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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
親愛なる後輩へ
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乃安√第七話 後輩を待つ、そんな時間。

 乃安は一人、暗い部屋に閉じこもった。外から見てもカーテンが閉じられている。中の様子はうかがえなかった。朝食を持って行っても、「すいません。迷惑をかけて」としか返事をせず、一応入口に置いておけば、主食主菜副菜、多分汁物も一口ずつ食べた形跡があった。

 その光景を見た僕は密かに、何も言わずに乃安の部屋の前に座った。 

 僕は、乃安に何も言わずにそうした。乃安が自分の意思で出て来るのを待つことにした。

 じっと。陽菜には既に、こうさせてくれと指示してある。ただの籠城戦、圧倒的に僕が不利な。兵糧があるからと勝てる籠城ではない。なぜなら、僕は乃安が綺麗に完食するまで、一口も食べる気は無いのだから。僕の横にあるのは二リットルペットボトルの水。陽菜がこっそりと定期的に補充しに来てくれる。

 昼食の時間になり、乃安の部屋の前にトレーにのせた食事を置いて、そして僕は一旦引っ込む。

 しばらくして、様子を見に行けば、また一口ずつ食べて外に出してあった。陽菜がそれを無言で厨房に持って行く。僕は部屋の前に座る。

 何も食べようとしない僕を、陽菜は無言で、それでも目で、心配ですと訴えかけてきたけど、無視した。

 この行為に意味は無いかもしれない、けれど、でも、僕はそれでも乃安を待ちたかった。

 それはまだ一日目。僕はそのまま夜を明かした。

 

 

 二日目も、大きな変化は無かった。変わったことといえば、僕の中で、この行為に対して意地になって、静観していた結城先輩や東雲先輩が、定期的に乃安というより僕の様子を見に来るようになっていたことくらいだ。とはいえ、これは僕がここで待っていることを乃安が知って出てきたら、それは乃安の意思で出てきたことにならない。

 僕は目を閉じて、できるだけ体力を使わないように待つ。

 メイド長はしばらく帰ってこないらしい。帰ってくる前にどうにかしたいと思った。でも乃安を追い詰める事はしたくなかった。

 ただ待つ。信じて待つ。何を信じるかははっきりしていないけど、待つ。



 三日目。これは我慢比べなのか何なのか。それとも僕が一方的に待ち焦がれているだけなのだろうか。早く乃安の顔が見たい、あの明るい声が聞きたい。けれど、この待ち人の気分も悪くないと思い始めていた。



 四日目。空腹を感じなくなった。君島さんの言っている意味が分かってきた。状況が逆だけど。なるほど、空腹に慣れるという事か。

ふと、乃安が部屋の中にはもういないとか、倒れて生死をさ迷っているのではとか、そんな疑問、心配は、一日たった三回の食事という名の儀式で確かめられる、その度に安堵する。

 目を閉じて耳を澄ます。少しでも、乃安の存在を確かめようと感覚を研ぎ澄ます。



 五日目。体を動かすのが少し億劫になってくる。どうでも良い。待ち続ける事ができればあとはどうにでもなる。時間感覚は、食事を置いておくことでカバーできる。けれど、ここまでくるとさすがに他のメイドさんに頼むことにした。僕と陽菜が持ってくると、乃安に負担をかける事になるだろうから。

 一日をただ扉の前で座って待つことに費やす。

 



