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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 秋
117/186

第百八話 メイドと拗らせます。

 一人、ぼんやりと海を眺めていた。

 十月になって、すっかりと冷え込み、冬の足音を感じる。僕は一人、自分の住む町から離れ、あの温泉街へ。そこで母さんの墓に花を添え、その帰りをぼんやりと歩いている。

 見上げた空は、どこか哀愁を漂わせる秋空だ。

「はぁ」

 帰らなければいけないのはわかっている。でも僕は、どうすれば良いのかわからなかった。

 そもそも、母さんの命日でも無いのに、どうして僕が一人でこの町にいるのか。 

 そう、僕は絶賛家出中だった。



 


 修学旅行が終わり、少しの休みの後、僕らは文化祭の準備に取り掛かった。

 そうは言っても、このクラス、夏樹を中心とした人たちの指揮により準備自体はあっという間に、何の障害も無く終わった。

「私が会長になる前提の根回しは意味が無くなったし、クラスに全力で専念したよ」と言うのは夏樹の談だ。

 そして始まった文化祭はまぁ、凄かった。

 新会長の指揮により始まった文化祭は、生徒会企画目白押しだった。開会式、会長の挨拶に過剰演出。暗闇からの後光、そしてドライアイスによる煙。「文化祭の開催をここに宣言する!」の一言のために何をしているのだ。

 そして体育館のステージでは歌うま大会とか早食い大会とか。有志が何かをするまでがら空きのステージが、常に何かで盛り上がるという、新しい試み。体育館に活気ができた。

 ちなみにうちのクラス。二年生はなにやら社会との交流を深めるとかそんな名目で、どこかの企業から商品を仕入れ販売しろと言う学校からの縛り。それを屋台で売るだけならと、当日販売のシフトに含まれない人たちが出てきた。

 実際に企業側との交渉に赴いた僕と陽菜はシフトから外された。

 陽菜が入間さんと協力して企業さんの弱みをたっぷり握って、もはやゆすりとしか思えない交渉を展開したのは、横で座っていて心臓に悪かった。というか、入鹿さんの情報収集能力の高さは一体どこから来るのだろうか。陽菜もそこには疑問を持っていた。

 せっかくだからと陽菜と一緒に一年生の乃安と君島さんのクラスを見に行った。


「あっ、先輩。らっしゃい! 鉄板焼き屋です」


 あべこべな客引き文句が聞こえた。

 えっと、ステーキ、お好み焼き、もんじゃ焼き、たこ焼き、焼きそば。うん? ステーキ?


