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第九話 メイドとテストを受けます。

 さて、今日は何の日か。電車の中でノートに赤シートを当てながら隣にたたずむ陽菜を見る。今日という日を迎えながらも平常運転の彼女を見て思わずため息、あんな風に余裕をかましてられたらぁ。

 今日は中間テスト、僕がやったことと言えばノートに赤シートを当てて暗記していただけ。そもそも暗記が苦手な僕にこの勉強法は正しかったのだろうか。

 まぁ、一年の最初のテストだ、なるようになるさ。


「相馬君、こちらをじっと見てどうかしましたか?髪に何かついているのでしょうか?」

「いや、何でもない」


 慌てて目をそらす。


「いえ、見ていていだたいて構いませんよ。髪の手入れは念入りに行っているので」

「へぇ、まぁ髪は女の命と言うしな」

「えぇ、それに相馬君がふとした時に髪を眺めているのは存じ上げておりますので、それはもう念入りになりますとも。触っていただいても構いませんよ」

「なっ……そんなに見ていた?」

「えぇ、無意識でしたか」

「だと思う」


 そう思いたいし、できれば陽菜の似合わない冗談だと思いたい。この前こっそり撫でたのも気がついたら無意識で行ったものだ、故意ではない。

 電車が目的地に着き、扉が開く。どうやらかなりの数の生徒が早い時間の電車に乗り、最後の悪あがきををしているようで、電車も通学路も人が少なかった。


「相馬君は赤シート教というものはご存知でしょうか」

「何それ?」

「テストに悩む学生を救う救世主を祀る宗教のことですよ。赤シートを信じ、活用したものはテストにおいて優秀な成績を収めるのです。私もメイド長からの座学のテストではテキストの答えを赤ですべて書き,赤シートで覚えて乗り切ったものです。だから何も心配はいらないと思いますよ」

「へぇ」


 熱く語るならせめて表情くらい変えてくれ。淡々と無表情で語られても反応に困る。


「赤シート神は偉大です」


 抑揚のない声、あまり変化のない表情。相変わらず彼女は一歩後ろを歩く。

 学校に着き教室の扉を開けばみんな黙々と勉強をしている。いつもの光景からすれば異様なものだ。むしろ怖い。


「日暮君、陽菜ちゃん、おはよう」


 その光景に驚き立ち尽くしていると布良さんがのほほんとした様子で声をかけてくる。いつも通りの彼女だが今のこの空間においては異質な存在でしかない。


「おはよう」

「夏樹さん、おはようございます」


 そんな彼女に対して少しの安心感を抱いてしまう。


「うん、日暮君は眠そうだね。陽菜ちゃんはいつも通りかな?はい二人とも、コーヒーをどうぞ」


 紙コップに注がれたアイスコーヒーを渡される。


「うん、ありがとう」

「夏樹さんは、調子の方はいかがですか?」

「ばっちりだよ」


 何の憂いも感じられない表情、彼女の場合体調さえ気にしていれば何の問題もないのだろう。普段からちゃんと勉強をしている者だけが出せる余裕のオーラを纏っている。 

 どれ、僕も少しはやっておくか。


「相馬君、おそらくこの時間では特に何もやることは無いかと」

「いやいや、直前の悪あがきって案外馬鹿にできないものだぜ」

「それは恐らく張ったヤマが当たった場合に限られるかと」

「そうだね~、直前の悪あがきをするなら夕方寝て夜中に起きてそのまま徹夜をする。そんな徹底さが欲しいものだよ」


 耳が痛いしこちらにちらちらと向けられるクラスメイトの視線には殺意がこもってて怖い。この学校って一年の中間テストから本気になるようなストイックな学校だったとは……。

