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クラスメイトなメイド  作者: 神無桂花
二年 夏
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第九十四話 メイド、温泉にて。

 ぐったりとしてしまうのも無理もない。部屋の掃除はおばあちゃんとおじいちゃんがやるとのことで、僕らは夕方までの休憩を言い渡された。 


「相馬君、どうぞ、疲れが取れます」

「あぁ、サンキュー」


 京介は野球の自主練へ。夏樹と乃安は先ほどトランプで大負けして買い出しに行った。

梅干しか、最近、梅干しを食べると味が無くなるまで種を舐めてる気がする。酸っぱいけど美味しいのだ。物によっては酸っぱすぎて食べられたものでは無いのだが。


「マッサージもしますね」

「サンキュー」 


 足腰を重点的に。血が通うような、体がじんわりと温まる。その感覚は、眠りに落ちる直前とよく似ていて、少しづつ意識が落ちていくのを感じる。

 駄目だ、駄目だと言い聞かせるけど、抗い難い魅力があった。




 「ふわぁ、ここは?」

「おはようございます。私たちの部屋ですよ。あと三十分ほど時間ありますけど、どうしますか?」

「起きる」


 気がつけば、布団の上で、きっちり掛け布団までかけられていた。目を擦って伸びをする。


「先輩、起きましたか?」

「はい、相馬君に昼食持ってきてください」

「了解です」


 まだぼんやりとする。布団から出て、備え付けの洗面台で顔を洗って、ようやく意識が覚醒に向かう。

 そこで気づいた、僕は寝ていた。嘘だろ。しかしこの状況が、僕が居眠りしていたことをこれでもかと突き付けて来る。


「ごめん、僕寝てたんだ」

「謝る事じゃないですよ。お疲れだったのでしょう。ちゃんと休めましたか?」

「うん、ごめん」

「謝らないでください。さぁ、昼食です。どうぞ」


 みんなで楽しくしようという場面で何をしているんだ僕は。

 持ってこられたおにぎりと漬物。簡素なものだが、お腹には良く溜まる。仕事をするには問題は無いだろう。頑張らなければ。そう思いながら頬張る。


「さぁ、行きましょう。あっ、相馬君、寝癖です。直すので少し待ってください」

 




 多少は慣れた。だから昨日ほどの疲れは無かった。

 時間通りに料理を出すということを覚えれば、あとは、お客様の注文を処理するだけになる。手順だけなら単純なものだ。


「ふぅ、温泉って偉大。これに入ろうと最初に思った人に尊敬する。最高だね」

「おう、温泉は良いものだ。毎日温泉でも良いな」

「それは飽きそうだけど。って、泳ぐな」

「おう、悪い、思わずな」


 料理を軽く解説しながら配膳するのは、未だたどたどしいが、それでも、伝わるようにはなったはずだ。成長を感じるのは大切なことだ。


「そういえば、相馬。お前マジで朝野さんと別れたのか?」

「……そうだね、本当だ」

「なんでだよ」

「なんでだろうね」


 理由は、言うわけにはいかない。それは、どう伝えようと、お前のせいだとしか伝わらない。僕が勝手にやったことだと伝えることはできない。

 受け取り手がそう思ってしまえば、僕はそれを変えることはできない。悲しくは無い、僕がそれを伝えなければ良いだけだ。それがお互いのためだ。


「お、ま、え、は、馬鹿か! それで誤魔化されるほど俺は馬鹿じゃねぇぞ!」


 視界が水に奪われた。肩にかけていたタオルで拭きとると、腕を組んでこちらを睨む京介が目に入った。


「全く、お前という奴は何も学ばない気か。なぜ隠す、俺が責任を感じるとでも思ったか」

「思った」

「馬鹿言うな。罪悪感はあっても責任は感じねぇよ」

「なんでわかった」

「そんなの。考えればわかる。……どうした、何をそんなに驚いているんだ?」

「別に。それよりも、僕にどうして欲しいんだ?」

「そんなのお前の好きにしろよ。どうせまだ好きだろ」


 さっぱりしているなぁ。

 のぼせてきたような気がして、温泉の縁に座る。今日も隣の女湯は賑やかだ。


「僕は……」


 誰とも付き合う気はもう無いと言おうとするが、言えなかった。僕はこの意思を誰にも伝えたことが無い。正しいと思いながらも確信していない。

 あぁ、そっか。堂々と言えないなんてな。僕はまだ迷っているんだ。


「いや、人に言っておいて泳ぐなよ」

「すまん」




 「こっちを見ないでください」

「えー、でも、何か綺麗だからさ。つい見ちゃう」

「わかります。どうしても見てしまいます」

「嫌味ですか! そんな立派なものぶら下げて!」


 目の前に広がる四つの丘を睨みつける。まさか、自分の後輩にまで追い抜かれるとは、想像すらしていなかった。


「はぁ、もう良いです。私に救いはありません」


 せめてもの抵抗に鷲掴みしてやることくらいしか。むにゅっと形を変えるそれと、驚く二人を見て楽しむことくらいしか、この荒れた感情を治める手段は無い。


「あの、先輩、離してもらっても?」

「陽菜ちゃん、流石にちょっと恥ずかしいかも」

「うるさいです。黙って揉まれていてください」


 私の後輩のは、夏樹さんに比べれば小ぶりでも、うん。


「ちっ」

「どうして舌打ちしたのですか!」

「良いんです。可愛い後輩がたとえ薄情にも私を置いてけぼりにしても。私が先輩だったという事実は消えないのですから。私の大切な友達が、たとえ豊かでも、私は友達ですから」