「お客様を制限することで質の向上を図りました。どうぞ、カウンターしかないので。って、屋台ですからカウンターも何もありませんか」

「あっ、うん」


 三年生と並んで営業する一年生の屋台。一年生という事で全く並ぶこと無く入れた。

 鉄板の前に設けられた椅子に座る。

 目の前で乃安がステーキを焼き上げる。


「単価も高めにしたので、お客様も少ないでしょう。だからこんな事ができるのです」

「でもこれ乃安、休めなくない?」

「あぁ、大丈夫です。何か知らないですけど、どこかのレストランの息子さん? 私と同じくらい料理できるので。二人で回しています。他に注文ございますか?」


 どうやら乃安の言う通り、並ぶお客様もいない。とりあえず全種類注文して売り上げに貢献することにした。

 味はものすごく美味しいが、うん。文化祭と言う場には相応しくないだろう。いろんな意味で。

 片手でたこ焼き焼きながらもう片方の手で焼きそばを焼き、それと同時にお好み焼きを作るのは驚いたが。



 「お腹一杯」

「さすがに、乃安さんのお店で頼み過ぎですよ」

「うぅ、すまん」

「飲み物買ってきますから、少々お待ちを」


 ベンチに座り込み、腹を落ち着かせるが。いや、美味しいのが悪い。


「隣、良いか? 日暮相馬だな」

「どうぞ、そういうあなたは、会長か。どうして僕の事を?」


 隣に座ったのは、そこそこ暑いこの日に、学ランをばっちり着込んでいる生徒会長、黒井琉瑠だった。


「君は有名さ。可愛い女の子を侍らせる男として。男子の羨望の的、それが君だ」

「はぁ」

「ほぅ、ふむ、君のクラスには布良夏樹がいるな。彼女は既に生徒会にいる。どうだい、君がいつも一緒にいる朝野陽菜、朝比奈乃安、とともに生徒会に入らないか? 入間入鹿は既に部活動に入っているな。だが、彼女も非常に欲しい人材だ」

「興味無いです。帰宅部が良いです」

「君たちの今回の仕入れ交渉の手腕は聞いている」

「弱み握って脅迫しただけ。というか、何で僕まで?」

「知れた事。今私が勧誘した人々が、私の指示で十全に能力を発揮して動くと思うか? 君を心から慕っているではないか」

「はぁ」

「そしてそれは、君がそれだけの人望がある事を示す。人望ある人物は反乱分子になった時が厄介だが、組織にいくらかは必要だ」

「あんたは何を目指しているんだ」


 どうもこの人の前では意識しないと敬語使ってしまうな。同い年なのに変な気分だ。


「世界征服、だ」

「はぁ?」

「俺はそのために生まれた。そう確信している。そして俺は初めてだ。俺の前で完全に遜らないやつを見るのは。故に俺はお前を一人の盟友として迎えたい」

「夢見がちな言動はそこまでにしておきなよ」

「本気だ。俺は。それが俺に与えられた役目だと思っている」

「そうかい、そうしたいなら具体的な理想を持ってきてからにしてくれ」

「わかっている。今から話そう、と思ったがどうやら帰ってきてしまったらしい、あれは、朝野陽菜か。ではな、また会おう。それと、朝比奈乃安に伝えてくれ。鉄板焼き非常に美味である。あれはもっと世に広めるべきものだと」


 会長が立ち去り、陽菜が戻って来た。


「あれは、会長さんですか? お知り合いだったのですか?」

「いや、初対面だ」


 変なことを言う奴だと思った。けれど、どうしてだろう。父さんを思い出す。

 いや、良い。考えないようにしよう。厄介ごとには首を突っ込まないのが吉。


「行こうか、陽菜」

「はい」


 そして今年は、仕入れを安く済ませたという事もあり、黒字どころか結構な設けを出した。生徒会に納入する分を引いても結構残る。

 去年を超える成果に夏樹も満足げだ。




 「相馬先輩、聞いてください」


 打ち上げを終え、家に帰ると、乃安がぐったりしていた。


「どうした?」

「二日目、誰が広めたのか、うちのクラスの鉄板焼きは非常に美味しい、そのまま店を出せると。おかげでカウンター式を捨て、普通にお持ち帰りにしないと追いつかないという。私ともう一人では回しきれず、注文を取る人と列整理が必要になりましたよ」


