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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
親愛なる後輩へ
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乃安√第六話 後輩と派出所。

 そうして、僕らは何故か客間のような所に通された。

 戦う覚悟を決めて派出所の前に辿り着いた僕らは、守衛さんにあっさり通された。玄関にて僕らを迎えたのは東雲さん。


「よくぞいらっしゃいました、お二人さん。歓迎します」

「あなたが私たちの相手をするのですか?」

「あらやだ、私、荒事は苦手ですよ。覚えていませんか?」

「そうでしたね。真城は?」

「武道場で修行中ですね」

「そうですか」


 廊下にずらりと並び立つメイド達に迎えられ、僕らは客間らしき部屋に入る。装飾が施され、ソファーに座れば紅茶が目の前に置かれた。緊張感で渇いた唇を湿らせるように一口飲めば、湯気が鼻孔をくすぐる。香りは正直、緊張してよくわからなかった。


「よく来たな、二人とも」

「メイド長。これはどういう……」

「お前らアポ取っただろ。アポ取った相手にはそれ相応の歓待をするさ。乃安はまぁ、気が向いたら来るだろ。話を聞かせな、説明責任を果たしに来たというならちゃんと話を聞くさ。ほれ、どうだ、秘蔵しておいたワインを一本引っ張り出してきたが、一緒に開けないか?」

「私も相馬君もまだ未成年です。メイド長。酔ってますね」

「ふん、酔わずにいられるか。まったく、乃安が帰って来たと思ったらとんでもなくポンコツというか、ニートモードなんだもよ」


 そう言ってメイド長はワインボトルを東雲さんに渡す。結局飲まないのか。


「さて、それじゃ、真面目に話そうか。乃安は真面目で人が良い、そうだな……愛されキャラとでも言うべきかな。そんな奴が部屋に籠って出てこないと来ちゃ、話を聞かないわけにはいくまい。正直、アポを取らなくても、お前らが姿を見せた時点でこうして歓迎したさ。良かったよ、予定が無い日に来てくれて」


 笑うけれど、全く楽しそうじゃない。その理由も感情も理解できた。だから包み隠さず正直に話す気になれた。メイド長は一切遮ることなく、ただの一度も相槌を打つことなく、僕が全てを話し終えるのを待った。


「そうか。なるほどな」

「ご理解いただけたでしょうか」

「まぁな。ここから巣立ってその道を究めようと昇り始めた奴らが最初にぶつかる壁だな、一般人の中でもかなりうまい方とプロの間に立つ壁。なるほど、そしてそのプロの中でも達人級の奴に壁を見せつけられたわけだ。いやはや、全く。謙虚過ぎるのも困りものというか、いい加減、好意の受け止め方を知れってんだ……真城!」


 唐突に、テーブルの上の固定電話から受話器を取る。


『はいはーい。今から向かいまーす』

「ついでに乃安を引っ張って来い」

『はい、了解』

「というわけで、アドバイスだ、少年」

「はい」


 受話器をガチャリと置くと、メイド長はニヤリと笑う。


「お前の気持ちを包み隠さずに伝えろ。真っすぐに、変に誤魔化さずに、言葉を濁す事無く、堂々とな。聞いてるこっちまで恥ずかしくなって耳を覆いたくなるくらいに真っ直ぐなものを期待する」


 東雲さんを伴い、そのまま部屋を出て行くメイド長と入れ違いに、結城さんに、子猫のように首を掴まれて運ばれてくる乃安が入って来た。


「ほらよ。女の子のお届け物だぜ」

「結城先輩、酷いです」


 すとんとソファーに降ろされた乃安の姿はパジャマだった。ヘッドホンを首にかけて、手元には何故かゲームのコントローラーが握られている。


「あと一人倒せば勝ちだったのに」

「あぁ、それなら安心しろ、お前が本能で撃った最後のSR、きっちり頭に当たってたから、あのマッチはお前の勝ちだ」

「それは良かったです……。ものすごく微妙な気分です」

「というか、お前まだキーボード操作に慣れないのかよ」

「すいません、どうしてもこうしてコントローラー握る方が落ち着くんです」

「そうか。それじゃ頑張んな」


 部屋には僕ら三人が取り残された。陽菜が乃安の分の紅茶を淹れる。


「……乃安、今度やらない? キーボード操作教えるよ」

「相馬先輩もやっているのですか?」

「実はね……最近やっていないけど、できるよ」

「そうですか」


 乃安は、やりましょうとは言わなかった。メイド長の言う通り、回りくどいのは駄目なのだろう。

 ものすごく本題に入りづらくなってしまった。でも、メイド長のアドバイスを実行するなら、力づくでも気持ちを伝えろという事か。


「乃安」

「はい」


「好きだ。大好きだ。お前が大事だ。それとごめん。乃安の抱えている事、僕ではどうにもできないって諦めかけて。それと、戻ってきてくれ、駄目になったとか関係ない、僕は乃安と一緒にいたいんだ。優しくしないで何て悲しい事言うな、乃安が大好きだから優しくしないなんてできるわけないじゃないか……乃安?」


