今日は久しぶりに私が作りましたよ。どうぞ」
「うん、サンキュ」
卵焼きを挟んだ箸が口の前に持ってこられる。口を開けてそれを受け入れれば、微かに甘く、出汁の旨味が口の中に広がった。
「ありがとう」
「それはさっき聞きましたよ」
「僕の面倒な要望に応えてくれて」
「面倒では無いので」
冬の足音はもう目前。陽菜が抱えさせられたものを見透かすなんて芸当は、僕にできるはずもなく。ただ、冬と一緒に立ち去ってくれと祈るばかりだった。