夏樹√第三話 親友とパーティー準備。
少し暗い体育館に、陽菜は静かに佇んでいた。
周りは集会の前の騒がしい時間。みんなそれぞれコートを着込み、整然とは程遠いが、まぁ整列はしている。
「緊張してる?」
「全くです」
陽菜はそう言い切る。今回の進行を任された陽菜はマイクの前でプログラムを眺め、そして目線を生徒の集団に向けた。
「間もなく終業式を始めます。生徒の皆様は整列してください」
陽菜の静かな、けれどよく通る声が響いた。不思議な迫力を以てそれは届き、生徒たちは静まり返り、綺麗な列が作られる。緊張していないというのは嘘ではないようだ。
そして予定通りの時間。チャイムと共に始まる。
「会場の皆様、ご起立ください。……校歌斉唱」
吹奏楽部の演奏が鳴り響く。それと共に体育館に響く歌声。
会長はというと壁にもたれ掛かり目を閉じている。いや、歌えよ。ん? よく見れば口は動いているな。
そして、表彰式、校長先生式辞と式は進む。会長の話はやはり上手いもので、生徒たちの興味を引き付け、最後は陽菜が止めるまで拍手が鳴り響いた。
閉会の言葉、さて、ここからが本番か。
「看板、右をもう少し上げてください。はい、そこでストップです」
もうすぐ準備は終わる。陽菜は乃安を連れて家庭科室でお菓子作りをしている事だろう。
スマホが震える。
「ん? はい。こちら副委員長」
『あっ、もしもし? こちら買い出し班。今そっち向かっているんだけど、間に合いそうにない』
「えっ? 何かあった?」
『自転車転んで、怪我は無いんだけどチェーンが切れてまともに走れなくなって」
「そうか。持てるだけ持ってきてくれ。こちらで手を打つ」
『はい!』
飲み物班とお菓子班で分けたのが吉と出たか。さて、どうする。
準備に人を割くために前半は陽菜と乃安の作ったもの、登校の時に持ち寄ったもの。それと買い出しに出した二人のお菓子で持ち堪え、その間にさらに買い出し班を出して予定していた量を用意するつもりだったのだけど……。
「ふむ……」
「どうしたの? 相馬くん」
「お菓子足りなくなるな。いや、待てよ」
また電話が鳴る。
「どうした?」
『転んだときにお菓子が駄目になってるやつも出てきた』
「あぁ、了解。わかった。報告ありがとう。どれくらい?」
『籠に入ってた半分くらい』
「あいよ」
怒っても仕方ない。怒る暇があるならどう対処するか考えるべきだ。
飲み物はある。それだけでもたせるのは無理があるか。
「わかった。予定変更で。お菓子はまずは家庭科室に持って行ってくれ」
「? わかった」
多分、ポテチ類は無事と考えてい良い。駄目になったのはビスケット類だろう。あれらは箱や袋を潰せば中も潰れる。
安全のために二人で向かわせたが、恐らく一人で全部持ってこれるはずだ。
一瞬、陽菜と乃安をけしかけてフル稼働。買い出し班を大量に出して材料を買い込み、ディナーパーティーと洒落込もうかとも考えたけど、時間も予算もかなり足りない。
さて、そうなると。
「よし、見えた」
「相馬くん? おーい。そろそろ相手してくれないと夏樹が泣くぞ」
見上げて来る夏樹の頭をポンポンと叩く。子ども扱いにむすっとした顔になる。
「よしよし。良い子良い子。夏樹、お願いがあるけど良いかな?」
「おっ、頼りにしてくれるのね。わかった。任せなさい!」
わかりやすいくらいに嬉しそうになる。こういうところは扱いやすい。
「この場の指揮を夏樹に任せる」
「相馬くんはどうするの?」
「ハプニングをどうにかするよ。会長はステージ演奏の人たちの指示に忙しいし、動ける人が動くさ」
「うん。わかった」
「よし……もしもし? 陽菜」
『はい、どうかされましたか?』
「乃安はまだいる?」
『はい。待機させてます。クッキーとビスケットはいつでも出せます』
「よし。余った材料ってどれくらい?」
『そうですね。ある程度対応できるよう、まぁ、少しは使いましたけど。暇だったので乃安さんとガトーショコラとか作っていました。打ち上げ用に。ただ、だいぶケチったのでまぁ、残っています』
