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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 秋
108/186

第百話 一人で償う過去。

 電車に揺られる。人混みに紛れてするりと移動する。普段は煩わしいこの満員電車も今は好都合だ。マナー違反かもしれない。けれど、今は探さなければならない。

 冷静に考えればわかること。それは、同じ中学出身なら、同じ駅から乗るはず。そして、話す場所としてこれ以上に都合の良い場面は無い。

 四両編成のこの電車、君島さんは、僕が四両目に乗ったからなのか、一両目に乗っていた。長い黒髪をいつものように下ろし、扉の傍にもたれ掛かり、窓の外の景色を眺めている。

 昨日乃安から聞いた彼女の連絡先、そこにメッセージを送る。


『やぁ』


 そう送れば、彼女はまず僕の方を見て驚き、そしてスマホを確認する。それだけで気づいてくれるはず、その期待はきちんと果たされた。指が高速で動き、スマホがメッセージを受信する。


『日暮相馬、どうしてここに』

『会いに来ただけ。少し話さない?』

『乃安達は?』

『撒いてきた。彼女たち抜きで君に会うには、ここが都合が良い。ここなら簡単に追いかけられないから』


 それに、彼女がもし、僕を殺す気なら、こうして目の前に立てば、僕はもう逃げられない。電車の中で事を起こすとは考えづらいけど、でも彼女と話すテーブルに着くにはこれくらいしなければ駄目な気がした。

 電車がいつも降りる駅に着くまでの二十分、それが彼女と僕が二人きりで会って話せる時間だった。陽菜も乃安も、きっと頼んでも許してはくれない場面だ。


『言いたい事言いなよ。君は、昔から表情にすぐ出る』

『あんたは、私をだました』

『そうだね」

『私を一人にした』

『確かにそうだ』

『私に希望を見せて、惨たらしく奪った』

『否定はしない』

『それなのに、何事も無かったかのように、高校一年間を過ごした』

『言い訳はない』

 握り拳を作り、それでも電車の中だからと冷静になろうとする、必死で無表情になろうとしている。 

『許せるわけ、無いじゃない』

『わかっている』

『だったら、どうして、私の前に自分から現れたのよ』


 どうして、か。それは、僕の勝手な思いから。僕にとっては必要でも彼女にとっては毒になるかもしれない。でも、毒を以て毒を制すという言葉通りなら、もしかしたら僕たち二人にとって良いかもしれないとも思った。


『私はあなたに二度と会いたくなかった。あなたがこの高校にいるなんて知らなかった。あなたが私の新しい友達と仲良さそうにしているのが許せない』


 自分を律しようという試みをかなぐり捨てて、顔を歪ませ、目に憎悪を宿して、君島さんは睨みつける。スマホ越しの言葉でも、それでも伝わって来る、マグマのように煮えたぎる感情。

