乃安√第十三話 後輩との関係。
家のベッドに寝転んで、僕は最近の事を思い返す。
「なんか、ものすごくあれだな。嬉しいけど、周りからどう思われている事やら」
そう、嬉しいけど、不安なのだ。冬休みが終わって、学校が始まって。あぁ、これが乃安なのかって、思った。乃安の全力を見せられている。
とにかく凄いのだ。何が凄いって、そりゃ。
「先輩、あっ、こんな所にいましたか。探しましたよ」
「こんなとこって、一応部屋だけど、乃安。もう、帰るの?」
「いえ、先輩とお話ししたいなって。先輩、ずっと言っていたじゃないですか、アパート引き払ったらって。来月、そうしようかなって、先輩の家に御厄介になっちゃいますけど」
「いや、それは良いけど、頭」
「嫌ですか?」
「嫌じゃないさ」
「ふふっ、ありがとうございます」
甘え方がストレートの豪速球で、もう、ヤバい。
僕の頭を抱え込んで、優しく撫でながら、愛おし気に頬ずりする乃安は、とても愛おしくなるのだが、それでも、戸惑う。
「大好きですよー」
「僕も」
ここまでの甘えっぷりは予想していなかった。
でも、それは今まで抱え込んでいた物をぶちまけている、そう思うと、受け止めたくなってしまうのだ。
「ちゃんと言ってくださいよ、先輩」
「うん。大好きだよ、乃安」
「嬉しいです」
そうしてベッドに身を投げ出せば、あとは既定路線だ。乃安はそのまま眠る。結局、こっちに泊ってしまうのだ。
「……陽菜、いるの、わかっているぞ」
そう言うと、観念したように扉が開いた。
「……手、出さないのですか?」
「陽菜の目の前で出す度胸は無い」
「別に構いませんのに、私は気にしませんよ、欲ではなく愛からならに限りますが。……頭は撫でるのですね」
ベッドで安らかに寝息を立てる後輩の顔を、慈しむように陽菜は眺める。
「大切にしてください。相馬君は、私では勝ち取れなかった信頼を勝ち取ったのですから」
「うん」
乃安の隣に寝転ぶと、陽菜も入って来た。
「……狭くない?」
「そうですかね? 私小柄ですから。全然わかりません。むしろ、私の大切な人たちに囲まれて幸せです」
「そ、そうか」
絶対にわかっていてやっているのだ。陽菜だから。安定の陽菜クオリティだ。けれど、そんな事を言われたらいやだと言えないから厄介で、ついつい了承していまう。
これも最近の習慣。つまり、一つのベッドに三人で川の字になる。みんな乃安が大好きだからこうなる。
一番、自分が嫌いな女の子が、一番愛されていた。乃安はその事に気づき始めている。でもきっと、それを良い事に調子に乗るようなことは無いだろう。
「陽菜、僕にも抱き枕にさせて欲しいのだが」
「駄目です。いつもほとんど独り占めしているのですから、たまには良いじゃないですか」
「たまにはって言って、いつもじゃないか」
「あの、先輩方、少しお静かに」
「あっ、起こしちゃいましたね。ごめんなさい」
「すまん、乃安」
「いえ、仲が良いのがわかって、乃安は嬉しいですよ」
そうして、そのまま三人で眠れば、気がつけば朝で、大体乃安が最初に起きる。理由は簡単で。
「あの、いつも思うのですが、苦しいです。でも良いです、それでもどうしてか気持ち良く寝れたので」
「どっちですか? 一体」
「どちらでしょうね」
みんな仲良しと言えば聞こえが良いが、不安になるくらい、幸せなんだ。
「というわけで、この幸せを還元したいのだが、どうしたら良いかな」
「それを俺に聞かれてもな、相馬。惚気か?」
全部は話していない、特に家でのことなんて、言えるわけがない。
「不安にならないか? 幸せ過ぎると」
「わからないでもないさ。でもな、俺はその手の事では役に立たんぞ。一つ、俺は彼女なんてできたことは無い。二つ、俺は中学時代散々悪さをした、俺が捨ててもそれは事実としてあるからな。三つ、そもそもそれは俺じゃなくて彼女と話し合う事だ」
「正論だな」
「だろ?」
「まぁ、布良さんならそこそこ良い提案してくれるんじゃないか?」
「言えてる」
