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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
親愛なる後輩へ
160/186

乃安√エピローグ 乃安と夢に向かう日々。

 「少年、ほら、走れ。遅いぞ」

「は、はい!」


 トランクケースを背に背負い、猛ダッシュで街を駆け抜けるメイド長を、同じようにトランクケースを背負い追いかける。信号が赤なら電柱を駆け上がり上を通る。アホかと思いながら同じことをして追いかける。


「相馬君、メイド長、百メートル先に車を回しました」 


 耳に突っ込んでいるイヤホンから陽菜の声が流れる。

 ハードスケジュール過ぎる。確かにこれは無理だ。真似できたもんじゃない。考え方は参考になるけど。


「とう!」

「えぇ……」


 目の前の集団をビルの壁を走って先頭に着地。漫画かよと思いながら同じことをする。一年もすればできるようになったのだ。

 一秒すら無駄にするな。時間は有限なり。けれど、無理はするな。相手に予定をずらしてでも会いたくなるような人になれと。

 確かに、最初の頃、追いつけなかった頃は、会う予定だった人は皆、時間をずらしてでもメイド長に会いたがったのだ。 

 今では慣れたものだ。


「ふっ、よくついてきた。ほれ、水だ。それと着替えるぞ。流石にそろそろ汗をかいてきただろ」

「ありがとうございます」


 しっかり褒め、けれど厳しく指導される日々だ。二人が余裕で着替えられるほど広い車の中。メイド長の目の前で着替えることに今更恥ずかしがることなんてない。だってメイド長も堂々と着替えるんだもん。堂々と着替えても恥ずかしくないスタイルだからだろうけど。

 脱ぎ捨てた服は陽菜がさっさと回収してトランクに置いてある洗濯籠に放り込んだ。


「よし、次だ。相手の分析は済んでいるな」

「はい。次は……」


 大学での知識は役に立っている。基礎は大事だぞというメイド長の教えの基、今でも使った参考書は部屋に並んでいるし、読み返してもいる。本当に、大事だ。

 でもそれでも、僕の分析の一歩先を常に行かれて、正直、悔しい。頑張っても追いつけない壁はやはりあるんだ。


「ふん、悪く無いじゃないか。凡人も努力すれば光るものだ。怠るなよ」


 にやりと笑いながら膝を組み、ポンと瓶のコーラを投げ寄越す。

 それは僕の隣に座っていた陽菜がキャッチしてすぐに開けてくれる。振られたはずなのに綺麗にコップに注がれる。


「どうぞ」

「どうも」

「相変わらず、私にはデレないな、陽菜」

「仕事は仕事で割り切って、メイド長の方もご奉仕しているはずですが?」

「おい」


 大学でも一緒に講義を受けて、料理修行に出た乃安を見送った。

 少し寂しかった、でもそれでも、長い休みの時は遊びに行って、その時は手伝ったし、デートもした。

 それに、会えない分、会えた時の嬉しさというか、会えなかった分の反動というか、ものすごくイチャイチャしたと思う。

 それはもう、莉々も交えてガチデートするくらい。朝から次の朝まで。先に来ていた莉々とも結構デートしたらしけど。莉々が帰った後も二人で結構出かけた。乃安の体力は凄い。この時までため込んでいるのかと思えば、料理修行のついでに旅館の仕事もかなり手伝っていて、年齢の限界を感じ始めているじいちゃんたちは、助かると言っていた。

 驚いたのは、乃安に弟子ができていたころだろうか。乃安が旅館に修行に出た次の年の冬、おじいちゃんは亡くなった。それと入れ替わるようにだった。

 乃安が言うに。


「先輩みたいな人ですね。放っておけない人ですよ。私に夢があると知ってしまったから、俺が旅館を継ぐって言って聞かないのです。だけどその分、無理しちゃうんで、大変ですよ」




 仕事が終わって、派出所に帰ってきた。メイド長は基本的にここで過ごす。本社近くに一応の家はあるが、あまり使っていない。

 執務室で今日の事を記録する。今日は交渉がメイン。メイド長は最近、僕に話させて、重要な局面しか受け持たない。いや、重要な部分すら僕に丸投げする時もある。

 眠い目を擦ってパソコンと向き合っていると。


「少年、いや、相馬。今日で約束の二年だ」

「はい」

「お前に教えられることはもう無い。今のお前なら、子会社の一つくらい、任せても良い」

「でも……」

「わかっている。明日の朝一番にでもここを出て行ってやれ」


 不敵に笑って、そのまま椅子を回転させて背を向ける。今日は終わりという合図だ。

 深々と一礼して部屋を出る。外で待ち受けていた陽菜を連れて、割り当てられた部屋に向かう。

 陽菜の存在はとてもありがたかった。陽菜がいなかったら途中で折れていたかもしれない。時々、そんな僕を試すように、甘い誘惑をちょくちょくしてきた。でもそれに打ち勝てばとても嬉しそうに笑うから、複雑な気分になる。