「そんな悲壮感に満ちた事言わないでよ」


 流石に離した。悲しくなってきたし。それにこれ以上は関係に亀裂がはいりかねない。


「何を食べたらそうなるのやら。理解しかねます」

「それは、うーん。何だろうね」


 ちゃぽんと、顎までつかる。隣の男風呂は静かなものだ。柄にもなく騒いでしまった。


「そういえば、ずっと聞きたいことがあったんです。陽菜先輩。良い機会です」

「はい。聞かれましょう」

「先輩は、どうして今の状況に甘んじているのですか?」

「? それはどういう……」

「先輩が言えば、相馬先輩は付き合い直すはずでした。どうしてすぐにでもそうしなかったのですか?」


 ストレートの剛速球で投げられた問い、それの違和感に気づくのに少し時間がかかった。


「はずだった?」

「はい。はずでした。先輩も気づいているでしょう、相馬先輩が悩んでいるのは。優しい人ですから、無下にはできなかったようです」

「それはどういう」

「私、相馬先輩に交際を申し込みました」

「えっ?」


 竹柵の方を眺め、乃安さんに視線を移し、そしていつも相談に乗ってくれた夏樹さんに目を向ける。

 言われたことの意味がわからなかった。だからなのか、私の心は揺れ動くこともしなかった。


「やっぱり、気づいていませんでしたか。先輩がぼさっとしているからです。まぁ、まだ返事はもらっていませんけど。嘘じゃありません。冗談としては質の悪い部類ですから」

「乃安さん?」

「どうしますか、先輩。このまま私が取っちゃって良いのですか? それとも、布良先輩ですかね、さりげないアプローチかけているの、気づいていますよ」

「あはは」


 脳が揺れる。のぼせているのかそれともまた別の理由か。挑戦的な目をする後輩の、攻撃と呼ぶべきなのかわからない言葉。


「決めるのは、相馬君です」


 それが、私の精一杯の反論だった。



 

  


 「ほい、王手」

「待て、相馬、ここは取引しないか? 引き分けで手を打とう」

「チェスと混同するな」


 男部屋、窓際で風に当たりながら、京介の王将を追い詰めるべく、飛車を進軍させる。あと三手といった所か。

 しかし、遅いな。女子たち。

 京介の王の逃げ場を完全に塞ぎ、詰ませた。頭を抱える京介を横目に扉の方を眺める。大丈夫だろうか。


「ちょっと行ってくる」

「おう、いってら」


 隣りの部屋には三人ともいない。やはりまだ帰ってきてないのか。


「どこに行った……」


 階段を下りていく。温泉は一階だ。温泉の暖簾が目の前、僕はそこで足を止めることになった。それはマッサージチェア。温泉の入口のすぐ外、三人並んで仲良く椅子に体をもみほぐされていた。


「何しているの?」

「あー、先輩? 気持ち良いですよ。それと、明日はゆっくりで良いそうです。忙しいのは今日で終わりです。明日、海行きません? というか行きましょう。楽しみです」

「そうだねぇ、海行こう。海海」

「はい、相馬君、水着ありますか? ありますよね。忘れてないですよね」

「持っては来たけど」


 唐突にどうしたのだろう。いやまぁ、海は元々行くつもりだったからそれに関しては異論は無い。しかし、ここまでの積極さは全く予想していなかった。 

 



 少し時間が戻る。そこは雰囲気が転落するように重苦しくなる女子風呂。最初に口を開いたのは乃安さんだった。


「海。明日、海行く予定でしたよね」

「そうですね。はい」

「先輩、その、怒ってますか?」

「怒っていませんよ、乃安さん」


 怒っている筈が無い。私は、相馬君の選択を待つ。相馬君の選択に従う。それが、メイドとしての務めだ。


「楽しみですね」


 私は決めていた。相馬君に新しい好きな人ができれば、その時は身を引こうと。それがメイドであるという事だ。

 だから私は待つしかないんだ。


「あら、三人とも、今日はお疲れ様。明日も泊って行くでしょう? ピークは過ぎたから、後は子どもらしく遊んで行きなさい」


 入って来たのはおばあさま。肩までしっかりとつかる。

 ピークは今日だと確かに聞いてはいた。けれど、明日も手伝いはあると思っていたし、やるつもりだった。


「でも、大丈夫なんですか?」

「手伝いだけで呼ぶなんて味気ないでしょう。遊べない時期がいずれ来るのだから。遊んでいきなさい。そうそう、マッサージチェア、おすすめよ」


 浴室を出て、着替える。備え付けの浴衣を着る。今回は私のサイズに合う物があった。


「陽菜ちゃん、遊ぼうね」

「楽しみです。陽菜先輩」


 二人はすっかり意識は明日に行っているようだ。何だか、私までテンションが上がって来る、これが遠足前の子どもの気分というのだろうか。

 



 そういうわけで今、私たち三人は椅子に体をもみほぐされている。あー、私、疲れてたんだなぁ。


「何やってるんだ、お前ら」

「よう、京介」


 相馬君も興味を持ったのか、隣でマッサージチェア。結局、ミイラ取りがミイラになった状況なのか、相馬君も、遅い私たちを心配して見に来たのだろうから。


「全く、ほら、戻るぞ。そして寝ろ」

「「「「はーい」」」」

 


 


 


 

 



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