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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
親愛なる後輩へ
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乃安√第一話 後輩の悩み事。

 「先輩、今日のは、どうですか?」

「美味しいよ」

「ありがとうございます! 中華鍋使うとやっぱり違うなぁ」

「麻婆豆腐、これ香りも良いね。炒飯もパラパラで具材にしっかり火が通りつつも米が固くない。餃子も小籠包も、ラーメンも、食べちゃうなこれ」

「ありがとうございます。無理しなくても、不味ければ残していただいても良いですよ」

「冗談じゃない」


 最近、乃安の料理に対する熱が凄まじい。文化祭で一緒に店を回していたという男子に刺激を受けたのか、様々な国の料理にまで手を伸ばしていた。

 派出所から貰っている給料は調味料やら調理器具やらに消えていくらしい。手に入りにくいものは通販で頼んでいるとのこと。

 昨日はフランス料理、何か料理名とかよくわからなかったけど。ロティ・ロティールとか、コンフィとか。今日は一般人が思いつくであろう中華料理を片っ端から。多分明日はかなり本格的な和食かな。というかそれが良い。


「と言うわけで乃安、明日は和食で行ってみよう。個人的には炊き込みご飯が食べたい」

「あっ、相馬先輩がリクエストを出してくれた。気合入れちゃいますね」

「うん。無理はしないでね」


 楽しそうな乃安。結構種類を出してくるから、いつもお腹一杯になる。美味しいから食べてしまうが、大変だ。それでも台所での一生懸命さは、応援したくなるものがある。

 とりあえず当面の目標は、太らないことだな。


「ん? 陽菜」

「……はい! どうかされましたか?」

「いや、陽菜こそ、ボーっとしていたけど」

「あっ。いえ。その……なんというか……。私は今後、器用貧乏と名乗ろうか悩んでいました」

「急にどうしたのさ?」


 陽菜の目が、心なしか虚ろだ。


「もう、追いつけないところまで」


 陽菜はそう言って手を合わせ、深々と頭を下げる。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。私の料理の原点は陽菜先輩ですから、先輩はずっと、私の先輩です!」