「はぁ……本当、頼りになるよ。その打ち上げ用を今すぐ出せるようにできる? あと、そっちにお菓子が届くように指示したから、それをパーティー風に盛り付けてくれ」
『わかりました。余裕です』
「頼りにしている」
『お任せください』
「乃安に変わって」
『はい。乃安さん、こちらに』
『もしもし? 先輩、私に何か?』
「あぁ、余った材料使って好きなだけ料理して良いよ。ただしお菓子限定。和菓子洋菓子は問わない。テーマはクリスマスで」
『い、良いのですか? 陽菜先輩が、何かあったら困るから残して置けって」
「良いよ。どうせ今日が終わったら学校では使わないし」
『はい! お任せを。考えていたレシピが試せます!』
とは言っても、今からじゃ間に合わない。だからこその盛り付けなんだけど。紙皿でポンと出すより、しっかりと盛り付けた方が印象が良いし、少ないのも誤魔化せる。
しかし、乃安は本当に料理が好きなんだな。文化祭とか楽しそうだったし。
「あとさ、駄目になったお菓子も届くと思うから、それも活かしてくれ」
『お任せを。朝比奈乃安。先輩の期待に応えさせていただきます!』
よし。あとは。
「もしもし会長」
『どうした。こちらは忙しいのだが』
「会長って歌って踊れて楽器ができるタイプ?」
『当然だ』
さっさと本題に行けという声だ。
「いやぁ、やっぱ最初は会長の美声とか披露するのも良さそうだなと」
『そっちで何があったのか?』
「お菓子がね。トラブった。対応自体に問題は無いとは思うが、一応ね」
『ほう、そして俺を見世物にしようと?』
「そんなところ」
ため息が聞こえた。呆れたような、けれど嬉しさも混ざっているように聞こえた。
「ふぅ、良いだろう。しかし楽器はピアノしかないか。まぁ、それがあれば十分だろう」
ステージからまだ下ろされていないピアノ。うん。よし。
「じゃあ、頼む。みんなを魅了してくれよ」
電話が切れる。あぁ、まぁ、これでどうにかなるか。後は始まってみないとわからないところだろう。やれるだけの事をやっても何かが起こるのが本番というものだ。
「うん? 夏樹?」
スマホを下ろすと、夏樹がこちらをじっと見ている。
「ねぇ、相馬くん」
「うん?」
何かを言おうとしてまとめよとしている、そんな雰囲気。けれどそれが言葉になる前に。
「副委員長! ちょっと!」
「あぁ、ごめん。夏樹また後で」
「う、うん」
さて、忙しいな。でもあと少しすれば落ち着くだろう。夏樹もすぐにどこかに呼ばれていった。
「相馬君。こんな感じでどうでしょう」
ようやく落ち着いた。見てみればテーブルには綺麗に盛り付けられたお菓子が並んでいた。うん、しばらくは大丈夫だろう。
「ありがとう。無理言ったと思うけど、大丈夫だった?」
「相馬君は我々を甘く見過ぎですよ。この程度、造作も無いです。むしろ全力を出す機会を与えてくれて嬉しく思います。この量をこの短時間で盛り付ける。楽しくやらせていただきました」
乃安はまだ出てこない。予定外に減ってしまったお菓子のカバーを任せたような形になるが、陽菜が手伝うわけでも無くこちらに出てきたという事は大丈夫という事だろう。
人を使うというのは慣れない、上手く使えていただろうか。
上に立つというのはこういう事か。自分では手に届かない範囲を見渡し、そこに誰かを向かわせ、自分はまた別の方向を見る。起こると予測されること、そしてそれと連鎖して起こる事を予測し、それも誰かにお願いして封殺。そして自分はまた別の所に動く。そうしながらもまた起きた事に対処する。
まるでチェスだな。始まる前から疲れた。
「どうぞ、ガトーショコラです。卵とチョコだけのとても簡単なものですよ。頭の疲れには一番です」
「貰う」
甘さ控えめ。だけど、うん、靄がかかった感覚が晴れていく。
「ありがとう」
「こちらこそ。的確な指示をありがとうございます」
そろそろ位置に付こう。開場の準備だ。夏樹は今頃受付しているだろう。僕も行かねば。
「陽菜、後は頼んだ」
「はい」
会場を走る。陽菜が準備したから大丈夫だとは思うから流し見でさらっと点検。
今更ながら、自分が本気で準備していることに気づいた。