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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
親愛なる後輩へ
150/186

乃安√第八話 後輩とリハビリ。

 僕らは日常に戻った。乃安も、明るさを取り戻している。

 それでも、役割は逆転したままで、乃安は包丁すら握ろうとしなかった。


「乃安さん、どうぞ、これは莉々さんの分です」

「ありがとうございます。先輩」


 君島さんは朝食の席にも現れるようになった。家は大丈夫なのだろうか、と聞いてみれば。


「あぁ、良いよ。気にしなくて。大人二人と高校生がシェアハウスしているって考えてもらえばそれで良いから。深刻に考えなくても、莉々はもうどうするか決めてる。高校卒業したら出て行くから」


 君島さんはそう言って笑った。彼女が彼女なりに受け入れている問題をどうこうしようなんて思っていない。


「寝不足ですか? ボーっとしていましたよ」

「あ、あぁ、ごめん」

「謝る事じゃないですよ。私がちょこっと心配になっただけですから」


 朗らかに笑って、そして、一口温かい緑茶を飲んで。手を合わせて。


「ごちそうさまでした」


 乃安はどんなに忙しくても、「いただきます」と「ごちそうさま」は丁寧に言う。


「ん、ごちそうさま」


 その習慣は君島さんにも受け継がれ、丁寧に手を合わせていた。

 



 「こうして先輩を呼び出しするの、久しぶりですね」

「そうだね」

「少し、相談というか、お願いがございまして」

「良いよ」


 校舎の隅、今はあまり人が来ない時間帯の文化部の部室が並んでいる部分。

 乃安はもじもじと、こちらをチラチラ見ている。一体どんなお願いが来るのやら。


「先輩、私のリハビリに付き合っていただきませんか!」




 乃安の言うリハビリとは、要約すれば、また料理ができるようになるという事だ。


「なので、食べる事から始めてみようと思います」

「おう。でも、味を感じられないと、きつく無いの?」

「正直、色々な食感の紙を水で流し込んでいる気分です」


 それはまた、きつそう。


「荒療治じゃない?」

「だから、先輩にお願いするんです。誰かと一緒に食べれば、味の感想も聞けますし、それに、陽菜先輩や莉々よりなんというか、心配の仕方が心地良いというか、一緒にいやすいのです」


 何が違うのかはよくわからないけど、でも、本人がそう言うなら、よし。


「行こう」

「はい、ありがとうございます!」



 そんなわけで、美味しい所といえば、食べ歩きマスター、夏樹プロの登場です。


「夏樹、ご教授ください」

「おっけー、任せてよ。和洋中取り揃えているよ。個人的にね、最近見つけたピザ屋さんがあってね、チーズがとっても美味しいの。口の中火傷したけど、それもまた良いの!」

「何が良いの!?」


 夢中に話す夏樹がぐいっと顔を近づける。


「個人的にマルゲリータ。でもサラミも良いよ!」

「おっけ、了解」


 それじゃあ、今週はそれにしよう。



 そんなわけで、週末。


「いってらっしゃいませ、二人とも」

「はい。後はお願いします。陽菜先輩」


 雪道をザクザクと、そこまで交通量が多くない時間帯の住宅街を並んで歩く。出勤通学の時間帯と絶妙に外れた時間帯。二人でゆったりと、急がずに歩く。


「ふふっ、ちゃんと外を出歩くの、久しぶりです」

「そうだね」


 この一週間と何日かは、僕も乃安も派出所に籠っていた。今思えば、僕も間抜けな事をしていたと思う。


「そういえば、どうしてあの時出てきたの?」

「うーん、何でですかね。やっぱり、無視しようと思っても気になってしまったんです、外が。子どもっぽいですよね」


 わからなくもない。もう無視してやろうと思っても様子を見に行ってしまうあれだ。犯人は現場に帰るに通じるものがあると思う。


「あの時、乃安が出てこなかったらどうなっていたんだろう」

「陽菜先輩に拾われて終わりですね」

「そりゃそうか」


 お互い、お互いの深い部分の手前でうろちょろしている感覚。一歩踏み出そうとして、躊躇するもどかしさ。どこまで踏み込んで良いのか、それを探り合う。


「先輩の、そこが心地良いんです。触れようとしてくれる、陽菜先輩も莉々も、触れないようにしてくれるんです。一歩踏み込もうとしてくれる、それが嬉しいんです」


 僕の事はお見通しな後輩は、そう言って笑った。その笑顔はとても雪景色に映えた。陽菜も乃安も、雪がどうして似合うのだろうか。





 感想は隠れ家のような店だな、だ。

 大通りからわき道にそれて、普通の住宅を改装したこの店。おじさん店主が一人でやっているようで、とりあえずおすすめした商品を頼むと、早速窯で焼き始めた。

 夜とか来たら雰囲気も良いのだろうな。メニューはドリンクの他には正にピザ一筋。種類はそこそこ豊富で、いろいろ気になるけど、ピザはそこそこお腹に溜まるものだ、二人で二枚が丁度良いだろう。