 いや、それならこんな直前に慌てないのか?布良さんみたいに余裕かましていられるのか?どっちがおかしいのだろうかこの場合。


「相馬、ありがとう。答え返すよ」


 たった今登校してきた桐野がやけにすっきりした顔をしている。


「おまえ、まさか!」

「あぁ、俺はもう終わりだ。昨日も睡魔に負けたよ。課題は真っ白、勉強時間はゼロ秒。もはや俺に残された手は無い。まぁ見ていろ。理科だけは奇跡を起こしてやるから」


 そう言って親指を立てて自分の席につき居眠りを始める桐野。

 諦めがよすぎるのもどうかと思うな。

 テストは三日に分けて行われる、一日目は割と得意と感じている科目が集中していてかなり余裕を感じていた。数学と英語、陽菜の作ったノートのおかげで公式と単語は頭に残っていた。あとは自分の応用力が試された形だ。

 二日目は日本史、人名の漢字が全く書けなかった。名前は浮かんでくるのに、出来事の説明は書けるのに。当て字で書いた名前が当たっていることを祈る。

 三日目、地理、暗記物はダメなのです。

その他科目に関しては特記するべきことなし。


「終わったぁ~」


 テスト最終日を終え、家に帰り思わずそんなことを言ってしまう。制服のままソファーに沈み込んで余韻に浸る。

「お疲れ様です。コーラをどうぞ、ご主人様」


 メイド服に着替えた陽菜から差し出された冷えたコーラを一口、炭酸の刺激が心地良い。

「ご主人様、ノートの方は役に立ったでしょうか?」

「まぁね、ただ人名の漢字が思い出せなかった」

「そうですか、今後工夫させていただきます。他に何か困ったポイントは?」


 どうやら今後三年間作るつもりらしい。熱心に細かいところまで聞いてくる陽菜。そんな彼女に何か応えられたら良いのだが。この場合、物や言葉で感謝を示してもなんの意味もない、何か行動で示さなければならないのだろう。陽菜の行動はちゃんと身を結んでいると証明しなければ。

高校は中学と違って上位の人の成績は貼り出されるらしい。一科目くらい名前は載りたいものだ。


「相馬君、おめでとうございます。数学二位ですよ。布良さんは、百点ですか」


 一週間経ってすべてのテストの成績がまとまったらしい。


「負けちゃった、陽菜ちゃん国語得意なんだ」

「相馬、どうしよう、赤点がある……」


 僕はとりあえず赤点は無かった。布良さんは学年一位、陽菜も上位五名に入っていた、京介は補修(補習)を宣告されている。


「でも桐野君、理科一位じゃない」


 布良さんの言う通り京介の理科の成績は満点だった。有言実行で本当に奇跡を起こしやがった。


「相馬君の成績に関して疑問があるのですが、コミュニケーション英語は高得点なのにどうして英語表現が赤点ぎりぎりなのですか?海外暮らし長かったのですよね?」

「感覚的にはわかっても理屈じゃ理解できないのだよ」

「あー俺らの国語みたいな感じか」

「桐野はまず漢字から覚えろよ」

「へーい、ていうか海外暮らししていた相馬が国語がそれなりにできていることが腑に落ちない」

「もう日本暮らしの方が長いからね」

「でも英語は話せると?」

「日常会話くらいなら」

「この野郎、俺と点数交換しやがれ!」


 そんな感じで僕らの最初のテストは終わりを告げた。





 家に帰って、お夕飯の準備をして、明日の準備もする。お風呂を上がりご主人様が寝静まったのを確認。私は学校の教科書を開く。

 ご主人様の成績が芳しくなかった教科は英語表現と日本史と地理。

 どうやらご主人様は暗記が苦手なようです。

 赤シートは暗記が苦手な人でも完璧に暗記させるのことのできる万能器具。あとは私の工夫次第。

 よし!

 ここは出来事と人物との関連を強く意識して書いてみよう。地理はそうですね、写真でイメージさせることができれば一番なのですが……。

 そんなことを考えながらノートを書いていく。こうして私の夜は更けていった。




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