間者 トレイター
ついに判明。スパイの正体が明らかに。
その日の放課後。俺はあのゲームセンターを訪れた。
ゲームをやるためではない。あの店主に話を聞くためだ。
「合言葉は?」
自動販売機と壁の間、人一人が通れるその隙間に入ると壁に声をかけられる。
「古河 景虎」
「入れ」
短い返事と共に、目の前の壁が横にスライドする。中へと入ると、壁は再びスライドし俺の逃げ道をふさいだ。
「久しぶりだな。それと、」
男は一呼吸置くと、目を見開いて詰め寄ってきた。
「あの女はなんなんだよ! 確かにいい女連れてこいとはいった。でもなぁ。顔があれだけよくても、アレはないだろ! アレはぁ!」
よく見ると目じりは涙が浮かんでいる。一体何があったんだ。
「時間くらい守れよぉ!」
ああ、なるほど。師匠と電話した時に眠たそうな感じだった原因がわかった。よく考えれば、このゲームセンターは午前十時開店だった。学校を休んで朝からというのはおかしな話だ。
「あの部屋の中にいたら手は出せねぇんだよ! 呼びかけても返事しねぇしなぁ」
どうやらずっと部屋に籠っているらしい。師匠のことだから非常食を持ち込んでいるのだろう。となると昨日の電話もあの部屋からかけてきたのだろうか? まあ、気にしても仕方ない。それよりも、
「あのゲームについてお聞きしたいことがあるんですが?」
「何でも聞けよ! 馬鹿野郎!」
かなり自棄になってるようだが、この際都合がいい。
「あのゲームは人によってストーリーが変わるんですか?」
「ああ、そうだ。厳密には、難易度が四パターン用意されてるって話だ。簡単なほうから順番に、純心レベル、野獣レベル、守護レベル、人外レベル。ただ、純心と人外は基本的には出ないらしいがな」
「へぇ」
「てめぇは野獣レベルだ。俺もそうだったし、普通のやつは大概そのレベルだ。だが、あの女は人外レベルだったんだよ!」
大体予想はついた。師匠が好きなのは人外ヒロインだ。もっと言えば鬼畜キャラや非道キャラが好みらしい。学校生活では擬態しているが、ここでは隠さずに話したのだろう。
「俺の師匠ですね。ご迷惑をおかけしてます」
「つってもなぁ。どうやったら人外レベルなんて出せんだか」
この人と話をしていて、一つだけ気になることが出来た。
「あなたが作ったわけじゃないんですか?」
他のところでは見かけないし、てっきり店主が作ったものだと思っていたのだが。
「俺じゃねぇや。この場所にあるやつは、先代が友人からもらったつってたな」
「先代の友人ですか」
「ああ。俺は説明書しかもってねぇ」
説明書か。
「そういや、説明書の最後のページにヒントがどうとかは書いてあったなぁ」
「では、」
「それよりも、あの女を何とかしてくれよ!」
店主が詰め寄ってくる。いつもの二割増しくらいで顔が怖い。
「何とかって」
「電話でも何でもいいから何とかしてくれよぉ!」
胸ぐらをつかまれ、睨まれる。いつもの五割り増しくらいで顔が怖い。俺は必死にうなずいた。
「……頼む」
店主が手を放して、目を背けてから呟いた。
俺は師匠に電話をかけた。だが、呼び出し音が鳴り続けるだけで、師匠が電話に出ることはなかった。
「ダメですね」
「くっ、そうかよ。まあ、出てくるまで頼むよ」
とぼとぼと店主は出て行った。
さて、どうしたものか。
気分転換に違うゲームをしようかと店内を見て回る。太鼓をたたいたり、銃を撃ったり、ダンスしたり、昔ながらのゲームを色々やった。こういうゲームは人気があるから、いつまでも残っているのだろう。
そうして一時間くらいたったころ、師匠から電話がかかってきた。
「景虎です」
「あ、景虎?」
俺が名乗るのと、師匠が話し出すのはほぼ同時だった。だが、師匠はそのまま話を続ける。
「家に帰ったら不在着信あったからかけ直したんだけど、何の用事?」
「あ、解決しました。迷惑かけてすいません」
「そ。じゃあ、切るわね」
ここから師匠の家までは歩いて約三十分。どうやら俺がゲームをしている間に帰ったらしい。
「話はついたみたいだな。古河」