夏樹はいつでもそんな人だ。
「なぁ、お前は何で僕以外には他人行儀なんだ」
「あー、まぁ、今更直せなくてな、やり直そうと思ったは良いが、これだけはどうにもならん」
「そうか」
「まぁ、あまり気にしないでくれ」
「そうする」
三人での帰り道。昨日降った雪が道路の隅に積み上げられ、歩きにくい道を、無理矢理歩く。
「相馬先輩」
「どうした?」
「莉々に避けられてしまっていまして」
「乃安が?」
「はい」
理由はすぐにわかる、気まずいからだ。莉々は根は優しく、案外寂しがり屋で、恥ずかしがり屋だから。刺々しいのは表面上だけで、それがわかっていれば付き合いやすい。
「大丈夫だよ、乃安への気持ちが変わったわけじゃなくて、どう接すれば良いかわからなくなっただけだから」
「それなら良いのですが」
「そうですね。彼女は乃安さんを嫌いになるはずが無いですから」
「あ、あはは。未だ、好かれているという実感も薄いのですが」
「ふーん、じゃあ乃安」
「はい」
「大好きだよ」
恥ずかしそうに顔を俯かせる二人。何で陽菜まで。
「わかりました。伝わりました」
「それは良かった」
「乃安は、おかしくないと思うのです。女の子が女の子を好きになるの。それを伝えたいのですが」
「そうか。……ちゃんと話せるようにしたけど、僕の言葉に耳を貸してくれるかわからないけど……」
どうにかしたいなって思う。気持ちがこのまま終わるのは、悲しいから。
「ありがとうございます」
そして、その夜、予想外に君島さんは電話に出た。
「どうしたのさ? 恋敵」
「君島さん」
「莉々って呼んで。調子狂うから」
「わかった、莉々」
「乃安ちゃん、随分変わったね」
「そうだね」
「あんたが、羨ましいよ正直。それで、何の用? 自慢しに来たなら切るけど」
「まさか。乃安を避けてるって聞いたからさ」
「ふぅん。そういうのってさりげなく聞くものだと思うけど、あんた、仲を取り持つの向いてないねぇ」
君島さんが呆れたように、けれど呆れながらも、電話を切る気配は無かった。
「あんたはおかしいと思う? 私が」
「いや、全然。乃安も寂しがってる」
「……そう、でも、駄目だね。莉々は駄目だよ」
「何が駄目なのさ」
「莉々は、重いから」
「重いって……」
「家庭の事情が重くて、気持ちが重くて、こんな存在が重い私を、乃安ちゃんに抱えさせられないよ」
電話の向こうの君島さんの顔が、まるで見ているかのようにわかって、対面して話している気分になる。
「だからさ、ごめん。乃安ちゃんには、あの言葉を無かったことにして欲しいなって、伝えといてよ」
「……逃げんなよ」
「そうちゃん?」
思わず反応する君島さんは、けれど我に帰ったように、慌てたように電話を切る。通話が切れた音を鳴らすスマホに視線を落とす。
思わず、一瞬だけ感情的になってしまった。
ベッドにもぐり、頭まで掛け布団を被る。このまま、眠りに落ちていきたい。その望みが叶えられる、その寸前に、布団に潜り込んでくる影。そしてそのまま頭を抱え込まれる。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
「乃安」
「本当は、私がするべきことなのに」
「良いさ。気持ちが通じない、それは辛いことだから。伝えられない気持ちを抱え続けるのは、とっても辛いから。あの時伝えればよかった。でも今はもう、伝えられない、それは、嫌でしょ? 乃安も」
「はい。でも、ライバルですよ?」
「そうだね」
「まぁ、乃安の答えはもう、決まっているので」
その事に、僕はどうコメントを返せば良いのか。わからない。
「明日、私から行きます。莉々の所に」
「わかった」
「先輩も、隣にいてください」
「うん」
「それと、今は、乃安の抱き枕になってくださいね」
ちなみに、朝になったら、陽菜が逆側から抱え込んでいた。歪な関係だなって思う。でも、それもまた、乃安が望んだ関係であり、僕が乃安の幸せを望んだ結果だと思えば、良いなって思ってしまうのだ。