第百三話 メイドと友達と選挙戦
そしてはじまった生徒会選挙。朝、校門の前に立ち、こうして立って挨拶活動しているのだが。
「夏樹、大丈夫? 眠そうだけど」
「大丈夫。遅刻しなくて良かったって安心したら、眠くなってきて」
「はいはい。ほら、しゃきっと、背筋伸ばした笑って」
「私はいつでも笑顔だよ」
そう言って、いつもと同じように、みんなを和ませる笑顔を浮かべた。
「日暮相馬。タスキ貸して」
「あぁ、了解。はい。君島さんまで来るとは思わなかったよ」
「ふん、別に。乃安がやるなら莉々もやる」
さて、と。
「陽菜、こっちは完了」
「はい、ありがとうございます。こちらもいつでもいけますよ」
「やほー、おっ、夏樹ちゃん生徒会長やるんだ」
「天音部長、早いですね」
「ははっ、日暮君は手伝いか。まぁ、ほら、文化祭に向けて本格的にね。もうすぐ引き継ぎだし。入鹿に部長とはなんたるか、叩き込むよ。それじゃ」
軽く手を上げて走って校舎に入っていく。
どこもそんな時期か。こんなんなら僕も何かしら入ってみるべきだったかな。そう考えてももう遅いけど。
剣道部とかならレギュラー獲れるかな。いや、良いや。道じゃなくて術だし、父さんが教えたのは。そんなもの、真面目に道を歩む人たちに失礼だ。
「あの、相馬君。どうですか?」
陽菜お手製、選挙活動用のポスターを常に持ち運べるよう、段ボールで固定。さらにそれを首にかけられるようにしたのだが。
「よくできてるけどそれは僕が使うよ。動きにくいでしょ?」
「大丈夫ですよ。相馬君はどうぞ、この生徒会長立候補を示す御旗、預けます」
「はいはい」
着ぐるみに近い物を感じるが頑張ってもらおう。
結局ポスターには筆で名前、左下に小さく陽菜が布良さんの絵を。写真をでかでかと貼るのは断固拒否された。
「そろそろ私たちの普段乗る電車が着く頃ですね」
周りには他の候補たちがいる。副会長は男女で二人ずつ立候補。会長は三人。
頑張れ夏樹。
昼休みは昼休みで図書室とか体育館とかで宣伝していく。まずは名前を覚えてもらう事から始める。生徒会の一人とは言え、夏樹は同学年にこそ成績や人当たりの良さで有名だが、他の学年にはそこまで名前が通っていない。
「よろしくお願いします!」
けれど夏樹は、恥ずかしがるものの人前で委縮するタイプではなく、むしろいつでもブレることなくおおらかだ。
「大丈夫、演説の練習はそれなりにしているから。それよりも、投票お願いします」
普段僕らと一緒にいるものの。それでも慕っている人が多い、その事を強く感じた。
夏樹は人を率いる立場に立つ器はある。それは惹きつけるというより包み込むようなリーダー。ついて行かせるというより手を引いてくれるリーダー。
二日目にもなれば勝てるのではという気がしてくる。
そんな日々を過ごし次の日は公開演説会という日がやってきた。それを最後に投票に移る。今は責任者を務める人たちが演説の際の注意点や立ち位置などで、別で呼び出されている。今は夏樹と二人、教室で最後の確認だ。
「台本じゃなくてメモだけかぁ。本気でそれで行くんだ」
「うん、夏樹の生の声を聴かせてあげてよ」
「別に理想があるわけでは無いよ。ただ、なんだろう。何となく成り行きで目指しているだけだから。まぁ、どうせやるなら面白いことしたいなとは思うけど」
窓の外を眺め、ぼやくようにそう言う。
「ほら、私って嘘つきだから。上手くできちゃうかな」
「嘘つきとは思って無いけど」
「でもそうだよ」
嘘が人を救う事があると思っていた時期があった。でも僕にはできなかった。もしかしたら夏樹だったらできるのかな。いや、僕は何回も、夏樹に助けられている。夏樹の優しさに救われている。それはきっと陽菜も思っているはずだ。
「夏樹」
「うん?」
「やらない善よりやる偽善」
それは僕が好きな漫画の受け売りだ。夏樹が自分を嘘つきだというなら、きっと送るにふさわしい言葉。偽善は偽善であって、決して自分にとっては悪では無いのだから。他から悪と罵られようと、貫けばそれがいつか善になる日が来るかもしれない。
