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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 秋
113/186

第百四話 メイドと始める修学旅行。

 朝、学校の前。バスの中。集合時間三十分前に着き、僕と陽菜は隣り合わせで座っている。


「少し早すぎましたか?」

「早いに越したことは無いよ」


 陽菜と窓際の譲り合いをし、譲り合いにおいてメイドに勝てるはずもなく。結果僕が窓際に座る事になった

 まだ夜の闇の方が町を支配している。重そうに旅行鞄を携えてやって来る顔馴染みの人々。

 ぼんやりとここ一週間の事を思い返す。




 選挙の結果が出た夜。思い返せば考える事の多い選挙だったと思う。そんな日の夜、乃安が部屋までやって来た。


「先輩、お邪魔しますね」

「うん」

「あれ、起きてましたか。考え事でもしていたのですか?」

「そんなところ」


 丁度良い。考え事を考えすぎる時、はっきりと答えが出ていなくてもまとめたくなる時が来る。人に話したくなる時が来る。そんな時の話し相手としてうってつけの良い相手だ。


「乃安、少し話さない?」

「良いですよ。元々、そんなつもりで来ましたし」

「うん、でも乃安がわざわざ来たなら、そっちの要件からで良いよ」


 そう言うと、上品に笑って、ベッドに腰かける僕の丁度横に座った。


「いえいえ、要件は無いのです。ただ、ちょこっとお話がしたいなって。話題が無くても隣にいれたらって、そんな風に思っただけですから。だから、先輩がわざわざお話ししたい事があるなら、それを聞きたいです」

「そっか」


 電気を消してキャンドルを灯す。それは最近のマイブーム。考え事をする時はこうして眠りに落ちるまでキャンドル特有の優しい明るさの中で過ごす。


「こうして、色々な事思い出してさ、何か変われたのかな、僕は」

「先輩は先輩ですよ。思い出したくらいで何も変わりません。敢えて言うならそうですね、少し意見をはっきりと述べるようになったくらいでしょうか」


 キャンドルの明かりに照らされた乃安の顔は優しい微笑みを浮かべていた。


「乃安、あの時はごめん。あんなに止めてくれたのに、無視するようなことして」

「良いのです。でも、あれが私の本音であるのは間違いありません。それだけは忘れないでください。おかしいですよね。実を言えば、先輩にお付き合いを申し込んだ時も、ただの思いつきでしたし。なのにこれは本音だと言えるのですから」

「あっ、そうなの」

「だから、正直、私の中にある感情が、何なのか、わからなくて。あはは、駄目ですね、わたし。でも、これだけは言えます。先輩の傍にいるのが、私は好きです。先輩には、笑顔ていて欲しいです。あっ、ごめんなさい。先輩の話を聞くはずだったのに、自分の話ばかり」

「それは良いよ。なんというか、こんなに思われているなんて思わなくて」

「あら、先輩お気づきでは無かったのですか? 先輩が思っているより、先輩の事を思っている人いますよ。認識が甘いです」


 悪戯っぽく笑って、頭を撫でて来る。


「先輩、どうぞ甘えてください」

「後輩に甘えてもな」

「良いですから。はい、どうぞ」


 強引な膝枕。けれど抵抗する気も起きないからそのままでいた。


「嘘が人を救う事がある。過去を捨ててそこからやり直すことができる。でも、それと正反対の事がある事を知って。どうしたら良いかわからなくなってさ」


 嘘に救われてきた僕がいて、嘘に裏切られた君島さんがいて。過去を捨てて真っすぐに立って未来に歩く京介がいて。過去を捨てて、拾わなければ立つことすらできない僕がいた。


「弱いな」

「弱くても良いじゃないですか」

「まだ傷ついてほしくないって?」

「当たり前ですよ」

「陽菜の事、怒らないでね」

「わかっています。陽菜先輩に謝られてしまって。熱くなり過ぎたと」


 陽菜が声を荒げたのは、確かに初めてだった。あの時、彼女は何を言おうとしたのか。それを今更聞きだすのは、陽菜なら教えてくれるかもしれない、けれど、だからと聞いてしまうのはどうなのだろうか。


