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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 夏
105/186

間話 メイドと節分。

 そういえば今日は節分だという事を思い出した。きっかけは単純な事。


「ねぇねぇ、相馬くん、はい、豆」

「豆?」

「そう、おすそ分け。十六個。年の数食べるんだよ」


 夏樹がおやつとして持ってきた豆、それのおかげでそういえば今日は節分だという事を思い出したのだ。ポリポリと食べる。水が無いとキツイなこれ。

 それを察した陽菜がポンとお茶を出してくれるのだが。


「あっ、桐野君もどうぞ」

「おう、サンキュー」


 十六個の豆を一口でぼりぼりと食べる豪快さは見習いたい。

 豆を見ながらぼんやりと悩んでいる陽菜、僕の方に不思議そうな視線を向けると。


「節分って何をするのですか?」

「……えっ?」




 「つまり、陽菜ちゃんは節分をしたことが無いんだ」

「はい。七夕やクリスマス。正月はしましたけど。なるほど、そのような風習が。いえ、テレビで見たことはあるのですけど、具体的なイメージが掴めないもので。豆をばら撒いてどうするのですか? 掃除が大変そうですけど」

「恵方巻は?」

「あれも節分の風習なのですか?」


 ここまで知らないのも珍しいな。どういうことだ。違和感があった。七夕に笹の樹を持ってきて短冊を用意するのは一見すると無駄なことだ。クリスマスも、育った木をぶった切って飾り付けをし、豪華な料理を用意する。合理的ではない。正月だってわざわざあちこちの仕事を休みにして、祝うほどの価値があるのかと言われたらそれはNOだ。

 つまり、合理的では無いものを自分から、それも僕が祝い事にあまり興味がないと知っているはずの陽菜が、自分から準備するというのが考えづらい。だからこそ、節分だけについて自分から言い出さない、それが違和感の正体だ。



「聞いてみるか」


 休み時間、学校をこっそり抜け出して公園へ。都合よく誰もいない。大丈夫かこの公園とは思うが、まぁ見られないに越したことは無い。通報されたら困るし。


「もしもし」

「おう、少年か。どうした」

「あぁ、いえ。ちょっと聞きたいことがあって」

「ははーん。なるほど。陽菜の事だな。そして陽菜と今日この日、二月三日についてだろ」

「わかりますよね」

「当然よ」


 電話の向こうで豪快に笑うメイド長が目に浮かぶようだ。自分から電話するとは思っていなかった。いつでも見透かされている、そんな感じがして苦手なのだ。


「二月三日は、陽菜がこの派出所に来た日だ。まだ赤ん坊だったけどな。門の前の監視カメラには陽菜を置いて行く様子が映っていてな。慌てて警備員が回収したというわけだ」

「そんな事が」

「手紙にはお金だの父親の事だの事情が長々と書いてあって、仕方ないから引き取った。孤児院も兼ねてた時期があってな。……誕生日と名前、彼女が親からもらったのはそんなものだ」


 思い出話をするように話される事実は、ずっしりと心に重く圧し掛かる。


「まっ、そんな訳で、陽菜にとって二月三日は忌々しい日である。さて、陽菜の過去を少しだけ知った少年はどうするのかな」

「どうするって」

「ふっ、まぁ、君の過去は、君にとって希薄だからな。陽菜に話す事も無いか」

「それはどういう」

「君が人間関係に怯え、希薄にするようになったのは、何も君の母親のせいだけではあるまい。そういう話だ。君が思い出せる中学の頃の記憶で、嫌なことはあるかい?」

「それは」

「無いなら、なぜ君は中学の頃の友人とかいないのかな? 嫌な思い出、一つでも今語れるかい? ……いじめすぎたかな。気にするな。まっ、そんなわけで、私らだけで節分を楽しむわけにいかないだろ、陽菜にとっては嫌な日だ。せめて静かに過ごしてやろうとな、だからまぁ、その、なんだ。こんな事頼むのもあれだが、あいつにとって良い日にしてやってくれるか? 書類上だが一応母親の頼みだ」

