第百五話 メイドと修学旅行。
京都の町、なんというか、整理されてるし妙な統一感があるなと思う。和の趣、古都と呼ばれるだけある。街並みを守るための景観条例があるらしいけど、おぉ、馴染みの看板の色が違う。
「楽しそうですね、相馬君」
「というか、寺多くない?」
「寺院だけでも1700あるそうです」
「マジで」
ガイドさんの挨拶が続く。そして、マイクが夏樹に渡る。
「はーい! ではではでは、次の目的地に着くまでの間何かやりましょう! というわけで何をしようか、歌でも歌おうか、歌おう」
何故かアカペラでふるさとを歌いだすも、バスの中の全員の気持ちが一致した。
(音痴だ)
「ご清聴ありがとうございました!」
まばらな拍手が響く。
あぁ、バスの中はこんなノリで進むのね。それはそれで面白いかも。
「帰ったらまたカラオケに連れて行きましょう」
「カラオケは楽しむ場所だからね」
隣に座る陽菜に手を伸ばしたかった。おかしい。というか、最低過ぎないか僕。
「どうかしましたか?」
「あっ、えっ?」
「妙に視線を感じましたので? 髪に何か付いていますか?」
「ううん、大丈夫。何の問題も無い。いつもの陽菜だよ」
駄目だ、冷静になれ。落ち着け。深呼吸。
「相馬君、大丈夫ですか? 酔いましたか?」
「大丈夫。うん、大丈夫。僕が最低なのは今に始まった事じゃない」
「はぁ、いえ、今話す事じゃないですね」
僕の心境に関係なく、バスは目的地に着いた。
「東寺、か。何かこう、和、だね」
「世界遺産ですよ。重要文化遺産、宝蔵も有名ですね。周りにある堀は火災による延焼を防ぐためです」
「よく知っているね」
「予習の成果です」
個人的にはもう少しじっくり見たかったが、スケジュールが定められているのが集団での旅行。物足りない気分を味わいながらバスに戻る。
平安神宮。
「なんかこの光景、カンフーがしたい!」
「おっ、やるか相馬?」
「陽菜、カメラで連写の準備しといて」
「はぁ? わかりました」
京介が何か気を貯めるような動作をする。
「よし、来い! 陽菜、頼んだ!」
京介が気を放ち、僕が吹っ飛ぶ。それと同時にカメラがその瞬間を切り取った。
何らかの見えない力に吹っ飛ばされる僕が完成だ。
「どれどれ。おっ、良く撮れてる」
「こら、もうみんな行っちゃうよ」
「はーい」
委員長モードの夏樹に連れられまたさらりとだけ見てバスに戻る。あぁ、じっくり見たい。また来よう。
しかし、紅葉が綺麗だ。風が気持ち良い。日本って美しいんだな。
さて、旅館だ。
「い、意外と立派だ」
「だな」
外に広がる京の町、昔の人もこれに近い光景を見ていたのだろうか。
部屋はそこそこ広く、風呂までついている。
とりあえず、座ってくつろぐ。夕飯も美味しかったなぁ。その時、反射的に左手が動いた。
「おっ、取ったな」
手の中にあったのは枕。
「今から夜は自由時間だ。さぁ、寝るまでこいつで勝負だ」
2人部屋、後ろにある押入れを開けばそこには追加で二個。これで球は三発。けれど相手は野球部、油断はできない。
「相馬君、桐野君失礼します」
不意に開いた扉、僕が投げた枕、京介がそれを避け、丁度扉の方向に。
陽菜の手が素早く動く。枕をキャッチ、そしてそれは京介に叩きつけられた。
「何故に俺!?」
「目の前にいたので。なるほど枕投げですか」
陽菜に続いて、夏樹と入間さんが入ってきて、僕の班が丁度そろったことになる。
「枕投げかぁ、私もしたいなぁ」
「辞めておいてください、夏樹さんは枕の山に埋もれる未来しか見えません」
「ですよねぇ」
と言いつつも、枕のキャッチボールは続いている。
「というか、男女間の部屋の行き来は禁止のはずだけど」
「先生方なら今頃酒盛りしてますよ」
「えっ?」
「たまたま私の鞄に入っていた少しお高い日本酒が、たまたまお酒好きな校長先生の鞄に紛れ込んでしまったので」
「うーん?」
じっと陽菜が僕の方を見つめる。けれどすぐに逸らす。