俺が例の入口に行くと、合言葉を聞かれることなく扉が開いた。そして、店主が待ち構えていた。
「はい。そうですね」
実際何かをしたわけではないが、結果オーライということで。細かい説明はしない。
「で、やるのか?」
「やります。でもその前に説明書を見せてもらえますか?」
「あ? ああ」
店主から説明書を投げ渡される。
「ありがとうございます」
一通り目を通してみるが、めぼしい情報は一つもない。
最終ページには『最後はヒントだよ。』と書かれいるだけだ。
「大したことは書かれてねぇだろ」
店主はそういうが、これには何か意味があるような気がしてならない。
もう一度最初から読み直そうとして、ふとあることに気が付いた。
『難攻不落の恋愛ゲーム。君はこのゲームをクリアできるかな』
最初のページの最後の行。その文末には。が付いていない。次のページを見ると、ついていない。その次のページも、ない。その次は、ついている。
『クリアできるかな』『攻略対象は三人づ』『ことを覚えておけ』『ついては問題ない。』『必要なことは四つ。』『クリアするための』『開発者のもとまで。』『た場合はそのまま』『で殺されることも。』『のは百円硬貨のみ。』『ということもあり』『合は機械の故障よ』『きは説明書を見て。』『するのでよろしく』『上で説明は終わる。』
。が付いていないほうーー文章の途中でページが切り替わってるものも含むーーの文字を並べてみると、『な・づ・け・の・ま・り・よ・く』
これは……
「名づけの魔力!」
「名づけの魔力? なんだそりゃ」
店主にはわからないようだ。だが、どこかで聞いたことがある。意味は確か……なるほど。
「ありがとうございました」
俺は店主に説明書を返すと、すぐにゲームのもとへと向かった。
※※※
「マスターシステム起動。プレイヤー様のプロフィールを入力してください」
可愛らしい女性の声が聞こえる。それと同時に目の前が真っ白になった。
女性から質問され、答えるとそれが目の前に表示される。年齢、性別、趣味、特技、名前。
途中で、バッテリー駆動に切り替わったことを知らせるログが出た。だが、それ以外に変わったことはなにもなく、プロフィールの入力が終わる。
画面が明るくなると、俺は教室の入口に立っていた。隣にいるのは百鬼先生。
「じゃあ、自己紹介しろ。転校生」
先生がそういうと、二つの選択肢が表示される。
【黒板に名前を書く】
【直接名乗りを上げる】
風景はいつもと変わらない。違うのは一つだけ。
「桜川 狐鶴です。よろしくお願いします」
俺はスカートを翻して、教壇に上がると可愛らしく自己紹介した。
男子から歓声が沸き起こる。
名前こそ変えてはみたが、顔も声も変わってはいない。もし、傍から見てる人がいればさぞかし滑稽に映ることだろう。
気を取り直し、チョークで黒板に漢字で名前を書く。
何も起きない。
「ご苦労だったな。席は、どこがいいかーー」
「ここにこいよ。桜川」
先生が決めるよりも早く、一人の男子生徒が声をかけてくる。一番窓側の真ん中の席。そこにいた男が自分の横に座るようにと身振り手振りでアピールしていた。
「だそうだ」
先生は特に注意するでもなく首だけで俺のほうを向く。
「わかりました」
欲しかった情報はこれですべて得られた。
「ログアウト」
一度ゲームから離脱して、再びゲームを始める。今度はゲームをクリアするために。
「なぜ、魔王が存在するのか。なぜ、勇者が存在するのか。それは誰にもわからない」
プロフィールの入力が終わると始まる重々しいナレーション。視界には草原が広がり、さわやかな風が吹き抜ける。
「と、そんなことは置いといて。お前、今日からここにやってきた学生だろ?」
ナレーションのときのテンションはどこへやら、人懐っこい笑みを浮かべて殿町 騨は現れた。
「俺は殿町 騨。よろしくな」
にこやかに手を差し伸べてくる騨。俺はその手を取らない。
「どうしたんだよ?」
俺は笑みを浮かべて、全てを終わらせる一言を発した。
「お前が魔王軍のスパイなんだろ?」