「言われるまでも、ありません」

「そうか、じゃあな。悪かったよ、君のトラウマを掘るような真似をして」

「あなたに謝れると、変な気分がしますよ」

「子どもに頭を下げられない大人なんてクズだ。子ども相手だろうと悪いことをすれば謝る。それだけが私の取り柄だと思っている」

「そうですか」


 謙遜する人だ。

 ガチャリと電話が切れる。気がつけばだいぶ冷えていた。足元とか寒い。

 きりきりと、胸の奥が疼く。

 歩き出す、踏みしめる雪はキュッキュッという音ともに足跡に早変わり。冬の青空は、どうしてこうも澄んでいるのだろう。






 「陽菜」

「はい」

「その、あの」


 きょとんと首を傾げられてしまう。よくよく考えれば、僕がやったことはあまり褒められたことじゃない。人の過去を好奇心からのぞき見した、そう考えると、うわぁ、僕って最低。

 下校途中の夕方の道。雪が積もっている。その上で僕は土下座を敢行した。


「ごめん! メイド長に電話して、陽菜にとっての今日の事聞いてしまいました」

「えっ、あっ、えっ。相馬君。とりあえず頭を上げて立ってください。あの、メイドに土下座するご主人様とか困ります」


 引きずるように立たされる。


「もう、雪でズボンが。髪にも。どうしたのですか急に?」

「さっき言ったとおりだよ」

「別に、怒りませんよ。気にし過ぎです。メイドはそんな事で怒りません」

「でも」

「もし、そうですね……。相馬君が申し訳なく思っているのでしたら。私に節分を教えてください」


 陽菜はそう言って僕の手を取る。嘘でも、僕に気を使っている様子も無い。そっか、うん。頑張ろう。


「了解した。じゃあ、行こうか」

「はい」

 



 「福を巻く、ですか。これを切らずに恵方を向いて黙って食べる。なるほど。では張り切って作らせていただきます」

「お願いします」


 一緒に買い物して帰ってきて、早速陽菜が恵方巻作りに取り掛かる。メイド服を着た女の子が酢飯作りしているところを見るのは中々変な光景ではあるが。


「しかし、随分と太いですね。これを本当にそのまま食べるのですか? 贅沢な料理ですね」

「こんな機会にしかそんな風に食べられないから、贅沢に食べよう」

「はい。では、えっと、恵方はこっちですね」

「では、いただきます」


 静かに。黙々と食べる。願い事を考えてみる。作家になりたいとは言った。でも、考えてみる。願いとは、夢とは、過去があってだ。

 もし、僕の過去が虫食いなら、夢に昇華するだけのエネルギーは、動機はあるのだろうか。

 気がつけば最後の一口。

 せめて、幸福でありたい。そう思いを込めてその一口を頬張る。


「ごちそうさま」


 ふぅ、お腹一杯。ちらりと見ると、陽菜は一生懸命黙々と食べていた。小さな口で食べる様子は庇護欲がくすぐられるものがある。

 じゃあ、僕も準備しようかな。



 升を二つ用意、そしてそれをさっき買ってきた豆で満たす。


「何をしているのですか?」

「あっ、食べ終わった?」

「はい。一言も発することなく食べることを達成しました」

「よし、じゃあ、豆まきだ」

「はい。どこに撒きますか?」


 とりあえず、玄関かな。うん。玄関だ。


「よし、撒くぞ」

「はい。ただ撒くだけで良いのでしょうか?」

「うーん。なんだろう。鬼は外福は内というけど」


 昔読んだ本、鬼を追い出しちゃ可哀そうでしょとか言って福は内だけで撒いてた気がする。僕もそれに納得してしまった。悪いことがあって福が実感できる。だというのに、福しかいらないというのは贅沢というものだろう。


「よし、福は内だけで良い」

「はい、わかりました」


 パラパラと撒いた豆が玄関に。巻き終わったその光景を、陽菜は無表情に、無感動に眺める。

 過去を塗り替えようとか、今日からこの日は、僕との思い出の日にして欲しいとか、そんな傲慢な事は思わない、そんなこと、僕が言う資格は無い。

 起きた事を無くすことはできない。塗りつぶすことはできない。


「冷える前に、戻ろうか」

「はい。そうですね」


 僕にできる事なんて、せいぜい隣で寄り添うことくらいだ。


「相馬君、ありがとうございます」

「えっ?」

「来年も、やりましょう」

「……うん」


 目標達成、ってことで良いのかな。

 


 

 


 

 


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