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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 秋
109/186

間話 メイドがチョコレートをくれました。

 「ただいま」

「おかえりなさいませ」


 休日の午後、出かけ先から帰って来ると玄関で陽菜が出迎えてくれる。


「休日に相馬君が出かけるのは珍しいのですが、どちらに行かれていたのですか?」

「散歩だよ」

「私も連れて行って欲しかったです」

「忙しそうだったからさ」

「それは……。そうですけど」


 困ったような雰囲気を放ちながら僕のコートをハンガーにかけて台所へと行ってしまう。

 ふと香ってくる甘い匂い。


「チョコレート?」


 玄関まで漂ってくる香りはまさにそれだった。





 「駄目です。この程度では」


 試作品100号、不合格。

 午前中の家事を今までで一番の速さで終わらせこうしてチョコレート作りをしているのだが。


「このままじゃ、明日に間に合わない」


 カカオから作るのはもう諦めた。既製品でも味は良い。だからそれをベースに作っているのですが。

 口の中が甘い。味覚が狂いそうだ。


「陽菜、何作っているの?」

「ひゃっ、相馬君? えっと、撤退、相馬君、撤退です。ここは危険です」

「えっ? どこが?」

「何でも良いので、どうぞ、台所から退出願います」

「えっ、陽菜。ちょっと」


 相馬君を押し出して、一息。あぁ、そろそろ夕飯の準備をしなければ。どうしよう。今日は、そうだなぁ、よし、もつ鍋が良いかな。いや、おでんも捨てがたい。


「というか、相馬君、将来お酒好きになりそうです。お酒と合うと言われるものばかり好きですし」


 よし、買い物に行こう。




 「あれ? 夏樹さん?」

「やっほ」

「どうしてこのスーパーに?」

「散歩だよ」


 夏樹さんの散歩、謎が多い。結構な距離を歩いていることになる。


「グルメ巡りはね、こういうところも見なきゃ。スーパーの総菜も、美味しい所は美味しいのだよ」


 しみじみとそう言うと、私の横について歩き始める。


「夏樹さん、総菜コーナーはあちらですよ」

「いえいえ、陽菜ちゃん、考え込んでいるように見えたのでここはついていきます。ちなみに、今日の夕飯は?」

「湯豆腐で。豆腐が安かったので」

「わお、良いね」


 一緒にスーパーを出る。夏樹さんは結局何も買っていない。


「チョコ頑張っているんだ」

「はい。そうですけど、どうして」

「匂いが染みついちゃってる。とっても甘い匂い」


首元に鼻をこすりつけて思いっきり息を吸われる。くすぐったい。


「あの、夏樹さん……」

「初々しい反応。可愛いねぇ」

「はぅ」


 自分が言ったとは思えない言葉、自分の物とは思えない声。


「なんてね。それで、どんな感じ? 上手くいってる?」

「それが、納得いかなくて。正直、当日までに完成するかどうか」

「ふーん、食べてみても良い?」

「はい。家に寄ってもらえばありますよ」 


 未完成の物を誰かに食べさせる、それは普段ならプライドが許さないけれど、今はなりふり構っていられない。正直味覚が狂っている可能性もある。ここは誰かの意見を取り入れた方が良い。




「ただいま戻りました。相馬君。夏樹さんもお連れしました。今日の夕飯にしようかと思いますががどうでしょう?」

「陽菜なら何作っても美味しいし。任せる」

「任せられても困るよ!」

「あれ、本当にいた」


 玄関から別の声が聞こえ、見てみれば本当に夏樹がいた。


「ちょっとお邪魔するね。夕飯ご一緒したいけど、お母さん迎えに来るって連絡来たから」


 女子二人パタパタと台所に入って行った。




 「むむっ、これは美味しい。これで納得できてないんだ」

「はい」


 納得がいかない。これで良いのだろうか。違う、これではまだ、だめ。

 一口食べた夏樹さんはもう一口食べて、そして考える。考えているのだが、お茶を入れて傍に置けば飲み始める。そして顔を上げると。


「うーん、そうだねぇ。多分、陽菜ちゃんが納得できるチョコは完成しないと思うな」

「そんな、それでは困ります」

「だって、陽菜ちゃんは大事なことを忘れているよ」

「それは……」

「多分ね、陽菜ちゃんはあげるのに相応しいとかそんな事考えているんじゃない?」

 むっ、たまに出て来る鋭い夏樹さん。

「それじゃあ、いつまで経っても完成しないよ。だって上限無いもん」

「では、私はどうすれば」

「相応しいじゃなくて、食べて欲しいだよ。多分、陽菜ちゃんの相応しいは相馬くんじゃなくて、陽菜ちゃんの気持ちを表しきれるかどうかについて。そんなの、表しきれるわけ無いじゃない」