「楽な隠密行動です」
鞄を漁ってUNOを取り出す。空気を和ませるには丁度良いだろう。
「あっ、UNOって宣言してない。はい、一枚引いて」
「やっべっ、忘れてた」
なかなか決着がつかない、妨害カードがバランスよく回っている。ドロー4が強すぎる。
「おっ。よし、UNO」
「マジかよ。相馬、上がれると思うなよ」
「ほう」
再び一周。
「ほい、ドロー2」
「何!?」
けれど、あはは、出来過ぎだ。
「三枚だしだと!」
「よし!」
運ゲーで一抜けとか久しぶりだぜ。
夜は深まっていく。先生の見回りの時間になっても誰も来なかった。緩すぎだろ。本当に陽菜の言う通り酒盛りして眠ったのか。
夏樹と入間さんは寝た。京介も途中で寝ると宣言して眠った。
「どうする?」
「明日早めに起こして連れて戻ります」
「じゃあ、寝るか。陽菜は布団使ってくれ」
「えっ、いえ、ここは元々相馬君に割り当てられた部屋ですよ」
「良いよ。女の子を畳で寝かせるわけにはいかないし」
一緒に寝る。そんな選択肢も浮かんだ。けれど、言い出せなかった。どうして、今になって僕は陽菜を強く意識しているんだ。
「私は、メイドです」
ぽつりと呟かれた、僕に向かってではない、自分に言い聞かせるように紡がれた言葉だ。
「私はメイドなのに、なのに。……すいません。やっぱり自分の部屋に戻ります。夏樹さん、入鹿さん、起きてください」
「ふぇ? あっ、戻らなきゃね。ごめんごめん」
女子たちが部屋を出て行って、静寂が部屋を支配した。
僕を非難しているわけでは無い、それはわかる。でも、陽菜が辛そうにしているように見えた。
無事部屋に戻り、私は部屋備え付けのお風呂で二回目のお風呂と洒落込んだ。
先程の動揺がまだ残っていた。相馬君の目の前で、私は何をしているんだ。
湯船に肩までつかる。じんわりとした温かみ、広がっていく。
「……私は、メイドです」
私が私の気持ちに正直になるのは、メイドであることを捨てる事。グッと胸の前で手を組む。
「後輩の彼氏にこんな気持ちを抱くだなんて、私、最低です」
その時、お風呂の扉が開いた。
「やっぱり陽菜ちゃん。お邪魔します!」
「……狭いです」
「ええじゃないかええじゃないか」
どうやら二度寝ならぬ二度風呂と考えたのは私だけでは無かったようだ。体育座りで向かい合うように浸かる。
「私は嬉しいな、陽菜ちゃんが積極的で」
「何のことですか?」
「だって、自分から男子たちの部屋に行きたいって言うとは思わなかったもん」
「すいません。付き合わせて」
「良いの。嬉しいから」
「何が嬉しいのですか」
こちらの事をじっと見ながら、にっこりと笑う。
「陽菜ちゃん。自分の気持ちに素直になろうよ」
「……それは、できません。だって相馬君には……」
「知ってる。それでもだよ。だって、好きは好きでしょ? 耐えようと思って耐えられない好きなら、それは本物だよ。本物の好きを、どうして覆い隠そうとするかな」
「それは……」
言えない、私の立場を、夏樹さんに教えるわけにはいかない。
「秘密?」
「すいません」
「良いよ、秘密を許し合う、とっても素敵」
「そうでしたね、夏樹さんは」
儚い笑顔。濡れた髪がしっとりと肩にかかって、それはまた別の魅力を放っていた。
「陽菜ちゃん、後悔だけはしないでね」
「……はい」
私は、何を捨てるのだろう。前に進むというのはこういう事なのだろうか。今までの私の在り方が、ひたすら前に進む在り方、それの本当の厳しさを味わっていた。私はまだまだ甘かった。
「のぼせちゃいそうだから上がるね」
「はい、私も上がります」
「じゃあ、拭き合いっこしよう!」
「えっ、あっ、くすぐったいです」
「そういえば弱かったねぇ、くすぐりに」
「あひっ、やめてください!」
「あはは、ごめんごめん」
修学旅行、そういえば相馬君が言っていた。修学旅行は夜の方が盛り上がる変な行事だって。
明日、ちゃんと相馬君に謝らないと、きっと今頃心配している。