 しかし、時間は残酷だ。電車が速度を落としていく。やがて電車は静かに止まった。それがこの会合の終わりの合図になった。

 扉が開き、逃げるように立ち去る。その背中を見送る。あっという間に見えなくなる。駄目だ、これでは。

 これじゃ、終わる事は出来ない。追いかける。電車を走り出る。けれど、階段の途中、僕の手は掴まれた。


「行かないでください。先輩」

 振り返れば乃安が、息を切らしてそこにいた。わざわざ階段を選ぶ人は少ない。でも人の目はそれなりに集めた。そんな事を気にするような人ではないけど。

「お願いですから。止まってください」

「ごめん、乃安。これだけはやらなければならない。これは、やらなければならないことなんだ」


 捨てることでしか生きて行けなかった僕は、変わりたい。変わらなきゃ、だめだ。だって僕は捨て過ぎた。せめて少しは拾っていきたい。


「だから、乃安。行かせてくれ」

「だってそれじゃあ先輩は、また傷つく。短い間、見てきて、私はこんなに傷だらけの人……どうして、また傷つこうとするのですか!」


 乃安の目は、堪えきれなかった感情で濡れていた。それでも手に込めた力を緩めることは無かった。目に力を宿し、その力は涙で曇ることは無かった。


「乃安さん。短い間でしっかりと相馬君を見ていたのですね。でも、そうなった相馬君はもう止まりません。見送る事しか私たちにはできません」


 聞き慣れた陽菜の、人混みの中でもしっかりとわかるよく通る声。丁度乃安と僕の間に立つ。何の感情も浮かばない表情で、仲裁するように現れた。


「それでも、私は。陽菜先輩のように見送る事はできません。あの時、先輩が一人で出て行ったとき陽菜先輩の、見送る人の辛さを知ってしまった。帰って来た先輩の、見えない傷を知ってしまった。だから、もう。おかしいですか? 知り合ってからの時間が全てですか? 先輩を守りたいって思うのは、おかしいですか? ずっと言えなかった、私は、先輩が傷つく所を見たくないって思ってしまったんです。絶対に傷つく、そんな場所に送り出したくないです」


 乃安の心からの声が溢れる。決して大きくない声、けれど、それでも体の中まで響く声だった。



 最初に会った時、私はただ漠然と優しそうな人だなと思った。それから、この人は欲が少ない人だという印象も持った。

 命令らしい命令もされず。世話のし甲斐が無い人だな、そう思いながらしばらく。

 気がつかないは筈が無かった。私と陽菜先輩が、ちゃんと話し合える場を用意できるよう、気を使ってくれたこと。

 そして私は気づいた、先輩は傷だらけだ。陽菜先輩もそんな先輩を見送る事しかできない。陽菜先輩にとって相馬先輩はご主人様、メイドは逆らえない。でも私なら、相馬先輩の正式なメイドでは無い私なら、止めることができる。でも、そんな私と相馬先輩の関係に名前を付ける事はできない。とてもあやふやな関係だ。そんな私が出過ぎた事なんて言える筈が無い。もっと強い関係が必要だ。

 偶然が重なった。私は相馬先輩の隣に立つ。

 極端だろうか? でも良い。そう思ってしまったのだから。




 駅の階段に僕ら三人が取り残された。

 誰も動けなかった。


「あっ、ようやく見つけた~。気がついたら三人ともいないんだもん。困っちゃう」

 そんな気の抜けた声にも目を向けず、僕は目を伏せ、二人のメイドはにらみ合う。

「って、無視しないでよ~」

「陽菜先輩が間違っているとは思いません。もしかしたら正しいかもしれません。認めます、これは私の自分勝手な願望だって」

「立派です。それがわかっているのなら」

「でも、私は先輩のようにはいられません。自分の願望を押しとどめて、大好きな人の望みを全うさせるなんて。先輩は、愛しているから何も求めないのですか?」

「っ、私は……私は!」

「はい、そーこーまーでー。二人ともここは公共の場。どう見ても相馬くんを取り合う修羅場だよ。というわけで、学校行くよ」


 ビシッとそう言って二人の手を取ってずんずんと歩き出す。

 その背中を見送る。それは、ポケットに入れていたスマホが震えたから。

 学校とは逆方向。三人に見つからないようこっそりと移動。あそこまで言ってくれた乃安には悪いとは思う。けれど、僕は、そうしなければならない。

 あまり来たことが無い方向。そして知らない場所。廃屋なんてわざわざ来る人はいないだろう。ちゃんと靴を履いていなければ絶対怪我するような場所だ。


「君島さん」

「莉々で良いよ。昔みたいに」

「もう僕は昔の僕とは別人の気分だ」

「そうだね。あんた、もっと暗かったもん。……ここなら、あんたをどうこうしようとね。最悪見つからないかも」

「最悪と考えてくれるだけ嬉しいよ」


 既に彼女の手にはナイフが握られていた。それはカッターでは無い。多分、確実に殺せる。 

 僕は静かに待った。僕がどうするかは決まっていた。彼女はきっとそうしてくれる。

 君島さんの顔に緊張が走る。腰だめに構えたナイフに光が反射する。それがとても眩しく見えた。そうだ、それで良いんだ。僕の顔にはきっと笑みすらこぼれていただろう。


「あんた、異常よ」

「うん、今の僕はまともじゃないと思う」


 そうして彼女は躊躇うことなく、そのまま僕に向かってきた。僕は動かなかった。

 

 

 

 


 


 

 

  

 


  

 

 

 



 

  

 

 



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