夏樹√第十一話 親友と思い出。
そこは、初詣の時、行こうとして結局人混みで断念した大きなショッピングモールだ。 平日にも関わらず、人は結構いる。さすがは冬休みだ。
「はぐれないようにしないとね」
「手、繋いでいるから大丈夫」
大げさだとは思うけど、夏樹の習性から考えると手を繋ぐのは必要だ。
「何が良いかな、悩んじゃうね。そうだ、ピアスとか?」
「いやいや、それはいくらなんでも。校則で禁止でしょ?」
「そうだね。大丈夫、冗談だよ」
そう言って笑うけど、どこか残念そうにしているようにも見えた。
どうしようか。
「やっぱり身に着けられるものが良いよね」
「うん」
そう言って見せた手首にはこの間あげたブレスレットがあった。
「こんな感じで」
「うーん」
どうしようか。腕にじゃらじゃらつけさせるわけにもいかないしなぁ。
「ねぇねぇ、これどこで買ったの?」
「いや、作った」
「本当に? これ相馬くんの手作り?」
「うん。京介にはミサンガ作ったし、陽菜と乃安にはスノードーム作ったし」
「なんか、凄いね」
「そうかな?」
不器用な僕のわりに頑張ったとは思うけど、見栄を張りたいから、余裕なふりをしておこう。
「ふふっ」
「うん?」
「男の子だもんね、見栄張りたいよね」
面白そうにくすくすと笑う。慣れないことはするものじゃないな。
「なんでわかるかなぁ」
「そりゃ、見てるからね」
ふふん、と胸を張る。可愛らしいのだけど、少々複雑な気分である。
「じゃあ、私も作りますか」
「作るって?」
「ブレスレット、作るね」
僕が夏樹にあげたのはワイヤーで名前を表したブレスレット。夏樹もそれが作りたいとワイヤーを購入、そのまま近かったので夏樹の家へ向かった。
「それじゃあ、早速」
ノートにイメージを書きだす。そして手早く作業を始める。
「こうやって、通してっと」
やっぱり無駄に器用だ。手の動きにも迷いが無い。妙な時に発揮される妙な器用さ、熱心な顔を僕は黙って眺める。
「そんなに見ないでよ。恥ずかしい」
「でも、僕より上手にできそうじゃん」
「それで自分が下手とか言わないでよ。私、これ気に入っているんだから」
「先輩、少し遊んでみません?」
「嫌です」
「せっかく男装したのに、こそこそ動き回るだけというのもつまらないです」
喫茶店でコーヒーを飲みながら、陽菜先輩の方を見やる。陽菜先輩も男装、結構ノリノリで、ウィッグまで用意して、この日のためにスーツまで買ったのだ。もっととことん楽しみたい。
「ふぅ、仕方ありませんね。じゃあ、何をしますか?」
「じゃあ、先輩が女の子に戻って、カップル風にデートとか?」
「私も遊びたいです、この格好で」
「仕方ないですね。じゃあ、普通にお友達風に遊びますか? どうします? 焼肉でもしましょうよ」
「良いですね。そうしましょう」
そうして、私と陽菜先輩は、男の子っぽい遊びに向かった。
夏樹の作ったブレスレット、女の子っぽいデザインというわけでもなく、男の僕が付けても違和感は無いものだ。
「ありがとう、夏樹」
「いえいえ、気に入ってくれたみたいだから、嬉しいよ。ふわぁぁ、ごめん、集中したから眠くなってきちゃった」
「うん」
「だから、しばらく、動かないでね」
そう言ってソファーに僕を導いてそのまま膝にゴロンと寝転がった。
「懐かしいな。あの時は迷惑かけたね」
「迷惑だなんて、思っていないよ」
頭を撫でてみる。すると気持ちよさそうに目を細める。そして、唐突に立ち上がった。
「うわっ」
「甘えすぎちゃった。ダメだね。どうする? そろそろ帰る?」
「えっ、あっ、えーっと」
迷う。考える。このまま帰るのも味気無いし、でも、ここに残る理由も無いし。でもな……。
「夏樹、えーっと、お願いがあるんだけど、夏樹のご飯を食べたい、かな」