 顔を覆ってプルプル、膝を抱えて乃安が震えている。


「せ……ん……ぱ……い、何を、言っているのですか。知らない知らない。やめてくださーい!」


 部屋の扉がバンっ! と開き、乃安は駆け出して行った。


「相馬君、限度がありますよ。私も恥ずかしかったです」

「思いつくままにそのまま言っただけなんだけど」

「はぁ」





 思い出すのはあの日の事。あの時の私は、別に相馬先輩に恋心を抱いていたわけでもなく、ただ単純に、相馬先輩のやる事成す事に口を出す権利、自分から茨の道に突き進む相馬君を止めるための立場が欲しかっただけだ。

 一人木刀振り回す相馬先輩、汗を拭いて、悲し気に顔を伏せながら家に戻る。そんな顔を見ると、守ってあげたくなる。だから手を伸ばして頭を撫でてしまう。そして私は、ただ思いついた言葉を告げた。


「では、私とお付き合いしませんか? 先輩」


 呆然とする相馬先輩の顔、陽菜先輩に対する言い訳とか、もし本当に付き合い始めた時、私は相馬先輩に対してちゃんと恋心を抱けるかとか、色々頭に浮かんだけれど。でも、どうでも良いやとも思った。

 私には、料理しかない。容姿なんて上辺だけだ。中身が伴わない私は、価値が無い、愛される価値が。だからどうせフラれるとも思ったけど、けれど私は押し切る事にした、あまりにボロボロだったから。守りたいと、分不相応な感情が強まってしまった。


「はぁ」


 逃げた私。何で私なんかにあんなもったいない言葉を。どうして、だって、私は何もない。何も無いんだ! 失ってしまった。私が唯一持っていたもの。もう、捨ててくれれば良かったのに、その方が楽だったのに。メイド長は何で追い返してくれなかったのか。対策できるようにわざわざ教えたのに。

 相馬先輩の言葉、うぅ、嘘に見えないというか、嘘じゃないのはわかる。流石に。だから、あぁ、罪悪感、私にそんな気持ちを向けるなんて、はぁ。

 何となく、相馬先輩の気持ちがわかった気がする。逃げたくなった気持ち。空っぽな自分が許せない気持ち。もう麻痺していた気持ち、それを改めて感じて、私がどれだけ満たされていたのかを実感した。


「相馬先輩も、こんなに寂しかったんだ」


 バクバクと高鳴っていた心臓が少しづつ落ち着ていく。

 戻る、べきなのかな。戻らなきゃだめだよね。


「戻りましょう」


 私はくるりと来た道を戻る。けれど、私はまた部屋に足を向けた。


「その前に、うん」




 客間で時計を眺める事十分。扉が開いた。


「お待たせしました。先輩。ただいま戻りました」


 きっちりとメイド服を着込んだ乃安が戻ってきた。その横にはメイド長がついている。

 ソファーに座り、きつく結んだ唇をゆっくりと解き、乃安は、真剣な表情で話し始める。


「まずは謝罪させてください。メイド長、命令違反、申し訳ありません。私情です、これは」

「そうか」

「先輩方もすいません。お騒がせして」

「大丈夫、深刻に捉えなくて良い」

「ありがとうございます」

「乃安、お前はいったん下がれ」

「はい」


 そうして、メイド長と三人になった部屋、乃安の足音が遠ざかるのを確かめると、唐突に豪快に、メイド長は笑い始めた。


「がははははっ! 少年。お前。どんだけ真っ直ぐ伝えたんだよ、効きすぎだろさすがに! はははっ! いやー、やっぱあいつは愛されキャラだね。ここまで愛されているとは、もう。あー、乃安もう、真っ赤な顔で一緒に来てくださいって来るからさ、がははっ! まぁ、そんなわけで、乃安の事頼む。大事にしてやってくれ。こっちからアドバイスできることは無い」

「は、はぁ」


 ものすごく楽しそうな顔でメイド長はそう言うと。


「まぁ、帰るかどうかは、ほとんど決定かもしれんが、多分問題ないだろう。とりあえずは帰る、はず……」

「メイド長にしては随分と語尾を濁しますね」

「あぁ、まぁ、乃安がどう出るかだからわからんからな」

「? メイド長でもですか」

「あぁ、あいつは本当に今、不安定だからな。いつ崩れてもおかしくない。だが、とりあえず連れ帰る事は問題ないはずだ」


 そう言ってメイド長は部屋を出て行く。

 そうだ、連れ帰る事が問題解決じゃない。それを忘れてはいけない。

 息を吐く。全力で。肺の空気を全て抜くように。


「よし、うん。もう、逃げない」

「はい、逃げません」


 ハイタッチをする、手と手が合わさる軽快な音が響いた。


 しかし次の日。その日は結局泊ったのだが。朝になって。

「ごめんなさい。ごめんなさい。帰れないです。やっぱり。お気持ちは嬉しいのですが」

 自分の部屋に立てこもった乃安は、扉の向こうからそう言った。






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