乃安√第十四話 乃安の答え。僕らの関係。
君島さんの両親に会ったことがあるのを思い出した。
君島さんは、天才児だった。コンピューター関係の。
彼女が小学生の頃に作ったゲームを、軽い気持ちで公開した両親。そのゲームは、粗が目立つものの、一時期ブームになり、広告がつき、それによりかなり儲けたという。
でも、それは、両親に彼女への扱いを悩ませることになった。
そんな両親の心情とは無関係に彼女はどんどん育ち、その才能を伸ばして行った。
そこまで話を聞いて、その当時の僕は、何もしなかった。
今の僕もどうする気も無い。彼女は両親に愛されていない、どうでも良いと思われていると思っている。
でも、彼女は気づいていないだけ、気づいていないことを気づく、それは自分自身で気づかないとどうにもならないのだ。君島さんの思う家庭の事情なんて無い。
接し方に困る不器用な親と、親の気持ちに気づかない子がいるだけなのだ。それに口を出す権利なんて、誰にもない。
乃安と君島さんは、そういう面では似た者同士だと思う。自分が好かれることなんて無いと思っている。
さて、今目の前で君島さんを抱きしめて離さない乃安。この光景を見て僕は直感する。彼女が言う答えとは、一筋縄ではいかないらしい。
「莉々」
「は、離してよ、乃安ちゃん」
「いやですよー。乃安の腕の中で眠るが良いです」
「乃安ちゃん。……日暮相馬! ちゃんと伝えたの?」
「伝えたよ。でも、決めるのは乃安でしょ」
「そうだけどさぁ……」
乃安と僕が現れたのを見て、逃げ出そうとした君島さん、しかし、あっさりと乃安の腕に入った君島さんは、抵抗はする気は無いらしい。もしかしたら乃安の腕の力に諦めただけかもしれないけど。
「莉々。私は、女の子が女の子が好きでもおかしくないと思いますよ」
「それは良いけどさ」
「そして、乃安の好きな人というのは、乃安の事が好きな人、です。だから、莉々のこと、乃安も好きですよ」
「いや、それ、日暮相馬どうするのさ」
「彼氏ですよ、私の」
「莉々は?」
「彼女です」
「乃安ちゃんの恋愛観、おかしいよ」
「知ってます。それでも、乃安の事、好きですか?」
君島さんは答えない、けれど、小さく、頷いたように動いたのが見えた。
「好きだよ。乃安ちゃんの事。恋だよ」
「なら、はい」
乃安が君島さんに唇を合わせて。そしてパッと離した。
「これからも仲良くしてくださいね、莉々。乃安は欲張りですから」
「なんか莉々、とんでもない人に恋しちゃった?」
「そうだね、君島さん」
「うるさい黙れ、そして莉々と呼べ」
「はいはい、莉々」
乃安の答えは、何と言うか、僕の中では予想外というか、最初は驚いたけど、よくよく考えて、乃安は独り占めできるような子じゃないと思い直すと、一番良い答えのように思えてきた。
そもそも、僕らに一般的で、まともな関係なんて築けるはずがないのだから。
僕と莉々の関係はどうなるのか。それは、これから決まっていくことだろう。
そうして、なぜか、僕らが来た場所はカラオケだった。
「いえーい! 莉々! 歌いますよ!」
「う、うん」
と言っても、僕は聞き役だ。歌うより聞く方が好きだし、乃安の歌声は魅力的だし、莉々の歌は、絶妙にずれてるけど、絶妙にずれていると言ってわかるだろうか? ずれているのに心地良いのだ、聞いていて。
「相馬先輩、歌わないのですか?」
「聞いているだけでお腹一杯かな」
「あははー、じゃあ、入れちゃいますね」
「うん」
最近の曲から、結構前の名曲まで、よく知っているなと思う。
そういえば、陽菜と行った時は、また違う事やっていたな。そうだ、夏樹の音痴を矯正するという企画に変わっていた。
「日暮相馬」
「ん?」
「ほら、男声パートよろしく」
「これ、結構かっこ良い声必要じゃなかった?」
「良いから、歌って」
「はいはい」
