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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 秋
111/186

第百二話 メイドと友人と生徒会選挙。

 その日は霧雨だった。

 先頭僕、後ろに乃安、君島さん。殿は陽菜。雨合羽を着ての行軍だった。こういう雨は見ているのは好きだが、こうして歩くと全身が濡れそうで嫌いだ。当たり前だけど。


「日暮相馬」

「うん?」

「この程度の雨でどうしてこんな大げさなことを?」


 見れば君島さんは、雨合羽どころか傘すら差していなかった。


「風邪ひくよ」

「別に良い。その代わりあんたが看病に来い」

「乃安を送り込むから安心しろ」

「あぁ、確かにそっちの方が良いか」


 結局、乃安が傘を差し、それに相合傘という形になった。

 こんな風に四人で登校するようになって少し経った。最初こそ、ナイフを振り回して僕を殺そうとしていた人と仲良くすることに、陽菜から少し苦言を呈されたが、今はそれなりに仲良くできている。 


「女性でしたら、多少は服装に気を使った方が良いかと、君島さん。透けてますよ」

「莉々のなんか誰も見ませんよ。乃安は気をつけてね。莉々と違って可愛くてスタイルよくて。あぁ、羨ましい憎らしい」

「今憎らしいって言った?」

「間違えた。てへっ。あっ、でも日暮相馬は殴る」

「どうしてそうなる。というか、フルネーム呼び疲れない?」

「昔の呼び方で呼べって?」

「いや、それは」


 駄目だ。あれは恥ずかしい。昔の僕はよくそれで返事していたなと思うよ。全く……。

 しかし、君島さんはニヤリと笑う。


「そうちゃん。殴って良い?」

「それはやめてくれ、もう」

「ふふん。まっ、あんたは日暮相馬だよ。どうなろうと」

 



 「えっ、マジ?」

「マジだよ、桐野君」


 珍しくもう教室にいる京介と、そんな京介に一枚の紙を提示してボールペンを差し出す夏樹。


「さぁ、サラサラ~と名前書くだけで良いから」

「いや、マジでやる気?」

「マジもマジだよ。本気だよ」

「いや、俺としてはやめておいた方が……」


 そんなやり取りが聞こえ、陽菜と顔を見合わせ行ってみる。


「どうかされたのですか?」

「あっ、陽菜ちゃん。丁度良かったよ。ここは是非とも力を貸して頂戴」

「何をされるのですか?」

「じゃん! 生徒会選挙。会長にはこの私が立候補します!」


 あぁ、そんな事言っていた気が。というか、マジでやるつもりだったのか。


「相馬君と陽菜ちゃんも。あっ、陽菜ちゃんは私の責任者ね。一緒にみんなの前で演説しよ」

「えっ、えぇ、あの、夏樹さん」

「お願い、陽菜ちゃんしかいないの!」

「あ、あう」


 さすがの陽菜も、ここまで強く頼み込まれるとどうすれば良いかわからなくなるらしい。まぁ、仕方ないよな。


「というか、どうして会長に?」

「うん。良い質問だね、相馬君。簡単だよ、間もなく行われる文化祭、体育祭、修学旅行を面白くするため。ふふふ、既に根回しは済んでいる。今年の文化祭は一味違うぞ」


 この学校のおかしなところの一つ。仕事慣れしていない新人生徒会役員たちにいきなりビックイベントを任せる。そのため、会長や副会長は生徒会の人がなるという風潮がある。

 まぁ、合理的ではあるが、つまらないよな。

 その点で言えば、一年生の頃から生徒会にいる夏樹には有利だが。


「不安だなぁ」

「何が不安なのさ」

「いや、夏樹ってほら、ドジじゃん。ついでに言えばなんだろう、押しに弱そうだし」

「むっ、相馬くんひどい。もう良いもん。推薦人は集まったし、立候補してくる」


 大丈夫か? とは思うけど、何となく、夏樹なら大丈夫だろとも思う。微妙な感情だが、それが夏樹らしさだろう。

 顔を見合わせてやれやれと京介と笑う。


「選挙に必要なものと言えば?」

「ポスター、タスキ、人手、声のデカさ。そして」

「「人の心を惹きつける演説!」」


 同時に立ち上がり、お世話になっている友人のために僕らは動き出した。




 さて、まず最初にするべきことは、公約作成。どうやらイベントごとを盛り上げたいらしいけど、とまぁ、夏樹は迂闊なもので、ノートを机の上に出しっぱなしだ。

 どれ、やっぱり。演説案が書かれていた。そして、うん、駄目だね。作文としては上出来だけど、演説としては駄目だ。

 人に言葉で訴えかける時、まずは面白さが求められる。作文でもそれは同じであるが、作文は途中が詰まらなくても良い。演説では安定して全体が面白くない限り、聴衆は聞き流すだろう。要するに演出だ。演出力こそが聴衆の心を掴む。決定的な文言を言うために、まずは焦らす。でもまずは心を掴む作業から入らねば。

