第十二話 メイドと生徒会の手伝いに行きます。
夏編スタート
六月に入りすっかり梅雨入りして、これでもかと一日中雨が降っている。蒸し暑くじめじめした季節、体が重い。最近の朝の日課も雨合羽無しではやっていられなくなった。
「相馬君、そろそろ帰りましょう」
「そうだね、帰るか」
雨が入るからと閉め切られた教室での授業は本当に苦痛であった。密閉空間で四十人もの人を閉じ込めれば蒸し暑さが加速するのも当然の話。明日も明日で雨は降るだろうなぁと思いながら筆記用具と弁当と退屈しのぎの本しか入っていない鞄を背負う。
その時、突然教室の扉が勢い良く開いた。
「あっ、まだいてくれた。二人とも、今から暇?お願いがあるのだけど」
「どうしたのですか夏樹さん?」
慌てた様子で教室に飛び込んできた布良さん、用事があるなら走らずともスマホに連絡くれれば良いのにとは突っ込まない。
「今から生徒会に来れる?手伝って、お願い、終わらない」
布良さんが言うに、大会が近くなってきて部活と生徒会、どちらにも所属している人たちが生徒会に来れなくなり、全校生徒参加の生徒会総会のための委員会の資料を用意するには人が足りな過ぎて終わらないそうだ。
「でもそれって委員会の資料は委員長がやるものじゃないのか?」
「普通はね。ただ三年生は最後の部活という免罪符があるから、本格的にまとめるのは生徒会がやるんだ」
「そこまで本格的にやるものなのか?」
「下書きだけ送られてるから、それを読みやすいようにパソコンで打ち直す作業をしてくれれば良いよ」
「なるほどな、ちなみに僕らの他には誰がいるの?」
「いないよ」
「えっ、三人?」
「うん、がんばろ」
なるほど、布良さんが悲鳴を上げるわけだ。
「ちなみにそれはいつまでに完成させれば良いのですか?」
「そうだねぇ、今から三時間後の七時まで。そこまでにできればあとは印刷して教室に配って、終わり」
「わかりました。お任せください」
「陽菜?えっ、大丈夫なの?」
「多分、今からでしたらいけるかと」
まだその打ち込む書類すら見ていないのだが。
「はい、着いたよ。ここから中に入ったらやっぱやめたは無しね。お願い、逃げないでね」
そんな必死な顔で前置きされると怖いのだが、意を決して中に入る。
あぁ、なるほど、確かにこれ一人では厳しいな。書類の山がきれいに三つに分かれている、一見すると薄いし少ないが、委員長の説明やコメントがやたら長い。
「それじゃあ、相馬君はこれ、陽菜ちゃんはこれ、よろしくね。細かい指示はこのメモにあるから各自でよろしく」
パソコンを立ち上げる。指定されたアプリを開いて早速作業に入る、キーボード叩く音だけが部屋の中に響く。
しばらくしてだんだん眠くなってくる。これはやばい、終わらない。
何だよこれ、生徒会スローガンとかいらないだろ、誰も変えようとか言いださないだろ。
書き終わった物から共有ファイルに入れる。ちょっとペース上げないとやばいぞ、七時までってこれ無理だろ、何でこんなギリギリなんだ。
「相馬君、終わったので半分もらって行きますね」
「えっ、あっ、おう、早いな」
陽菜の顔には疲れは見えない、いつもの無表情。
「はい、訓練されているので」
「頼んだ。助かる」
陽菜のおかげで終わりが見えてきた。布良さんも頑張っている、気合を入れなおしてパソコンと向きあう、パソコンの右下の画面はもうすぐ六時になろうとしていた。
「終わった……」
陽菜は布良さんの分の作業も引き受けていたようでまだ打ち込みしていた。その時だった。
「きゃぁ、えっ、どうして?」
「どうしたの布良さん」
「消えちゃった……」
「え?」
「ファイルごと消えちゃった」
「えっ、まじで。ちょっと待って」
確かに無い。一応パソコン本体から上げなおせるかもと思ったがそもそも本体には保存していない。
えっ、今から打ち直し?