少し前の映画の主題歌。映画によって有名になり、映画よりも評価された、僕の中では珍しい曲。男性ソロパート、歌っていて思う。
もっとカッコいい声が欲しいと思う。
「初期ステータスがランダムという、運が限界突破している人向けの仕様、人生という名のクソゲー。コンティニュー不可、セーブもできないし、前の選択までジャンプも無い。バッドエンドは確率によるランダム発生」
前に莉々とゲームに付いて語り合った時の事、彼女はそんな事を語った。
「だから、何で生きているのか、莉々はわからなくなる。クソゲーなら、さっさと投げ出させてくれれば良いのに、自分で死ぬのって、痛いじゃん」
今の莉々に、このクソゲーは楽しいのか聞いてみたい。
散々歌ってからの家路。家の前で莉々と乃安と別れる。莉々の手前、乃安と家に入るという豪気なことをする度胸は僕には無かった。
「日暮相馬! あのさ……莉々、あんたのこと、嫌いでは無いから。散々言っておいてあれだけど」
「うん」
「だから、まぁ、仲良くしてよね」
「うん、莉々、随分と青春したね」
「何よ」
「夕日の下で叫ぶに良い内容だと思うよ」
「やっぱ嫌い」
夕日なんて、もうほとんど沈んでしまっているけど。不機嫌そうな表情の莉々が、プイっと横を向いて、そのまま後ろを向いて、乃安の手を引いて歩き出す。
「ばいばい」
「また明日」
しばらく、二人にしてあげたいなと思った。寂しいけど、今すぐ乃安に会いたいけど。おかしいな、数秒前に別れたばかりなのに。もう会いたいなんて。女々しいな。乙女かよ。
「相馬君。家の前で黄昏ていないで、入ってきてはいかがですか? ココア淹れますよ」
「おっ、良いね。飲みたい」
「少々お待ちを」
いつも思う。メイドは予知能力でも持っているのだろうか。必須能力だろうか。
「いえ、ただ、家の前で声がしたので準備を始めただけですよ」
「心を読む力も必須?」
「これは、相馬君観察の成果ですね」
うちのメイドは恐ろしい。
乃安はしばらくして帰って来た。シャワーも浴びてきたのか、少し良い香りがした。
「莉々を家まで送ってきました。それと、先輩、明日デートしましょう」
「良いよ」
「そして明後日は三人でデートしましょう」
「わかった」
平和で幸せで。幸福感でどこか浮ついているのが自分でもよくわかる。足もとがあっさりとすくわれそうだ。でもそれでも、楽しそうにしている乃安を見ると、やっぱり、引き締めようと思っていた気も緩んでしまうのだ。
冬のデート先か。どこが良いのかな。悩むな。乃安がもう行きたいところあったりするのかな。だったら乃安に任せた方が良いのかな。
悩んだ結論。
「乃安は行きたいところとかあるの?」
「ありますよ」
「それじゃあ、そこ行こうか」
「はい、陽菜先輩とデートしたというところを巡りたいです」
ニッコリと笑って乃安はそう宣言した。
「良いけど……水族館と公園とゲーセンだね」
「はい、行きたいです。というか、陽菜先輩との思い出に、私も追加して欲しいなぁって」
乃安はそう言いながらすり寄ってくる。
「ふふっ、先輩、良い匂いしますねぇ」
「汗臭くないの?」
「大丈夫ですよ。栄養管理しっかりした甲斐があります。酸っぱい匂いになっちゃうんですよ、おろそかにしていると」
「へぇ」
「だから気をつけてくださいねって、乃安がしっかりするので、先輩は何も考えずに乃安の作る美味しいごはん、食べてくださいね」
「了解」
トロンとした目で、乃安はそう言って、にへらと笑う。思わず僕もにやけてしまう。
「乃安さん。そろそろお鍋が煮えますよ」
「はーい。今日は坦々鍋です。餃子も入れてみました」
「良いね」
「元気が出て体も温まる。冬に嬉しい鍋と自負しております。ご賞味あれ」
そんな幸せの中で、僕は頭の隅で、どうしたら乃安を支えて生きていけるのか、ずっと考えていた。