 そうか、確かにそうだ。私の気持ちを詰め込み切れるチョコなんて、あるわけがない。


「まぁ、自分にリボンを巻いてプレゼントでもすれば表せるんじゃない?」

「それは……それは、色々と駄目かと」


 うん、だめ。多分相馬君は受け取ろうとしないと思う。僕ら高校生だしとか言って。 




 二月十四日。平日。いつも通り起床。男子たちが昨日浮足立ってたのを思い出す。世間的にはバレンタインデー。クールに振舞ってもさすがの僕も今年は貰える気がするから少しの期待は胸に抱いている。

 いつも通り、廊下に簡単な掃除をしている陽菜に挨拶して、最近落ち着いてきて全然雪が積もらない玄関先で、崩れかけているかまくらに補強を施す。それでも焼け石に水。多分そろそろ崩れてしまうだろう。

 学校へ向かう道。少しづつ雪が減り、道が広がるけど、陽菜は冬の狭い道を通る時のように身を寄せる。


「陽菜、どうかしたの?」

「はい。どうもしていませんよ」

「そう? 顔赤いけど」

「寒いからですね」


 学校にはいつもとは違い、既に結構人が来ていた。タッパーに持ってきたチョコを配るクラスの中心的なイケイケ系の女子。確かに今日は普段見せる機会が少ない女子力を見せつける日だ。


「あっ、日暮君にもおすそわけ。陽菜ちゃんもどうぞ」

「ありがとうございます」


 生チョコと言うのだろうか。妙に歯に張り付くのを感じながらも、別に不味くは無いと思う。

 陽菜は僕と目を合わせようとしない。いつものようにお茶を渡してはくれるけど。


「ヤッホー二人とも。はい、チョコ。友チョコのダブルアタック!」


 そうして渡された丁寧にラッピングされた袋の中には、アーモンドチョコか。結構好き。


「あっ、あの。夏樹さん。私も作って来たので受け取ってください」

「わーい、ありがとう」


 僕は僕で受け取ったアーモンドチョコをポリポリと食べる。歯に張り付かない、程よい食感。板チョコを直接食べるのが苦手なのはそこにある。あれ、パリッと食べられるわりには噛んでると歯に張り付いてくる。これが面倒。


「そ、相馬君」

「うん?」

「どうぞ」

「おう」


 ガトーショコラ? ラッピングを解き一口。しっとりした食感。甘すぎず、僕好みの丁度良い甘みと苦みの共存。

 不安げな視線には笑って答える。それだけでわかってくれる。言葉にするのが苦手な僕にはそれが精一杯だ。下手に言葉にするなんて無粋だろというのはただの言い訳だ。


「目と目で通じ合うなんて、青春かよ!」

「唐突にどうしたのですか? 夏樹さん」

「うーん、べっつにー。相馬くんが私のあげたチョコの存在を忘れても私は怒らないよ。あっ、桐野君にもあげてこよ。来たみたいだし。あっ、入鹿ちゃーん、食べるー?」


 スキップするように歩いて行く背中を見送る。


「どうですか?」

「陽菜ってよく僕の好みわかるよね」

「えぇ、まぁ。普段から相馬君の食の傾向を見ていれば、わかります」


 恥ずかしそうに俯き加減で、それでもチラチラとこちらを見上げる。こう見ていると、そうだな、抱きしめたくなるという奴だろうか。ここが学校では無かったら……。




 家に帰る。着替えた陽菜の後ろからさりげなく。

「あの、私まだチョコの匂いが」

「良いよ。しばらくこうしていて良い?」

「……わかりました」


  


 

 

 

 


 


 

 


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