「今から一時間でですか」
陽菜が騒ぎに気づいてこちらに来る。
「陽菜ちゃん、終わった?」
「はい、それと私が打ち込んだ分に関してはパソコンの本体の方にも保存してあるのでまだ終わる範囲かと」
「まじ?」
「マジです」
さて、陽菜がやった仕事は紙の数に直すと半分といったところ、しかしここで発覚した事実は布良さんのやっていた内容が全体の作業量を占める割合のほとんどを占めていたことだ、どういうことかというと、予算の書類など、打ち込む量が多い書類ばかりなのだ。
「ごめんなさい、二人にあまり迷惑かけないようにってしていたけど結局迷惑かけちゃって」
「気にしないでください。夏樹さんの資料はこちらに、私の方が打ち込むのは早いので」
「お願いします」
時刻は六時半、ごっそり消えてしまったファイル、一応復活できるか試してはみたが無理だった。
自分がやった仕事をもう一度やり直す。この事故は未然に対策しておけばある程度軽減できたものだ、つまり僕にも責任がある。
次々と打ち込み、今回は同じミスしないようにと本体にも保存、反省は活かしていかなければならない。
時計をちらりと見る。時刻はもう七時を過ぎていたけど、だからといって誰もそれを言い出さない。作業をする手は止まらなかった。
結局終わったのは七時半にもうすぐなろうという時間だった。
「ごめんね二人とも、結局こんな時間になっちゃった。先生に印刷頼んでくるから二人は帰って良いよ。また明日ね」
「はい、お疲れさまでした夏樹さん」
「おつかれ」
校舎はすっかり暗くなっていたけど運動部の活動をする声はまだ聞こえている。
そっと手を伸ばして陽菜の頭にのせる。
「相馬君?」
「お疲れさまって、陽菜に結構任せてた部分があるからさ」
「いえ、相馬君もいましたし。夏樹さんの頼みでしたから」
ふと、今ならどう答えるか気になった。
「学校生活は楽しい?」
「はい、とても。変ですか?」
「良いことだと思うよ」
夜の校舎をゆっくりと進む。雨はあがっているようで、少し冷える。きっと明日の朝、もし晴れたらかなり蒸し暑いだろう。
横を歩く陽菜がゆっくりとこちらを向く。
「ところで相馬君、いつでも撫でて良いとは申しましたがいつまで撫でているつもりですか?そろそろ玄関に着きますよ」
「あっ、ごめん」
次の日、窓際の陽菜の席の近くで、結局降ってきた雨に打たれるグランドを眺めていると、布良さんが上機嫌にやって来る。
「相馬君、陽菜ちゃん、おはよう!はいこれ、二人に昨日のお礼。これを飲んで今日も頑張ろう!」
「これは、デ〇ビタですか。いただきます」
「印刷は間に合ったの?」
「うん、どうにかね」
「そう言えば夏樹さん、どうしてあんなギリギリになったのですか?どうにも気になって」
「えっ……その。何でかなぁ」
「確かにそれは気になるな。委員長から提出されたものからどんどん打ち込んでいけばここまで慌てる必要は無いことだと思ったけど」
布良さんの目が泳ぐ、何となく真相が見えてきたが憎めないのはやはり布良さんの人徳だからこそなせるものであろう。
「夏樹さん……いえ、頼れる学級委員長。是非とも真相を教えてほしいのですが」
「その、陽菜ちゃん、気づいているよね?そんな目で私を見ないで、せめて笑って、無表情で私を見ないで、ゆっくりと近づいてこないで」
逃げようとするも、壁に追い込まれる。怯える布良さんを陽菜は黙って見つめ続ける。
その後観念した布良さんによって間違ってファイルを消してしまったので僕と陽菜に助けを求めたという事が発覚した。
「ごめんなさい、二回も同じミスしてごめんなさい」
「陽菜、まさか怒った?」
「いえ、全く。慌てている布良さんがあまりにも面白かったので」
全く面白いと思っているようには見えないのだが……。