夏樹√ エピローグ 夏樹と幸せを感じた日。
この学校に赴任して五年ほど経った。
「メイド長さん、良いのですか、これ。こんな形でボーナス貰ってしまって」
「部下のめでたい知らせを祝わないトップがいるか。予定日はいつだ。休みにしてやる」
「それはわかり次第という事で」
「あぁ、すぐに知らせろ。それと、いつまでメイド長と呼ぶつもりだ? 校長と呼べ、ここでは」
「すいません、慣れなくて……。では、ありがとうございます。失礼します」
この中学校に呼ばれてようやく腑に落ちたというか、何と言うか。そもそも陽菜たちは義務教育をどこで受けていたんだという疑問。
メイド長が多額の寄付をしている、名誉校長とかやっている、地元からかなり近いこの学校。というか経営に関してはメイド長の判断が大きいというのが印象だ。
一般の生徒もいるし、派出所から来ている子もいる。ここの採用試験、滅茶苦茶厳しかった。夏樹は余裕で合格していたけど、僕は結構危なかった。
大学を卒業して、この学校に来てお互いの生活が安定して、結婚して。それから三年して夏樹に子どもができたとわかった。高校卒業してから大分遠くに来たなと、感慨深い思いに浸りながら明日の授業の準備をする。
「よし、まぁ。こんな感じかな。小テストの解説もしたいけど、いや、やろう。これは必要だ」
中高生が一番つまずくともいえる教科、数学。それをわかりやすく教えるという荷が重い日々が続いている。
「相馬君。お疲れ様です」
「あぁ、陽菜。陽菜もお疲れ」
「はい。お迎えに上がりました」
「悪いね、夏樹と別々になっちゃって」
「いえ、メイド長に呼び出されたのでしたら、仕方ありません」
この歳になっても、堂々とメイド服姿で仕事に勤しむ陽菜に救われている部分も結構ある。
「予想より早かったです」
今年の春。派出所まで来た僕を見て最初の一言がそれだった。
「夏樹が頑張ってたから。僕も頑張った」
夏樹の願い、みんなでずっと仲良く。それは今でも彼女の胸の中に強く残っている。
「乃安さんが今頃キッチンで腕を振るっています。桐野君と入鹿さん、君島さんも既にいますよ」
「了解。しばらくぶりだな、みんなで集まるの」
「そうですね。すいません、相馬君に雇っていただけるまで欠席続きで」
「良いよ。今はこうして集まれるのだから」
乃安はあちこちを渡り歩きながら、いつか自分のレストランを出すんだと修行中。君島さんはそれに付き添って、へとへとで帰って来る乃安をお世話しながら、フリーゲームを作って、それがわりと好評で広告収入で結構稼いでいるらしい。京介は宣言通り、お父さんの助手をしている。入間さんはよくわからないけど家族の仕事を継ぐべく勉強中らしい。
「みんな頑張っているな」
「相馬君も頑張っているじゃないですか。……先に下りていてください。車停めて来るので」
「うん、ありがとう」
家に入る。中は既に盛り上がっている。
「ただいま。それとみんな、いらっしゃい」
「あっ、お邪魔しています。先輩」
「日暮相馬。あんた莉々が作ったゲーム、随分あっさりクリアしてくれるじゃない。ムカつく」
「おう、相馬。結構良い酒親父から貰ったから後で飲もうぜ」
「日暮氏。お久です」
思い思いの出迎え方してくれる中。夏樹は何やら頑張っていた。
「ただいま」
「うん、お帰り。お疲れ様」
声をかければ穏やかに迎えてくれる。ささやかだけど一番うれしい事。
夏樹の手元ではケーキが可愛く飾り付けされていた。
「どうかな?」
「良いと思う」
「うん、ありがと」
大学でも色々な人に出会ったけれども、なんだかんだで濃い日々を過ごした高校時代の方が今でも印象が強い。
本当に色々なことがあって。いまでもこうして集まりたくなる人たちと出会えた。
車を停めて帰って来た陽菜がリビングに入って来る。
「お待たせしました、皆さま。さぁ、夏樹さん。乾杯の音頭をお願いします」
「えっ? 私で良いの?」
「何言っているんですか、姉御。今日は姉御のめでたい出来事を祝うために集まったのです」
「あはは、ありがとう。わかった。それじゃあ、再会を祝して、あと、お腹の中の子に、乾杯!」
その声にみんな一斉にグラスを上げた。
それから結構盛り上がった。妊娠中のため禁酒した夏樹。それに合わせて僕も禁酒していることを知った京介が、何故か持ってきた酒を乃安と君島さんにプレゼントして自分もソフトドリンクに切り替えたり。
乃安のあまりの腕の上がりように、陽菜が表情には出さないが、ものすごく落ち込んだり。
女性陣が夏樹の話にものすごく興味津々だったり。何の話なのだろう。
大人になってもこうして仲良くできる事。それはなんだかんだで一番素晴らしい事だなと思いながら、その日は終わった。
そうして、みんなリビングのあちこちで寝静まる。その中で僕は一人庭に出た。昔から住んでいる、父さんが建てた家。そして、陽菜を雇った時に陽菜が自分で持っていた車。結局、今僕が持っている中で自分で手に入れたものはあまりに少なくて、思わず苦笑いがこぼれた。
まあ、これからだよな。
「相馬くん」
「夏樹……起こしちゃった?」
「起きちゃった。今日は楽しくて」
「うん、わかるよ、その気持ちは」
「明日は休みだよね」
「うん」
「乃安ちゃんと莉々ちゃんと陽菜ちゃん。明日お買い物行こうって」
「うん、いってらっしゃい」
「何言っているの。相馬くんも行くんだよ」
「?……おっけ。了解。何買いに行くの?」
「赤ちゃんのための物、買いに行くんだから」
付き合っている時、そこそこ喧嘩もした。でも、夏樹は悪いと思ったことは謝れる人で、そこまで尾を引くことも無い。僕も意外と素直に謝れるタイプだった。
「夏樹。あの、さ。えっと。ありがとう」
「? 私こそありがとうだよ。でも、急にどうしたの?」
「情けない僕に、愛想尽かさないでくれて」
「確かに、頼りない所もあるけど、でも、いざという時に守ってくれる、そうだね……王子様かな? 昔憧れていたんだよ、王子様」
暗くてあまり表情は伺えない、でもどんななのかはわかる。だから抱きしめた。
「ふふっ、温かい」
「今二人を抱きしめているんだ」
「そうだね。そういう事になるね」
「名前、何にする?」
「えー、今決める?」
「今決めたい」
「そうだね……それじゃあ、相樹でどうかな」
「安直じゃない?」
「ちゃんと意味あるもん」
まぁ、そこら辺はこれから詰めるか。国語を教えている夏樹なら僕が知らないような意味を込めているのだろう。
二人で一緒のベッドにもぐる。穏やかな気分でそのまま眠気に任せて。今ある幸せを噛みしめながら僕らは眠った。
夏樹ルート、これにて完結です。ありがとうございました。