「考えちゃったんだ。相馬くんは気づいていた? 生徒会からの立候補じゃない子いたでしょ?」
「うん」
「あの子、同学年ではあまり人気じゃなかったけど、他学年からはものすごく人気だった。きっと、あの子が勝つ」
「夏樹が言うならありえるか」
「そこは大丈夫とか言って欲しかったな。相馬くんらしいけど。でね、あの子きっとすごい理想を持っている。そんな気がしたんだ。私じゃ、きっと何も変えられない。嘘つきでも理想があれば、それを貫けば何か変わるとは思う。だから、偏見の無い他の学年を惹きつけられると思うんだ。私じゃ駄目だね、薄いもん。言っていることが。だから考えちゃったの、ごめんね、付き合わせて」
にへらと笑ってそう言ってぺこりと頭を下げた。
「随分前置きしたなと思ったら、そんな事か。もっと深い事考えていると思った」
「ありゃりゃ、唐突な毒舌」
「夏樹が魅力的だから僕らは生徒会長になれる、そう信じて手伝ったんだ。勝手に本人が諦めんなよ。結果なんて明日の演説次第なんだから」
「あはは、そうだね。うん。確かにそうだ。ありがと、相馬くん。そんな相馬くんだから私は一緒にいたいなって思ったんだよ」
「てっきり陽菜が大好きだから一緒にいると思ってた」
「まさか、相馬くんもだよ。だからさ、しっかりしてよね」
何をしっかりするのだか。はっきりとはわからないけど、どこか背筋が伸びる感覚がした。
結局、選挙は夏樹の予想通りにの結果に終わった。
演説を失敗したわけでは無い。陽菜は夏樹の美点を淡々と根拠を持たせて述べ。夏樹もそれを裏切ることなく、台本の無い演説をこなした。けれど、今回のダークホースとなった二年、一般生徒からの立候補、黒井流留の演説は圧巻の一言。寝ている者を起こし、演説を終えれば拍手喝采といった感じだ。
次の日結果が発表され、夏樹は苦笑いで「だよね」と。生徒会は続けるらしいけど、
「やっぱさ、学校にいると思うじゃん。漫画とか小説みたいに、生徒会長になって、学校に新しい風を吹かせたいって」
「わかるけど、その気持ちは」
「ねぇ、相馬くん」
「うん?」
「相馬くんは今、楽しい?」
「退屈はしてない」
「じゃっ、いっか。私の周りの人が楽しければ、夏樹は満足です」
ポスターを剥がす作業。彼女にとっては敗戦処理。夏樹は最後の一枚を、それはもう何もかもを振り切るように、全力で剥がした。
修学旅行。そんなものがあったなそういえば。
僕らが行く場所は京都と奈良なのだが。
「相馬君、こちらが相馬君の泊まり用の荷物になります」
「あっ、ありがとう」
「乃安さん、留守は任せますよ」
「はい、お任せを。正直、羨ましいです」
「乃安も来年行くじゃん」
しょんぼりと、餌を取られた子犬のような雰囲気を醸し出す乃安を宥めるように頭を撫でるけど、雰囲気は変わらない。
しかしまぁ、一週間後の事なのにもう準備しちゃうのか。早いな。
旅の栞をペラペラ捲る。読んでるだけでも楽しみになるのが不思議なところだけど、ただ経験上、修学旅行や遠足で楽しいのは、施設じゃなくて移動時間だと思う。黙々と窓の景色を眺める方が好きだ。
「班分け、まさか丸投げされて好きな奴と組めって言われるとは思わなかったけど」
「良いじゃないですか。相馬君と一緒の班で、私は嬉しいです」
陽菜の素直な言葉にじんわりと温まるような感覚を覚えた。勘違いではない、素直だとはっきりわかる。
「相馬君、顔が赤いのですが、大丈夫ですか? 乃安さん検温器を持ってきてください」
「大丈夫ですよ、陽菜先輩。相馬先輩のその赤さは別の原因がありますから」
乃安の訳知り顔、そして見透かすような目が妙に刺さる。
「そうですか、なら良いのですが」
頭を振る。何かを振り払うように。
「えっと、トランプと持って行った方が良いよね」
「そうですね」
でも楽しみだ。中学時代はあまり楽しくなかったけど、でも今回は、ちゃんと楽しもう。