「お待たせしました」


 一枚目がやってくる。乃安が手慣れた感じに切り分け、早速半分こだ。

 口に入れる。サラミの食感。香りも良い。けれど、焼きたてである事を失念していた。熱い。けれど美味い。口が火傷しそうだけど、美味しさが勝る。もう一口、今度は反省した。ゆっくり食べる。味が今度ははっきりとわかる。ますます美味しい。

 三切れ目。四切れ目。あっという間に一枚の半分が僕の胃に消えた。


「乃安? どう?」

「先輩の反応でわかりますよ。とても美味しいです」

「実際は?」

「良い香りのするサクサクモチモチしたものを食べています」

「ほい、マルゲリータ、お待ちどう」


 思わず、ごくりと唾を飲んだ。わかる。絶対に美味しい。夏樹が真っ先にこの店を挙げたのが理解できた。しかし、この店をあまり広めたくない。この隠れ家のような雰囲気を守りたい。なるほど、夏樹は僕の事を信頼してくれているのか。


「いただきます」

「いただきます」


 再び乃安が切り分け、食べ始める。今度は余すことなく味わい尽くすために、一枚一枚、舌が火傷しないように食べた。

 チーズと生地の香ばしさが、旨味が、口の中に一気に広がった。


「美味しいのですね」

「うん」


 でも、それを乃安は感じられない。

 このまま、治らなかったら……。

 思い出す。あの夏の日、乃安に連れられ山に登り、そこで食べたソフトクリームを。

 文化祭の日、そこそこ暑い日に、僕らのために鉄板で焼いてくれた料理の数々を。

 お店を出て、家までの道のりを。

 駄目だ。明るく、頼れる先輩でなければ。でなければ、僕は何のために派出所から連れ戻したのだ。


「乃安、僕はこのまま腹ごなしに散歩してくるけど、どうする?」

「私は、すいません。陽菜先輩のお手伝いをしなければ」

「わかった。それじゃ、行ってくるよ」

「はい、いってらっしゃいませ」



 歩く。とにかく、遠くに。情けない僕を振り切ってどこかに置いて行けるように。でも止まる。どうやら、乃安じゃなくて僕について来たらしい。


「君島さん。いるんでしょ」

「わかるんだ」

「まぁね」

「乃安と出かけると聞いてたから、気になってついてきた」

「そう」


 ゆっくりと近づいてくる。今日もコートを着ずに、どうしてか制服だった。


「また情けない顔してる。いい加減にしてよ、あんたが一番の頼りなのに、今は」


 君島さんは呆れ顔をこちらに向けて。そして、手招きをした。


「全く。何で莉々があんたの事なんか。ほら、あんたが好きそうな事でしょ、これ」


 すっと腕を回され。そのまま抱き寄せられた。細く、けれど柔らかさも少しはある体と密着した。


「しっかりしなよ。よしよし。辛かったね。でもまだ頑張ろうね」


 呆れたような声だけど。そこに赤子をあやすような、そんな声色を混ぜて、君島さんはどうしてか僕を抱きしめた。

 そして、少し、突然パッと僕を離すと、そのまま道端に吐いた。


「おぇぇぇぇ。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! こんなの莉々のキャラじゃない。殺せ日暮相馬。今すぐ、莉々を殺せ!」

「落ち着いて。ほら、どうどう」

「なんで莉々があんたを抱きしめてあやしているんだよ。ふざけるな! 自分! 血迷うのも良い加減にしろ!」

「くくっ」 


 思わず、笑ってしまう。この不器用さがあるから、どうしても僕は彼女が嫌いになれないんだ。


「……なにわらっているのよ」

「いや、ありがとう。元気出た」

「そう……なら忘れなさい。その元気を残して」

「それは無理」


 あの時間は強烈過ぎて、一瞬で焼きついた。


「じゃあ、とりあえず首を落として記憶消す」

「命まで落とすよ」

「うるさい。さっさと家行こう。莉々お腹空いた」

「はいはい」


 君島さんが食卓にいる光景はすっかりおなじみになった。君島さんなりの、乃安への心配の意の表明。そう、乃安、みんな乃安の事を思っているのは一緒なんだ。表現に違いはあっても、根本は変わらない。


「……よし」


 それは、何かが頭の中を走り、そいつは僕の中に一つの考えだけを残して行った。


「君島さんはそろそろ、乃安のご飯食べたくない?」

「当然食べたい」

「おっけ」

 

 







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