陽菜√第一話 メイドと始める進路活動。
というわけで、陽菜√スタートです。
「相馬君、明日締め切りの進路希望調査が机にあるのですが」
「あっ、ありがとう」
それは、寝る前の穏やかな時間、ソファに座り、ホットミルク片手に小説を読んでいたところだった。
「白紙なんですが」
「気にするな。進学するよ」
「えっ?」
「進学して、あとはそうだね、それから決めるよ」
そうはっきりと言うと、陽菜は目をぱちくりとさせた。そして、嬉しそうに微笑むと。
「それなら、私も進学ですね」
「うん?」
「相馬君がそうはっきり決められたのであれば、私も迷うことは無いでしょう」
陽菜はそう言って、空になった僕のマグカップを下げた。
「と言うわけなんですが、どうすれば良いと思いますか?」
「あ、あはは、こういう問題って私役に立ちますかね。揃っている面子は面子ですけど」
乃安を連れてとある喫茶店にて。温かいココアで体を温め。結城さんと東雲さんに向き直る。
「メイドなら当然じゃね? ご主人様に連れ添うのはあたしらの義務だからな」
「まぁ、そうですよね。日暮さんの不安はわかりますけど。しかし、メイドとしては望ましい姿ですよ、明らかな間違いは指摘し、それ以外は何の疑問も持たずに付き従う。日暮さんが大学に進学するというのであれば陽菜さんが同じ大学に行くのは当然の帰結かと」
ちらりと乃安の方を見る。乃安は曖昧な笑みを浮かべている。
「まっ、でもあいつ、不器用な癖に器用なんだよなぁ」
「どういうことですか?」
「あいつは自分の力を持て余しているというか、練習してしまえば大抵の事が出来ちまう。そして性格はあれだろ、純粋だろ」
「そうですね」
「むしろ、あれでも人間らしくなった方なんだよなぁ。教官と求められれば教官になり、メイドと求められればメイドになる。純粋過ぎるが故、ロボットかよと言いたくなるくらいに、求められれば求められた姿にはなる、表情こそ変わらないけどな。」
結城さんはやれやれと言った感じだ。
でもその通りだ。
メイドを続けることを止めるつもりは無いけど、いや、もし陽菜がメイドを辞めた時、それは彼女が僕の家にいる理由が無くなる。高校三年間は契約で繋がれている。正しく言えば、止めたくないのかもしれない。でもその思いは、陽菜に対する心配と矛盾する。
また中途半端な気持ちか。
一番簡単なのは、このまま陽菜の言う通りに、一緒の大学を受けて、契約を更新してしまう事だ。僕の就職のように、大学四年間をその事のお悩み期間にしてしまえば良い。
でもその結論を出そうとすると、もやもやした気持ち悪さがあった。ちゃんと陽菜と話がしたかった。
「先輩? どうかしました?」
「あっ、ごめん」
「ふっ、お前も成長したな、相馬」
「何がですか?」
「お前と初めて殴り合った時は、他の何かに突き動かされるように、それが何かの決まりのように、頭空っぽで突っ込んでくる猪のようだったけど、今は、お前の意志で何かしているように見えてな。それが嬉しいよ」
そう言って、財布から自分と東雲さんの分のお代を置いて立ち上がる。
「後で返しますね、真城先輩」
「あぁ」
「それではお二人とも。あっ、そうそう。日暮さん。今年は招待状、ちゃんと贈らせていただきます」
「あっ、どうも」
クリスマスパーティーの招待状。丁寧な造りだ。日付はクリスマスイブ。
「お三方は未成年ですから、連絡を頂ければ迎えに上がりますので。泊まりかそうでないかは連絡ください。それでは」
乃安と二人になり、一応席を移動し、向かい合わせになる。
「もう一品頼んだら? 奢るよ」
「あははっ、私、多分先輩よりお金持ってますよ。お給料もらっている身なので」
「まぁ、そこは先輩の意地?」
「そうですか、では遠慮なく」
そうしてフルーツパフェを二つ頼み、宣言通り僕が払った。
「ごちです、先輩」
「おう」
あまりお小遣いを消費することが無い僕には丁度良い機会だ。本を買うときは中学卒業の時に大量にもらった図書カードを使うし、現金はあまり使わないのだ。
