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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
親愛なる後輩へ
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間話 メイドとエイプリルフール。

 「おはようございます」


 目を擦りながら、うとうとと階段を降りて来る陽菜は、この日のために練習したお辞儀を披露する僕を、眠たげな眼できょとんと眺めた。そうして三秒、たっぷりと沈黙すると。


「はい? 相馬君。その格好は」

「何を言っているのですか? お嬢様。私はあなたの執事ではありませんか」

「えっ? えぇ?」

「さぁ、お嬢様。こちらへどうぞ」

「は、はひ……相馬君……。あの……私の、アイデンティティが、がががががが」

「おじょうs……陽菜?」


 雰囲気だけで黙らされた。陽菜がバグッている。無表情で俯きがちで押し黙っている。


「相馬君。座れ」


 低い声で呟くように、けれど陽菜の声はよく通る。だからその声に込められた暗い感情がしっかりと感じられた。


「陽菜?」

「私はメイド……だ」

「うん?」

「あんたはご主人」

「はい」

「というわけで、あんたは私にご奉仕される立場、OK?」

「おっ、おう」

「わかったらとっととその執事の真似事辞めて朝食をお口アーンで食べろ」


 息を継がず一気にそうまくしたてた陽菜は僕を引っ張るようにリビングに連れ込むと、椅子に座らせる。そうして、僕が用意した朝食を一瞥すると。


「なんだこの生ごみは。これが朝食? はっ、笑わせないで欲しいね」

「えぇ? 陽菜、落ち着いて」


 僕が作った朝食をあっという間に食べると、キッチンに入っていく。

 ちなみに、僕の執事になるというこの企みのために、陽菜より早く起きたため、陽菜はまだパジャマだし、日はまだ昇り始めたばかりだ。


「さぁ、食べろ」


 目玉焼き、サラダ、トースト、ジャム。コーヒー。野菜スープ。あっという間に並んだそれらの朝食メニュー。

 そしてトーストを食べやすい大きさにちぎり、ジャムを付けて差し出す。なかなか食べない僕を見て、最近伸びてきたなと思う前髪の隙間から見える目がギラリと光る。


「私の手ずから食べられないと? メイド失格と?」

「食べます。食べさせてください!」


 そうしてしばらく陽菜のお口アーンに付き合わされる。味がわからない。陽菜から感じる圧が強すぎるのだ。視線を交わすだけで圧が伝わってくるようである。


「ごちそうさまでした」

「よろしい。さぁ、真のご奉仕という物を教えよう。ご奉仕精神とは何たるかをその身に叩き込め」

「ひ、陽菜? 本当に大丈夫?」

「うるさいうるさいうるさい! 良いからとっととそこに座れ」


 陽菜が子どものように地団駄踏んで暴れる。

 仕方ないので座った僕の横に正座して、頭をがしりと掴み、無理矢理陽菜の膝の上に乗せさせられ。


「嘘ですよ」


 そう耳元で囁かれた。その声に頭を陽菜の方に向けて見ると、あの暴走陽菜ではなく、いつも通りの陽菜だった。


「私が相馬君に対して怒り狂って偉そうにしまくるという嘘です。怒っていると思いました?」

「すっかり騙されたよ」

「それは良かったです。それじゃあ、このまま耳かきしますね」

「えっ、いや、自分でやるから」

「動かないでください。大きいのが取れそうなので」

「あっ、はい」


 ごそごそと耳の中で優しく何かが動く感覚。


「はい、取れました」

「うん、って、まだ?」

「動かないでください、耳が怪我します」

「う、うん」


 ごそごそと、段々と気持ちよくなってくるのがわかる。あぁ、これ良いかも。そうしてしばらく、優しく丁寧な動きで耳の中がスッキリしていくのがわかる。


「はい、綺麗になりました。反対向いてください」

「了解」


 もう言われるがままである。いつも通りに戻った陽菜に安心してしまった。


「ふふっ。頭撫でてあげます」

「ありがとう」

「あっ、また大きいのが取れましたね。ちゃんと定期的に掃除しなきゃ駄目ですよ」

「はい」


 パジャマ姿の女の子に耳かきをされる執事服の男がそこにいた。情けない光景である。

 そう、今日はエイプリルフール。思い立ち、たまにはご奉仕される側の気持ちを味わってもらおうとこうしてみたのだが、逆に手玉に取られてしまった。

 やはり本業には敵わないんだなと。


「じゃあ、次です。歯磨きです」

「……はい?」

「歯磨きです」

「……いやいやいやいや」

「はい、お口開けてください」


 半ば無理矢理口を空けさせられ、歯磨きを突っ込まれる。

 ごしごしと丁寧に磨かれる口の中。真剣な目で僕の口の中を磨く陽菜の顔を眺める形になる。

 結局良いように扱われている気分である。

 歯を磨かれるなんて体験を、この歳になって味わう事になるとは。


「はい、うがいしてきてください。出来ますか? ぐじゅぐじゅぺっですよ」

「幼稚園児か、僕は」


 散々遊ばれ、僕はようやく一息ついた気分だった。迂闊なことは避けた方が良いと学んだ。

 陽菜の敬語じゃない言葉遣いか。何と言うか、殺されそうな気分だった。怒らせない方がというかなんというか、いや、でも。


「どこまでが演技?」

「気持ちは本当です。やっていることは嘘です。相馬君、私の仕事は取らないでくださいと散々言いましたよ。エイプリルフールである事を思い出さなかったら特別指導コースでした」

「うへぇ、エイプリルフール様様だ」

「はい、エイプリルフール様様でしたね」


 エイプリルフールは調子に乗り過ぎてはいけないという話。


「さてと、では仕事をしますか」


 そう言う陽菜は、いつ着替えたのか、既に? あれ?


「せっかくですし着てみました。まぁ、コスプレ用ですから、機能性はあれですけど」


 和風メイド服に身を包んだ陽菜がいた。


 なんだろう、うん。似合うのだが、西洋の文化なのに和なメイド。この矛盾しているようで共存しているのが何とも言い難い素晴らしいものを作り上げていた。

「しかし、今日は平和ですね」

「だね」


 まだ早朝だけど。こんな時にしょうもない嘘でもつきに来てくれる人がいたら面白いのだけど。


「んー、まぁ。何も無いよな。春休みだし」

「そうですね」


 そうやって、陽菜と穏やかに過ごしていたら、気がついたら昼になり、そのまま夜になって、一日が終わった。


「なぁ、陽菜や」

「はい、言いたいことはわかります。相馬君」

「僕ら、今日は平和だねとかフラグ立てよな」

「はい」

「何も起きなかったのだが」

「ですね」


 本当に何も起きなかったのであった。



 



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