 乃安は無邪気な笑顔を見せ、陽菜の虚ろな目に光が戻る。


「乃安さん」


 陽菜は乃安を抱きしめる。あぁ、姉妹のようだ。


「あの、陽菜先輩」

「はい」

「痛いです」


 長袖のメイド服でよくわからないけど、それでも、腕に込められてる力が結構強い事がわかる。


「愛の重さですよ。私より良く育ち、料理の腕を上げようとも、あなたは私の妹であり、後輩ですから」

「ぐぎぎぎぎ、陽菜、せんぱい……」


 乃安が女の子が出してはいけない声を出している。


「ふぅ、こんなものでしょうか」


 がっくりと床に崩れ落ちる乃安。可哀想になったから頭をポンポンとする。


「あうぅ……はっ、デザートを出さなければ。温かい烏龍茶と杏仁豆腐ですよ」


 毎日こんなに作っても疲れないのだろうかとは思うけど、でも楽しそうだしと止める気にはならない。


「あっ、そういえば相馬先輩。次の私の給料入ったら……やっぱりちょこっと足りないんですよね、コンロの火力、中華作るには」


 遠回しな言い方だが……乃安の財布が流石に心配になってくる。


「乃安、貯金しよ」

「はい、ご命令とあらば」

「命令というより推奨だよ」

「そうですね。私としてもそうしていただいた方が良いかと」


 陽菜も、掃除をしながら、台所に立つ乃安を時折心配そうに眺めていた。やはり考える事は同じだったようだ。


「一応、余った分は貯金に回してはいるのですけど……」

「しかし乃安さん、最近使い過ぎでは?」

「否定はできませんね」


 乃安が困ったように頬を掻く。


「はい、少しお金の使い方を考えてみようと思います」





 その日の夜だった。


「乃安か」

「はい。失礼します」


 ベッドに座る僕の横に座り、何やら言い辛そうにしている。話題は想像つかないけれど、多分真剣なものだとは思う。

 焦らせることなく、僕は待つことにした。別に眠く無いし。ここで焦らせたらやっぱり良いです、何でも無いですなんて事になりかねない。

 そうしてどれくらい時間が経っただろうか、乃安がゆっくりと口を開いた。


「先輩、お願いがあります」

「どうぞ」

「先輩のお爺様の旅館に連れて行ってはいただけないでしょうか? お代は出します。あの味をもう一度学びたいのです」


 真剣な声で告げられた。ちらりと見たその表情には焦りも感じられた。


「なにかあったの?」

「何かあったわけでは無いのですが。むしろ何も無いのです」

「と、言いますと」

「全然、進歩しないのです。上手くならないと言いますか。もっと美味しいものを作りたいのに、だから、連れて行ってください」


 グイっと顔を近づけて来る、思わず仰け反る。


「お願いします。このまま止まりたくないのです」

「おっ、おう」


 押し倒さんばかりの勢いに。とうとう僕はベッドに寝転がった。つまり押し倒された。


「止まろうぜ、一回」


 もうこれは見られたら誤解を生みかねない光景だ。そして、僕の部屋の入口の方から、ものすごく強い視線を感じた。


「乃安さん。その体勢が逆でしたら私は何も言わず、何も見なかったことにして立ち去った事でしょう。しかし、それは見過ごせないですね」


 隠す気の無い殺気を全力でぶっ放しながら、陽菜が入り口に立っている。


「……あっ……すいません、先輩。一旦落ち着きます」


 強制的に冷静にさせられた乃安。しかし、陽菜の方を見ようとせず、ただ震えるだけだった。

 どうにか陽菜の誤解を解いて、場所をリビングに移して、三人の手元にココア。


「さて、乃安さんは、相馬君のお爺様の料理を学びたいと」

「はい」

「そのために一度行きたいと」

「そうですね」


 陽菜は腕を組んで思案しているようだが、どうしてか陽菜の感情が読めない。意図的に隠しているように見えた。


「相馬君、丁度この時期ですよね。去年、旦那様が帰ってきたのは」

「そうだね」

「今度は二人で行ってきてはいかがでしょうか?」


 唐突な提案に、僕と乃安は顔を見合わせる。


「陽菜は来ないの?」

「流石に、短期間でご迷惑をかけ過ぎるのもあれなので。それに、乃安さんがお代を出してくださるのであれば、少ない方が良いでしょう。ただし乃安さんはこれを最後に、しばらく出費を控えるように」

「はい。先輩」


 そんな風に、今夜は結論がまとまった。まぁ良い。行く理由が僕個人にもあるのだから。

 唐突に決まった二人での旅行。今週末に行く。とりあえず、予約からかな。と思ったら。


「実は、もう予約はしてあるんです。一部屋で、人数の変更を申し出なければいけませんけど」

「はやい」

「先輩を押し切るだけでしたし」


 と、僕の後輩は行動力が素晴らしかった。





 出発の日の朝。


「さぁ、先輩。電車が来てしまいますし。行きましょう」

「う、うん」

「なんか子どもみたいな反応ですね」


 休日の女子高生らしいお洒落さんになった乃安が旅行鞄を片手に、もう片方に僕の手を握り歩き出す。見送る陽菜に手を振れば、手を上げて答えてくれる。

 電車に乗れば、あとは乗り換えは無く。目的地に着くのを待つだけなのだが。


「ん、待てよ。一部屋」

「どうかされましたか?」

「乃安、予約したのは一部屋って言っていたよな」

「はい。言いましたよ」

「僕と乃安で一部屋?」

「はい。私と先輩で一部屋」


 何かおかしなところありますか? といった感じの顔だが。


「いや、まずいだろそれ」

「あはは。先輩、私はメイドですよ。そして私のご主人様は誰ですか? そのくらいの覚悟はしています」

「いやいやいやいや」


 陽菜とも似たような会話をした覚えがあるけれど。いや、駄目だろ。うん。でも、今更部屋を増やしてもらうわけにも、それに今回予算は全て乃安が出した。


「先輩、何か一瞬で従順な表情に変わりましたね。今の数秒でどんな葛藤があったのですか?」

「いや、経済格差を実感しただけさ」


 きょとんと首を傾げる仕草は陽菜に似たものを感じる。本当、メイド二人には敵わないぜ。

 こんな会話をしている最中でも、景色はどんどん流れていく。あとどれくらいで海が見えて来るだろうか。


「私、こんな風に旅行するの、好きなんですよ。初めて派出所から出た時、はまってしまいました。あの時はとても短くて、でも、どこか違うところに行く、その行為に憧れるのです」


 気がつけば、雪が降り始め、幻想的な風景に変わり。乃安は何を思ったのか眼鏡を付ける。


「どうしたの?」

「何となくです」


 乃安はそう言って、穏やかに微笑んだ。



























 

 

 

 


 

 

 

 

 




 


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