「パフェ、うーんでもなぁ。アイスの下をコーンフレークより白玉団子にしたら美味しいかも。明日のおやつはパフェ作りますね。楽しみにしていてください」
「お、おう」
別の意味で奢りがいが無い女の子だった。
次の日、僕はとりあえず国公立大学進学で提出した。陽菜も一緒だ。
「センター試験を意識した勉強は三年間、相馬君をサポートしてきたつもりですので、きっと大丈夫です」
陽菜はそう言う。教室の雰囲気は相変わらず弛緩したものだが、まぁ、今はそんなものだろう。僕もそこまで意識できてはいない。具体的にどこの大学行くとかは決めていないのだから。漠然と自宅から通いたいとは思っているけど。
期末試験も近い。どの教科も一年の総まとめをするぞとか言っている。
まぁでも、大丈夫だ、警戒するほどでもない。三年分の内容を二年に押し込めるうちの学校は、来年はほとんど受験対策になる。つまり受験を意識して勉強を見てくれた陽菜とのこの二年間は僕の大きなアドバンテージだ。
でも考えなければいけない。陽菜がいなくなれば、元々は陽菜の指導を受ける乃安もこの家にいる理由が無くなる。
そうなった時、この僕らの当たり前がどう変わるのか。
夕焼けの中、当たり前のようにこうして一歩後ろを歩く女の子が、いなくなるのが想像できなくて。いなくなるかもしれないという事実が、心臓を突く。チリチリとした痛み。寂しさというのだろうか。
「相馬君?」
唐突に止まった僕に心配そうな目を向ける彼女を引き寄せて抱きしめていた。
「えっ?」
何が起きたかわからない、そんな声を出す彼女をギュッと抱きしめる。抵抗されないのはわかっていたのだから、僕もズルい人だ。
「ごめん、つい、我慢できなくて」
「あっ、えっ? まぁ、良いですよ、幸い、人はいません」
今の日常が、陽菜のおかげである、その事実を認識してしまった。だから。
「ありがとう。陽菜」
「何のことか、わかりませんけど。どういたしまして」
ここに陽菜がいることを全身で確認し、パッと話すと、陽菜はゆっくりと体を離した。そうして、小さく微笑んで、僕が歩き出すのを待つ。
再び歩き始めた時、陽菜の位置が一歩ではなく半歩後ろになっていた。
「先輩たち、私達のこと、忘れてますよね」
「ふん」
週末、陽菜に連れられ、乃安と共にショッピングセンターに僕らはいた。
「去年はあまり準備する暇が無かったので、しかし今回は正式に招待を受けました。なので、しっかり準備をしましょう」
「というけど、具体的には?」
「私たちはメイド服という正式な服装があります。これは私と乃安さんの立場を表明する物です。しかし、相馬君、メイドを二人連れる、その事の意味を話していませんでしたね」
「そうだね」
そっか、今回は陽菜と乃安二人か。去年、乃安は何していたのだろうか。裏方だったのかな。
「メイド派出所でお客様をランク付けする際、それは信用度が最高ランクに達しているということですよ。一人を派遣し、お客様がもう一人を要求しても、一人で十分なはずなのに、どうしてもう一人を要求するのか、それを厳しく審査し、こちらから拒否する場合がございますので。その事を他の招待客様は理解されている事でしょう。なので相馬君。あなたは非常に注目を集めることになると思われます、私と乃安さんを連れた場合」
「あはは、私は正式契約ではありませんが。ご主人様は相馬先輩ですからね。ちゃんと立てさせていただきます。なので、まずは服装ですかね?」
「いいえ、その前に髪ですね。私が整えたいところですが、まぁ、苦渋の決断ですが、その道のプロに任せます。私の方でお店を厳選させていただきました。こちらへ」
ショッピングモールの中を迷うことなく歩き、そしてその一角のお店に僕は連れてこられた。
「どうぞ、こちらへ。すいません、予約していた日暮です。今日はこの方の髪を、こんな感じで、はい、こちらを見ていただければ、そうですね。パーティーに相応しいとなると、あぁ、なるほど。ではそちらでお願いします」
何やら紙を取り出して説明している。お店の人と何やら話し合っている。
「決まりました、相馬君」
「あっ、うん」
それは、陽菜による僕の魔改造が始まった日だった。