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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
親愛なる後輩へ
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乃安√第三話 後輩と高い壁。

 目が覚めた時、乃安は既にいなかった。仕方ないなと僕は一人、外に出る。花は無いが、行こう。

 ジャージに着替えて走り出る。まだ日は昇りきらず、夜とそんなに変わらない道。けれどもう結構走った道だからわかる。雪に足を取られないよう、気をつけながら行く。

 去年より早く降り出した雪。去年は全くなかったからな。


「はぁ」


 父さん、今年は帰ってこないつもりなのだろうか。全く連絡が無い。ふと気になったけれど、すぐに頭を振ってその考えを追い払った。

 一人でここでこうして静かな時間を過ごすのは、あの家出をした一週間の大部分を占めていたと思う。旅館で手伝う以外ここにいた。


「また帰って来ちゃったよ、今回は逃げてきたわけじゃないから安心して。今日はすぐに帰るけど。また、そうだね、夏には来るよ」


 軽く掃除をして、そして手を合わせて、また海風を感じながら走り始める。潮の匂い、生命の匂い。打ち寄せる波の音、それらを切り裂いて僕は走る。


「ん? おーい、乃安―!」


 こちらに向かって歩いてくる影に見覚えを感じて、目を凝らして、そして確認して僕は手を振った。


「はーい。せんぱーい。砂浜歩きませんかー!」


 そういえば、そんな約束したな。




 波打ち際で、波の動きに合わせて乃安は躍るように歩いた。


「先輩、私って何なのですかね」


 風に髪をはためかせ、乃安はそう問いかけた。


「何なのって?」


 漠然とした質問に、意味を捉えられず、僕はそう返した。


「私の才能って如何ほどなのか、私は今、どこにいるのか。私はこの道でやっていけるほどの力があるのか。全部わからなくなりました」

「乃安?」

「弥助さんに言われました。お前に足りないのは発想力だと。そりゃそうですよね、真似をし続けてきただけですもの」


 乃安は、そう言って、自虐するように笑った。


「確かに、私は陽菜先輩より腕は上かもしれません。けれど、それはただうまく作れるだけ、はたして、同じものをうまく作れるだけで私の味と言えるのでしょうか。ゴッホのひまわりをよりうまく描いたとして、それはオリジナルの作品と言えるのでしょうか。……まだ殻を破りきれていない。そういうことでしょう。私は先人たちが作ったものをうまく仕上げる事が出来ても、自分で生み出すことができない、そういうことです」

「乃安……」


 乃安は泣かない、乃安はただ、言われたことを事実として自分の中で受け止めていた、そこに僕が入り込む余地は無くて、ただ僕の中で今の会話を反芻することしかできなかった。





 「おじいちゃん」

「おう、どうした」

「今朝、乃安来たんだ」


 帰りの準備を早めに終わらせて、旅館の中を歩くおじいちゃんを見つけて、僕はそう声をかけた。


「嬢ちゃん、泣いてたかい?」

「泣いていない」

「そうか。泣いてくれた方がまだ良いのだが。あまりにも直接的に彼女の足りない部分を指摘しちまったから、後悔していたところだ。あまりに熱心に頼まれたもので、手加減ができなかったというか、思わず言ってしまった。腕は良いからそこを褒めちぎれば良かったとな」


 おじちゃんはそう言って天を仰ぐ。


「人に教えるのは難しい。料理長とかやっていた時代は苦労させられたものだ。どうにか優秀に育ってくれた奴に丸投げしていたものな、後輩の指導は」

「乃安が言われたことって、聞くに随分と漠然としていたけど」

「そうか、まぁ、そうだろうな。具体的に指導するのは難しい部分だからな」

「発想力が無いって、どういう意味?」

「それは、うーむ。言っても良いのだが、はたしてそれをあの嬢ちゃんは受け入れるかねぇ……。彼女はきっと、自分で見つけないと納得しない手合いだな。殻を必死に破ろうとするひな鳥みたいな女の子だったからな、きっとそうだ」


 そう言って背を向けると、手を上げておじいちゃんはさっさと行ってしまった。

 僕が入り込める次元じゃなかった。

 電車の中で、乃安は楽しそうに振舞った。それでも、時折会話が途切れると、感情が全て抜け落ちたような顔になる。

 それでも、すぐに、貼り付けるように笑顔を浮かべ、乃安は旅行の総括でもするように楽しかったことを話した。





 夕方頃に僕らは家に戻った。一泊二日の小旅行は終わりを告げた。


「晩御飯の準備、始めちゃいますね、陽菜先輩」

「大丈夫ですか?」

「はい」


 乃安はそのまま台所に入って行った。その様子はいつも通りに見える。けれど、それでも彼女の変化を見逃す先輩メイドではない。だから、僕は声をかける。


「陽菜」

「はい」

「見ていてあげてくれないかな」

「私で大丈夫でしょうか」

「陽菜が頼りだ」


 きょとんと首を傾げるけど、すぐに頷いてくれる。そうだ、こんな時、僕よりも陽菜が頼りだ。


「わかりました。気をつけてみます」

「うん、おねがい」


 精々、僕にできる事はこんな事でしかない。呆れてしまう。こんなんで先輩なんだな。いや、先輩だからと全ての後輩の責任を取らなければいけないわけでは無いのはわかってはいるけど、でも、せめて、長く接している後輩くらい、力になりたかった。