 そう言う点では、駄目だな。これでは。途中の例の提示が長ったらしい。しかし前生徒会を非難する内容は避けよう。

 まずはそうなると、こうだな。


「全校生徒の諸君! 諸君は、生徒会に何か訴えたい事、申し立てたい事、あるだろう。この私が、それを聞き、素晴らしい意見ならば反映させていただこうでは無いか! 私は常々、生徒会の一人として思っていた。生徒の声をもっと聴くべきではないかと、それこそが、この学校の明日を切り開くヒントになるのではないかと。故に、私は、目安箱の設置を約束しよう。諸君らの忌憚のない言葉を聞かせて欲しい」


 うむ、我ながら良い感じの演説だ。

 いやね、去年の生徒会選挙の演説がつまらないとは言わないけど、まぁ、うん。途中で寝ちゃった。 

 これくらいの演説で生徒たちを扇動してくれる会長が欲しいなと。


「京介、そっちはどうだ?」

「とりあえず紙を入手して、書き上げたぜ」

「ナイス筆字!」

「二人は何をしているのですか?」


 後ろから普段の声色より少し冷えた声が響く。


「演説を考えていた」

「タスキを作っていた」

「ありがとうございます。出来を見せてもらってもよろしいですか?」

「おう」


 じっくりと眺め、そして頷きを数回。これは好感触だ。


「相馬君、言い訳は聞きますよ」

「言い訳も何も、良い演説だと思わない?」

「かっこよさに振り切り過ぎかと。あっ、思い出しましたよ。珍しくテレビ見ているなと思ったら、相馬君が好みそうな黒い仮面被った人がこんな感じの口調で反乱軍を扇動していましたね」

「むっ」

「夏樹さんにあれは無理ですよ。もっと夏樹さんは、本心から訴えるような形でないと人は引っ張れません。あの人は演出という手段とは相性が悪すぎます」


 むっ、確かに。あれは強いカリスマが無いと無理か。


「なので、夏樹さんには、一人の少女が世界に訴えかけるみたいな感じでお願いします」

「それならもう、台本無しでメモ程度にして、その場で考えさせるか」

「良いですね」

「あの~、なんで私がいないところで話がどんどん進んでいるの?」

「おーい、ポスターの文字できたからさ、絵なり写真なり、組み込むなら言ってくれ」

「そうですね。では写真で。後で撮ります」

「あいよ」

 




 「乃安はどうした?」

「乃安ならさっき職員室行くって。あの子国語係してて、何か配るらしいからって呼び出されてた」

「それで君が来た理由は?」

「あの子がウキウキしながら何か送ってたから。多分大方あんたの事呼び出しているんだろうなぁと」


 昼休みも終盤。乃安からメールが来て行ってみれば、そこにはどうしてか君島さんがいた。


「まぁ、待ちぼうけも可愛そうだしね、莉々が話し相手になってあげようかと」

「ふぅん」


 昔とは違う接し方。手探り感が否めない。

 床は冷たいが、それでも今は丁度良い。隣り合って座り、床の模様を観察する。


「あんたさ、まだ自分が嫌いなの?」

「覚えてたんだ」

「そりゃあね。じゃなかったら刺されようとしないでしょ」

「空っぽの自分が嫌いだ。空っぽなのにそれでも人間の真似事をして、みんなといようとする自分が嫌いだ」

「ははっ、私はそんなあんたの方が人間臭くて好きだけど」

「嫌いじゃなかったの?」

「嫌いだよ。ただ暗いあんたよりましだけど」


 雨は気がつけば霧ではなく普通に振っていた。遠くから雷の音が聞こえた。


「あんたは空っぽじゃないよ。あんたの周りにはあんたのことを好きな人がいる。本当に空っぽなら、誰も集まってこない。誰もあんたを見捨てようとしない、傍にいる。それが空っぽではないという何よりの証明、ね?」


 唐突に立ち上がって階段をトントンと下っていく。唇に指を立て、そして廊下の方を指すとそのまま姿が見えなくなった。


「空っぽじゃないじゃない、っか」


 聞こえる足音に目を向ける。走って来る姿はよく知っている姿だ。


「先輩、待たせてすいません」

「あっ、乃安」

「えへへ、先生に呼び出されて。これでも急いだんですよ」


 さっきまで君島さんが座っていた場所に滑り込むように座る。


「あれ、温かい。さっきまで誰かいたのですか?」

「……いや、いなかったよ」

「そうですか」


 にこーっと笑って呆けている僕にさらりと口づけして、そして立ち上がる。


「今はこれだけで、もう昼休み終わりますし。では」


 一年生の教室の方に走っていく姿を見送る。どれ戻るか。

 



 「さて、というわけで、夏樹さんを生徒会長にするための対策会議を始めます」

「いえーい! ではまずは入鹿からです。生徒会長には三人立候補。一人は生徒会から、もう一人は一般の生徒ですね」

「ふーん、じゃあ実質一対一か」


 京介が机の上で脱力しながら言う。部活までまだ時間があるらしく、ユニフォーム姿での参加だ。


「そうですね。その生徒、うちの学年ではあまり評判がよろしくありませんし」


 そっか、なら敵は一人、けれど妙に嫌な予感が。それは得体の知れない、と言う意味では父さんみたく読めない敵と戦うような感覚。


「油断はできないよ。その人がどう出るかなんて、わからないから」


 とはいってもそれは根拠無いし、狭い学校という社会ではこの短期間で信頼度を上げるなんてとてもじゃないけど無理だ。

 ただ油断してはいけない、そんな漠然とした感覚があった。



 



 

 

 

 

 


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