「このまま眠っても大丈夫ですよ」

「うん」


 弱い僕が嫌いだ。でもそんな僕を好きだという人がいる。

 涙が出そうだった。でもここは堪えた。今泣いてしまったら、何がとは言えないが、何かが崩れそうだったからだ。






 「修学旅行行くんでしょ。京都だっけ? 宇治抹茶カレーのレトルトよろしく」

「そんな直接的にお土産の要求されたの初めてだよ」


 それは何となく足が図書室に向いた昼休み。無意識のうちに避けていた場所。生徒会の仕事の手伝いでしか足を踏み入れた事の無い場所。

 そこには頬杖ついて何故かセンター試験の過去問を黙々と説いている君島さんがいた。懐かしさを覚えながら目の前に座れば、ぱたんと問題集を閉じて顔を上げた第一声。それがお土産の要求だった。


「というか、何でここにいるの?」

「思うところがあってね。会いに来た」

「ふーん。乃安に言いつけてやろ」


 ぶっきらぼうな無表情は今日も健在。


「別に良いよ」

「あっそ」

「なんでそんなに勉強するの?」


 それはずっと抱いていた疑問だった。会えばいつだって勉強していた。


「勉強するのに理由がいるの?」

「いや、わかってはいるよ。今から受験を見据えるのは大事だって。でも、気になって」

「ふーん。ふぅ。理由は本当に無いよ。ただ単純にやりたいからやってる。あんたの苦手なことだよね。理由もなく何かをやる。物事に理由を求めすぎなんだよ、あんたは」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。それと同時に立ち上がるとさっさと図書室を去って行った。




 目を開ける。そこはバスだった。パシャリと写真を撮る音が聞こえた。


「ふふっ、やっぱり二人は仲良しだね」

「うん? 夏樹?」


 寝ていたのか。


「あっ、気をつけてね」

「えっ?」


 肩に感じる不自然な重さ。首だけで横を見ると陽菜も眠っていた。


「お互い寄り添って寝ているんだもん。出発してもみんな静かでしょ。というわけでまぁ、お駄賃? として頼れる委員長が先生から預かったカメラでパシャリと一枚」

「鬼か、君は」

「あぁ、大丈夫。私のスマホでも撮ったから」

「何が大丈夫なんだよ」


 陽菜を起こさないように小声でやり取り。しているのだけど、もぞもぞと横で動く音。


「あっ、相馬君。ごめんなさい」

「あぁ、ごめん。起こした?」

「いえいえ。それよりも、相馬君。きゃっ!」

「おっと」


 バスが揺れる。僕と陽菜の顔がぶつかる。それは久しぶりに感じた柔らかい感覚。ほんの一瞬だけど、でもその瞬間の記憶は脳に強く焼き付いた。


「陽菜」

「えっと、あの、その!」

「はい、いちゃいちゃはそこまでね」

「はぅ」


 バスの中を平然と歩く夏樹に陽菜は後ろからむぎゅっと抱きしめられる。

 心臓がうるさい。ほんの一瞬の出来事に、僕はあっさりと揺らいでいた。

 それは陽菜も同じようで、陽菜も平常より顔が赤かった。目を合わせようとしてくれない。夏樹は楽しそうに笑い、一部のクラスメイトは意味ありげな視線を送る。

 バスは一瞬で少し居づらい場所に変わった。




 所変わり新幹線。班ごとに座り、椅子を回してボックス席に。東京駅、いやはや、日本の中心と考えると感慨深いものがあった。


「見てみて陽菜ちゃん! 山だよ!」

「そうですね。地元で散々見ているじゃないですか」

「都会的な風景から自然の風景へ。その早変わりを楽しむの」

「なるほど。それは確かに面白いですね」


 ようやくお互い落ち着いた。イチャイチャしているようには見られてはいても、その、顔が衝突してあれなことをしたことには気づいていないようだ。

 駅弁とか食べたいかも。ひも引っ張って温まる奴とかやってみたい。あれどういう仕組みなのだろう。


「相馬、ほれ、ポッキーだ」

「おっ、サンキュ」

「入鹿のですよ」

「あっ、そうなんだ。ありがとう」

「いえいえです」



 車内アナウンスがまもなく京都である事を告げる。秋の京都と言えば紅葉。駅の外に出るとバスが待っていた。ガイドさんとも合流、ベテラン風のガイドさんのアナウンスと共に、僕らの修学旅行は本格的に始まった。

 

 

  


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