間話 メイドとひな祭り。
その日、僕と陽菜は夏樹の家の前にいた、
「本当にお呼ばれしても良かったのでしょうか」
「良いんじゃない? それよりも僕が呼ばれていることに驚いているよ」
「まぁ、それは良いじゃないですか」
手に持ったちらし寿司。呼ばれたのだからと陽菜が頑張って準備していた。
「すいません。持たせてしまい」
「それは気にしなくてもよろしい。それよりも、呼び鈴ならそう」
「はい」
ピンポーンと鳴らす。
「はーい」
「宅急便でーす。女の子お届けに参りました」
「はい、どうぞー」
「悪ノリは辞めてください」
ドアがガチャリと開き、夏樹が出て来る。
「いらっしゃい。料理は色々で来ているけど。早速食べる?」
「いえ、とりあえず、ご両親は?」
「いないよ。あっ、じゃあ、雛人形見ようよ」
夏樹に手を引かれ、陽菜は家に入っていく。僕もその後に続く。そして、案内された部屋は、夏樹のお兄さんの仏壇があった部屋だった。
「じゃじゃん! 雛人形だよ!」
「あれ、この部屋って……」
陽菜もそれに気づいたようで、戸惑うように周りを見渡す。
「無いなら無いで広いけど、それでも何だか寂しくてね。出しちゃった」
夏樹はにっこりと笑う。その笑顔には寂しさや哀しさ無い。ただ、吹っ切れたような笑顔だった。
しばらくして、京介と入間さんも到着した。
「すまんな。披露できるような料理の腕前が無くてな。スーパーで買ったローストビーフで勘弁してくれ」
「入鹿も、どうかコンビニで買った揚げ鳥のセットで勘弁して欲しです」
「あはは、気にしなくても良いよ。来てくれるだけでも嬉しいから。……さて、陽菜祭り開催です!」
「待ってください、変換がおかしいです」
「ん? そうかな?」
夏樹の狙いは何となくわかっていたけど、やっぱりか。
昼休み、夏樹がウキウキした顔で提案してきたこと。
「今夜、私の家に来てパーティーしようよ。今日はひな祭りだし」
「どうしますか? 相馬君」
「僕は良いよ」
「良かった。昨日思いついたことだったから。じゃあ、準備しておくね」
急な決定だったけど、集まった面子。
「陽菜祭りって。ギャグですか……」
「まぁ、良いじゃん。ほら、衣装も用意したんだよ」
「……なんですか。それ」
「和風メイド服」
「……(ゴクリ)」
メイド服にこだわりがある陽菜、着たそうにしているけど、でも着るとは言いずらい、そんな雰囲気だ。
「よし、陽菜。着てみて」
「はい、わかりました」
夏樹から服を受け取ると、夏樹の案内で着替えに行く。
「なんだか、凄いですね。入鹿たちも演劇で使う衣装も手に入れるのに苦労するというのに」
「まぁ、結構値が張る奴もあるからね」
三分ほど経っただろうか。何故か着ていたのは夏樹だった。
「ふぅ。こんなものでしょうか」
「うぅ、陽菜ちゃん。ごめんね」
「謝らないでください。逆に怒りますよ」
「はい、すいません」
何があったのだろうか。
「今度、陽菜ちゃんのサイズに合う物、ちゃんと買うから」
「ありがとうございます。これ、一応私のスリーサイズです」
「わーいありがとう」
さらさらとメモ帳に書いて渡しているのだが、気にしている割にそこら辺はあっさり教えるのか。
「しかし、最初は真面目に喧嘩を売っているのかと思いましたよ」
陽菜の視線を感じて夏樹の肩がビクッと上がる。
「まさか、あんなゆるゆるの物を着させられるとは。夏樹さんのサイズですよ、あれ」
「だって、そこまで見ていなくて、特に確認もせず注文しちゃったんだもん。クリスマスプレゼントに渡そうと思ったけど、色々あって渡しそびれて、やっと渡せると思ったのに……」
「はい、よしよし。まあ。夏樹さんのうっかりは今に始まった事じゃありませんから。はい、もう良いです。それよりも料理を頂きましょう。給仕の方、飲み物はこれでよろしいのですか?」
頭をポンポンと撫でて、陽菜は話を逸らすようにコップを手に取る。
「あっ、はい。よろしいです」