 そうしてしばらく。いつも通り、乃安が台所で夕飯を作り、陽菜が他の家事をこなしている。そんな時間。

 唐突にガシャン! そんな音が響いた。呆然とすること一秒。すぐに事態を把握する。

 台所に慌てて駆けこむと、手元を抑えて佇む乃安がいた。駆け込んできた僕に気づくと、顔を伏せる。


「すいません、相馬先輩」

「怪我は無い?」

「はい……大丈夫です。……嘘です、指、切っちゃいました」


 洗った食器を片付けようとして落としたのだろう。そしてすぐに拾おうとして切った。

 停滞しかけた時間に、陽菜が箒と塵取りを持って駆け込んでくる。


「大丈夫ですか? 乃安さん、手元を切っているなら治療してきてください。片付けはしておくので」

「……はい、すいません」


 乃安はどこかぼんやりしているような、そんな感じがした。手を引いて台所から連れ出す。


「消毒するから。ちょっと染みるよ」

「すいません」


 指から流れる綺麗な紅い血を拭きとって、傷口を消毒して、バンドエイドを巻く。


「こういう時は、ありがとうだよ、乃安」

「……はい。ありがとうございます」


 乃安は、小さく微笑む。

 そうだ、心が折れかけているんだ。こんな時に犯したミスを深刻に考え過ぎないようにフォローする。それが彼女には必要なんだ。

 そんな時、片付けが終わった陽菜が、珍しく表情を濁らせて近づいてくる。


「乃安さん、あの、本当に大丈夫ですか?」

「えっ?」


 乃安の反応は、陽菜が持っているお玉が原因だった。


「スープ、随分としょっぱいです」

「でも、何も味がしませんでしたけど」

「? 相馬君、これ、一口飲んでみてください」


 陽菜が差し出すお玉から一口頂く。


「……ごめん、しょっぱい」

「えっ?」


 乃安はひったくるように陽菜からお玉を受け取ると台所に駆け込み、鍋からスープを一口、味わうように口の中で転がし、飲み込み、そしてまた一口。


「味が、わからないです。……ごめんなさい。あ、あはは。私、……駄目になっちゃいました」


 そのまま乃安は崩れ落ちるように倒れた。





 陽菜との二人の食卓は、静かなものだった。

 乃安を陽菜の部屋まで運んで、そして、乃安が作ったにしては味の濃いものを無理矢理に食べた。僕がそう希望した。

 しょっぱい過ぎる、辛過ぎる、甘過ぎる。でも、それでも、乃安の苦しみをどんな風でも良いから感じたかった。


「あの、相馬君。無理しなくても、今からでも何か」

「大丈夫。食べる」

「わかりました」


 そう言いながら、陽菜も乃安が作ったものを口に運ぶ。お互い変な汗をかきながら食べる。


「ごちそうさま。たまにはこういうの良いな。悪いな陽菜、二人分頂いたぜ」


 にっこりと笑うと、陽菜もそれに合わせて笑顔を見せる。


「ありがとうございます。相馬君」

「? 何が?」

「私の妹に、後輩に、ここまでよくしていただいて」


 陽菜はそう言って深々と頭を下げた。


「けれど、これ以上迷惑をかけるわけには」

「乃安は帰さないよ」

「えっ?」

「迷惑だなんて、そんな理由で僕は帰さないから。陽菜に初めて下す命令、これで良いかな?」

「そこまで……仰られるなら。はい、その命令、確かに受け取りました。……ふふっ、安心しました」

「陽菜?」

「疑っていたわけじゃないのです。でも、良かったです。相馬君が、乃安を帰そうと言わなくて」

「言うわけ無いだろ。乃安も、大事な、大事な……僕の……」


 後輩? 友達? メイド? いや、違う。


「家族だ。乃安も陽菜も、僕の家族だ」


 僕の宣言に、陽菜は深く頷くことで応じた。


「それなら相馬君はお兄ちゃんですね」

「陽菜の方がお姉さんという感じだけど」

「いいえ、これは譲りません。私は相馬君の妹です」

「頼りない兄で悪いね」


 そう苦笑いで応じれば、陽菜は親指を立てて。


「頼りない兄のサポートが、落ち込みがちな妹を立ち直らせるのが、私の役目ですから」


 そう言い切った。

 

 





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