 六日目。そろそろ一週間になるのか。床の上で寝る生活、全然眠れないけど。


「先輩」


 そんな声が聞こえる。

 顔を上げるのも辛い。

 あぁ、限界が近いんだな。幻聴が聞こえるなんて。


「顔色が悪すぎますよ、先輩。ずっとここにいたんですか……」

「うん」

「馬鹿。先輩の馬鹿」

「かもね」


 幻聴でも良いや。嬉しいな。声が聞こえるのは。





 ?日目。気がつけば僕はベッドに眠っていた。

 頭がガンガンする。気持ち悪い。


「39度5分。はぁ、申し訳ありません。先輩」

「うぅ、乃安?」

「はい、乃安です。私の部屋ですいません。近いというか、目の前だったので」

「あぁ、ごめん」


 パジャマ姿で椅子に座って体温計を振って、そして水をコップに注ぎ、僕に差し出す。遠慮なくそれを飲み干す。


「乃安さん。氷枕持って来ました」

「ありがとうございます。先輩」


 頭が疲れ切っているという感覚。ぼんやりとする意識の中で、僕の頭の下に、冷たく心地が良いものが敷かれた。

 その心地のよさに身を任せれば、段々と世界と自分が遠ざかっていく……。



 ?日目。目を開ける。


「あー、先輩。おはようございます」

「うん、おはよう」

「先輩ぐっすりでしたね」

 部屋の一人掛けのソファーの上で体育座りする乃安と目が合う。口元が微笑んでいるのを確認する。とてもきれいに見えて、言葉に詰まった。

「あーうん」

 ようやく絞り出した声がこれだった。


 ぐっ、と伸びをして、そしてすぐに、かくんと力が抜ける。立って歩くのがやっとだなと直感した。


「……そろそろ、帰らないと駄目ですよね」

「乃安が決めて良いよ。乃安がこのままここにいたいって言うなら、僕も一緒にメイド長さん説得してあげる。時間があればここに会いに来るし、通信してゲームもしようよ。乃安がやっているなんて知らなかったから、嬉しいや」

「……優しくしないでって言ったのに」

「好きだから優しくするんだよ」

「……それ、一応聞きたいのですが、どういう意味の好きですか」

「そりゃ、大事だって意味の好きだよ。押し付けるようなものじゃないけどさ。でも、できれば僕は、一緒にいたい」


 乃安は黙り込んで、そして僕の顔を、その向こうの僕の気持ちを伺うようにじっくりと眺めた。


「私なんかに、そんな気持ち向けて、もったいないですよ」

「僕の気持ちの使い方くらい、僕が決めるよ」

「私には何も無いのに」

「乃安自体が僕は大事なんだ」


 顔を覆ってぶるぶると顔を振る。耳まで真っ赤になって、少し可愛いなと思ってしまった。


「恥ずかしいです! よくそんなこと、臆面もなく言えますね!」

「恥ずかしくないと言っちゃ嘘になるけど、でも、正直な気持ちなんだ」


 そうして、乃安の手を引いて、部屋を出た。部屋の敷居をまたぐとき、乃安は一瞬躊躇したけど、でも一歩、そして一歩、廊下に踏み出した。


「相馬君! 目を覚ましたのですね」

「そんな、大げさな。一晩寝ただけじゃん」

「いいえ、相馬君は昨日、一度も目を覚ましていません」

「えっ?」


 日付感覚をすっかりと失っていたらしい。気がつけば学校は冬休みまであと一週間という日に突入していた。


「まじかー」


 陽菜が淹れてくれたお茶を飲み、一応新聞で日付を確認して、それからここ数日に思いを馳せて、良く生き残ったなと、自分の意外なしぶとさに驚く。

 そしてそれを意識した瞬間、それと、陽菜が持って来たお粥を見た瞬間、僕は自分が全く何も食べていないことを思い出した。


「乃安、一緒に朝ご飯、食べない?」

「そうですね。味がわからなくても、一緒なら楽しいですよね」


 乃安はそう言って、控えめに微笑んだ。

 広い食堂で二人、熱いお粥を少しづつ食べる。


「乃安、どう、かな?」

「そんな聞き辛そうに遠慮しなくても。味は感じませんよ、相変わらず。こんな私を連れ帰りますか?」

「もちろん」

「ふふっ、先輩は物好きですね」


 楽しそうに笑ってくれる。とりあえず、そんな朗らかな、無理を感じない反応が嬉しい。

 ここに帰ってから何をしていたのかなとか、唐突に籠城した理由とか、出てきてくれた理由とか聞きたいけど、今は良い。うん。良い。

 この温かい時間を一秒一秒、大事にしたかった。




 「お世話になりました」

「ん、それじゃ」

 結城さんが運転する車が家から遠ざかっていく。予定外に一週間空けた家。その扉の前、しゃがみ込む一人の女の子がいた。

「莉々」

「乃安ちゃん……」


 君島さんが乃安に抱き着く。その目にきらりと光る、それを隠すように乃安の髪に顔を埋める。


「もう、莉々に何も言わずに勝手にいなくなって……乃安ちゃんがいなかったら、誰が莉々の友達やってくれるのよ!」


 らしくない泣き声が冬空に響いた。そんな君島さんを、乃安は子どもをあやすような、優しい表情で抱きしめた。


「あ、あはは、ごめんなさい」

「許さない。絶対に許さない。許さないんだからー」

「ふふっ、ありがとうございます。莉々」

「うっ、うるさーい。何がありがとうなんだよー」


 そんな微笑ましい光景を、僕らは遠巻きに眺めた。



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