「明日ここを出るのですよね」

「うん」

「乃安さん、よろしくお願いしますね」

「大丈夫」

「……はい」


 声がくぐもっている。堪えきれない嗚咽が聞こえる。でも、振り向かなかった。陽菜はきっと、今の顔を見られたくないと思っているから。


「相馬君、これを」

「これ、乃安のか」

「はい、乃安さんのヘッドドレスです。私が作ったものなのですけど、覚えていますか? 目の前で渡したと思いますけど。私たちの家を出る時、置いて行ったんですよ。仕事着の方は派出所に送り返して、今は別の子が着ていますけど、これだけはと私に預けて行きました」


「覚えているよ」

「乃安さんが、今ならこれをどうするか、見届けてあげてください」

「うん、任された」




 派出所から出る子は歩いて山を下りて駅まで向かう。僕もその伝統に倣う事にした。ここで学んだことに違いはあれど、メイド長を師事する日々を送ったことに、変わりはない。

 見送りは陽菜だけだった。深々と礼をして、手を振る陽菜に見送られ、門を出て、建物の方に振り返り、深々と頭を下げる。たくさんの武器をくれた。濃密で有意義な二年だった。


「先輩、行きますよ。どうせ先輩の事だから、歩いて行くと思ったので、駅に車置いてきました。莉々が待ちくたびれてしまいますよ」

「乃安……」

「休みをもらって来ちゃいました。というか、あの子に任せてきました、今日は。今日の結果次第で、旅館を任せようかと思って」

「そうか……」


 ずっと変わらない、髪を一本にまとめたスタイル。並んで歩き始める。


「じゃあ、あいつにとっても、今日が卒業の日か」

「そうですね。楽しみですけど、寂しいですね」

「そうだね」


 目の前の、海図の無い大海原、どこを突き進み、どんな波を乗り越えるのか。


「まずは場所からですね」

「そうだね。何か、乃安の名前、大分有名だよね」


 僕が勉強している六年の間に、美人料理人とか言って、バラエティに取り上げられているのを、メイド長の執務室で見ていた。珍しく熱心にテレビを見ているメイド長の姿が今でも思い出せる。


「まぁ、ああいう取り上げ方だと、店を出したらなめられるんですよね。見た目だけで取り上げられて調子に乗っている女だって」

「それくらい、微風だよ」

「ですね。私たちが乗り越える波はもっと高いのですから」


 車に乗り込む。乃安が運転席に座り、慣れた手つきで車を走らせる。


「マニュアル車なんだ」

「はい。これじゃないと、走らせている感じがしないので」

「そうちゃん、久しぶり。資金は任せてよ。貯金していたんだから」


 車の中でパソコンをカタカタと弄っていた莉々が、眠たげな眼でこちらに振り返る。 

 高卒でSEとして就職、三年ほど働いて、そのままフリーランスに転向するという、莉々らしい六年を歩んできた。


「乃安ちゃん。寝るからついたら起こしてね」

「はいはい、莉々。お疲れ様。先輩、行きましょっか」

「うん」


 手慣れた操作で、揺れは少なく、スムーズな動き出し。振り返るけど派出所は見えるはずもなく、寂しさを感じるけど、でも、大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて。いや。


「乃安、僕らは大丈夫だよな」

「当たり前ですよ」


 ミラーに映る乃安がウインクで答える。


「だって先輩、少しワクワクしていませんか? メイド長の影響ですよ。あの人、新しい事に挑むの大好きなので」

「そうかも。今の僕は、乃安と店を出すのが楽しみだ」

「ですよね。なら、大丈夫に決まっています」

    


 陽菜が乃安に贈ったヘッドドレスは。オープンしたレストランのロゴとして採用され、大切に乃安の部屋に飾られている。







次回はラジオ回。乃安√を少しまとめさせていただきます。本編はこれにて終了です。ありがとうございました。

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