夏樹は安心したように笑って、そして、ひな祭りが始まった。
「胸囲格差社会に血の粛清を」
ぼそりと呟かれた陽菜の言葉は聞こえないことにした。
「はぁ、酢の香りが食欲をそそる」
「大袈裟ですよ。夏樹さんの作った唐揚げも良い味です。パーティー料理の鉄則である冷めても美味しいがしっかりと守られています」
「わーい、褒められた―」
五人もいれば料理はどんどん減っていく。ちらし寿司も既に半分は無くなっていた。
「部活終わりの体には嬉しいぜ。今日は早く終わる日で助かったというのもあるが」
そして、テーブルの料理にも底が見えてきた。
すると夏樹が台所に入っていく。冷蔵庫を開くとデザート料理が出てきた。
「ではではお客様方、少し失礼」
「いつもはする側ですけど、される側というのも変な気分ですね」
「たまには良いんじゃない」
冷蔵庫から出したトレイを夏樹は不安気に眺めている。
「張り切って作り過ぎたのは良いけど、ちゃんと固まっているかな。まぁ、朝に作ったから固まっているとは思うけど」
「もしかして早起きして?」
「うん。思いついたら居ても立っても居られなくて。えへへ。どうかな、ひな祭りゼリーとひな祭りケーキ。美味しくできたと思うよ」
切り分けられたデザートが行き渡る。甘さはそこまで強くないケーキ。丁度良い。ゼリーもしっかりと固まっていて、そして彩りもあって見るのも楽しい。
「姉御は料理もできるのですね」
「えへへ、練習の成果だよぉ」
夏樹主催のパーティーは、そのデザートで終了となった。平日の夜に明日も平日、そこまで長くはできまい。あっさりしたものだが、それで良い。
親御さんが心配しているであろう入間さんと、明日朝練がある京介を先に返し、僕と陽菜は片付けに取りかかる。
「ごめんね、お客様に」
「こういう時はありがとうですよ、夏樹さん。それに、余程早起きしたのでしょう、眠そうですよ」
「そうかなぁ、えへへ」
確かに眠そうだ。
「いっぱい迷惑かけたから、いっぱいお返ししなきゃって思ってね。楽しかった?」
「はい、もちろん」
「そう、良かったぁ」
安心したように笑うと、眠そうに目を擦る。
「夏樹さん、そこのソファで休んでいてください。後はやっておきます。帰る時にまた起こしますから」
「あっ、うん。ごめんね」
慌てて準備する時間、その結果生み出された楽しい時間が終わり、気が抜けたとかそんな感じなのだろう。パーティー衣装そのままに、夏樹はソファで眠りに落ちた。
そして、そんなパーティーからしばらくたったある日。
「じゃじゃん! 陽菜ちゃん。これをプレゼンントフォー・ユー」
「これは……」
和風メイド服……!
「ちゃんと陽菜ちゃんのサイズに合ったものだよ、今回は」
「あっ、じゃあお金払いますね」
「ノンノンノン。これはプレゼント。はい、どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
「それを着てくれたら私はオッケーだよ」
「今度着てみますね」
「うん。それでおっけ」
楽しそうに笑う夏樹は、太陽のよう、そんな事を思った。
きっと彼女は、今の僕らの関係に無くてはならない存在だろう。そう思う。関係が冷えることなく、暖かな気持ちになれるのは、彼女がいるから、そう思う。
僕と陽菜の今の関係も、彼女が色々気を回してくれたからだと思う。
「うーん、相馬君は何を着せたら面白いのかな」
「面白いという観点が既におかしいよ」
「でしたら、これとかどうでしょう」
陽菜が何やら思いついたような顔で夏樹にスマホの画面を向ける。
「おぉ、カッコいい」
「わかりますか? この片目だけ覆っている仮面がポイントなんですよ」
「待て。色々待て」
「じゃあ、次は仮装パーティーとか良さそうだね」
「ですね」
陽菜と夏樹の謎の意気投合。カッコいい衣装に少し興味をそそられた、それは否定できないけど、でもなんだろう、これで気を許したら駄目な、そんな本能からの警告が聞こえた、そんな気がした。