「えっ? えぇーーー!」
「うわっ、どうしたのさ、叫んで」
「よ、予定していなかったことだから、全然準備していない。あうあうあうあうぅ」
咄嗟に口から出た言葉、それに夏樹はものすごくうろたえていた。
「た、食べたい?」
「うん」
「うぅ、わかったよ」
「乃安さん、それはもはやほぼ焼かなくて良い肉です。食べましょう」
「は、はい」
陽菜先輩の支配する網の上、私は言う通りに食べるだけ、楽なんだけど、相変わらずだな、先輩は。
「早いです」
箸で手首が捕まえられる。
「これはじっくり焼きます」
「はい」
しかし、感想が聞いてみたい。私は女に見えるのか。男に見えるのか。
「はい、あーん」
「……どういうつもりですか? 乃安さん」
「食べないのですか? 先輩」
ん? こちらを見つめる視線を感じる。ちらりと見ると、女性二人がこちらの事を見ていた。ものすごく嬉しそうに。
箸を黙って差し出し続ける陽菜先輩は、観念したように食べた。すると、こちらの事を見ていた女性二人はさらに嬉しそうな顔をする。
「乃安さん、どうぞ、一口で」
「えっ、あの、一口で食べられる量では無いような……」
「どうしたのですか? 乃安さん。私の手づから食べたくないのですか?」
観念して、どうにか、ギリギリ一口で食べるけど、でも……。
「はふ、あふ、あち」
どうにか飲み込む。陽菜先輩はその様子をまじまじと眺めて。
「これが男らしい食べ方かと」
「男性でも上品に食べますよ、もっと」
そして店員さんが次々と注文した品を持ってくる。あれ、こんなに注文した覚えはないような……。
「陽菜先輩?」
「あー、間違えていっぱい頼んでしまいました。大量の食べ残しは罰金でしたよね。乃安さん、頑張りましょう」
逃げたい、ものすごく逃げたい。陽菜先輩がおかしい。
しかし陽菜先輩はどんどん私の皿に肉を置いて行く。はぁ、今度相馬先輩誘ってジムでも行こうかな。それとも武道館借りて剣道?
どちらでも良いけど、とにかくこれは、汗をいっぱいかいて消費しなければ。そう思いながら、私は肉を頬張った。
夏樹が作ったのはもつ鍋だった。
「どうかな?」
ニンニクとにらの香ばしさ、そしてもつの独特の食感。美味しい物を知っているからこそ、自分の作るものにもこだわれる、そう思う。多分僕ももう、去年の春休みのような適当な料理を作ろうとは思えないだろう。
夏樹がもつ鍋をご飯にかけている。もつとともに白飯を豪快に掻きこんだ。
「んまい! でも締めはうどんね」
「はいよ」
陽菜と乃安には既に夕飯は食べて来ると連絡してある。
汁まで綺麗に食べた。夏樹はとてもよく食べるな。美味しそうに。
そうして、二人で駅まで歩く。改札の前、そろそろ電車が来るだろう。
「それじゃあ、また」
「うん。今日はとても楽しかった」
その決まり文句のような別れに嘘は無い。楽しかったのだ、本当に。
「相馬くん、えっと……」
「ん? そんなぼそぼそ言われても」
「何でもない。また遊ぼうね」
「うん」
そうして、僕は一人改札を抜け、電車に乗り込む。その時ふと感じたのは寂しさだった。ちらりと振り向くと夏樹がこちらを見て手を振った。
だから手を振り返す。電車がついて扉が開く。振り切るように走って乗り込む。夏樹は見えなくなるまでそこにいた。
家に帰る。すると、玄関の前で陽菜と乃安と鉢合わせた。えっ、陽菜と乃安?
「陽菜、だよね? 乃安、だよね?」
「はい、先輩、そうですよ」
声を聞いてようやく安心、でも、一瞬わからなかった。ものすごく綺麗な顔をした男の子だった。
「あのぉ、先輩、近くに銭湯ありますよね、本日はそちらに行きませんか?」
「うん、良いよ」
乃安のおずおずとした提案、
「実は私たち、焼肉に行ってまいりましたので」
「あぁ、なるほど」
そうして三人、わいわいと銭湯に向かった。