 僕は一人の人物が頭に浮かんだ。やせ型黒髪、整った顔立ち。黒井流留。うん、あいつ一日目に乃安の店行ったみたいだし。


「それは大変お疲れ様です。乃安さん。今日は私たちも打ち上げで食べてきましたし、このまま泊ってください」

「そうさせてもらいます」


 ふぅ、これですぐに体育祭あるんだもんな。どうなることやら。




 しかし、疲れていたはずの乃安は部屋に来た。


「どうかしたの?」

「あー、いえ。やっぱり寝る前にお話しってしたいじゃないですか」


 そんな微妙な雰囲気を醸し出しながら、ベッドに座る僕の横に座る。


「どんな話題?」

「お任せします」


 グイグイ来るはずの乃安が、妙にしおらしい。


「じゃあ、乃安。生徒会とか興味ある?」

「先輩が入るなら興味あります」

「そっか」


 黒井会長の言う通りか。僕が入らないなら入らない。僕が入るなら入るか。


「修学旅行、楽しかったですか?」

「うん。楽しかったよ」


 乃安は僕の横顔をじっと見つめているのを感じた。それは探るような目つきで。痛くない腹を探られる子どもの気分を味わう。

 そして、乃安がゆっくりと話し出す気配を感じた。


「先輩、今でも陽菜先輩の事、好きなんですね。気がつけば一緒にいて。修学旅行で何かありましたか?」


 それは、目を背けようとした事実だった。

 弱い僕が相応しい僕になるまで覆い隠そうとした気持だった。

 最低な僕が、抱いてはいけないと消し去ったはずの思いだった。


「……の……あ?」

「わかりますよ。だってずっと見てました。……やっぱり、私じゃ駄目かぁ。代わりは無理かぁ」

「代わりとか、駄目とか。そんなんじゃ。だって」

「良いんです。先輩、元々私の暴走みたいなものですから。治めようとして、結果的に引っ掻き回しただけ。それが私のやったことです。その、こう言っちゃなんですけど。応援しますから。明日から一緒に頑張りましょう。それでは、今日はおやすみなさい」


 にっこりと、いつもの、僕まで顔が綻ぶような笑顔で笑って、そして背を向け部屋を出て行く。

 傷つけた。そう思った。

 それからの行動は早かった。

 僕は荷物を纏めた。そして早朝、始発に合わせて窓から家を出た。置手紙はちゃんと書いた。


「もしもし、おじいちゃん。しばらくそっちにおいてくれないかな」

「えっ、あぁ」

「ちゃんと手伝うからさ。おねがい」

「……わかった」


 それが僕の家出したきっかけだった。

 修学旅行終わってから、文化祭の準備と言う理由を付けて確かに僕は陽菜と一緒にいることは多かった。でも乃安を蔑ろにしたつもりは無い。

 でもそれでも、僕の中途半端に揺れ動いていることを見逃すような人では無かった。

 気まずさにかまけて一週間。体育祭はボイコット、間もなく中間試験だというのに何をしているのだか。

 スマホの電源は切りっぱなし。どれだけの連絡が来ているだろうか。こうなったらとことん逃げて、父さんでも探しに行くか。

 いや、わかっている。こんなことしたって意味は無いと。心配かけてみっともないと。ちゃんと話し合うべきだと。

 乃安は傷つけないように最大限気を使ってくれた、それは身に染みてわかる。それでも乃安を傷つける事に僕は耐えられなかった。

 そして陽菜に甘え続けるのも耐えられなかった。


「とか言いながら、何ややこしくしているんだよ僕は」

「ほんとだぜ、全く。まっ、傷心旅行ってとこだろ。付き合うぜ」


 頭を上げる。そこにはバイクのヘルメットを小脇に抱え、ニヤリと笑う、ここにいていい筈が無い男子高校生がいた。


「京介がいるということは」

「いや、俺一人だ。朝野さんも朝比奈ちゃんもすぐに居場所がわかったからと行こうとしていたけど止めた。今のお前にあの二人は毒にしかならんだろ」

「助かる」


 よくよく考えれば今は週末か。


「というか、俺が知らねぇ間に随分とややこしい事になっていたんだな」

「まぁな」

「まっ、お疲れさん」

 ポンと投げられたコーラの缶を開ける。失念してた。中身が吹き出し慌てて口に含む。

「ははっ、しっかしここは良い場所だな。良い感じに世間から切り離されつつも、それでもちゃんと発展はしていて」

「まぁな。人口はそこそこ多いからな」

「どれ、何する?」

「何って?」

「決まっているだろ。ちゃんと弥助さんたちには許可を取って来た。遊ぶぞ。ほれ、メットだ。後ろ乗れ」

「えっ?」


 そうして、僕は京介に半ば拉致されるように連れ出された。


 

 

 

 




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