休憩 ブレイク1
ちょっと休憩。すなわち閑話。
学校が終わり家に帰る。軽装に着替えると、専用の財布をもって家を出る。
向かう先はいつもゲームセンターではない。今あのゲームは師匠がやっているから俺は出来ないのだ。なぜそんなことになっているかって? それはだな……
「これから鷹矢んち?」
と、後から声をかけられた。今まさに回想しようとしていた師匠だ。
「ええ、そうですよ」
「そ。まあ、私がクリアしたら攻略法を教えてあげる」
そんな必要はない。と言おうとして振り返るが、師匠はもうそこにいない。全く動きの素早い人だ。
さっさと気分を切り替えてホークの家に向かうとしよう。
立ち並ぶ高層マンションの隙間にある平屋の建物。あれ、厳密言うのならあの地下にあるがホークの家だ。
とはいえ、ホークの家で特別なことは何もなかった。
ゲームの話をして、アニメを見る。ゲームをやって、お菓子を食べる。
そんな自堕落な生活を送っていただけだ。
「またね~、らー君」
ホークの姉である白さんに見送られて、俺は帰路についた。
※※※
今日も今日とてホークの家に。
お気に入りのアニメを見てーーみんな大好き不朽の名作で、もちろん恋愛もの。
全ヒロイン攻略済みのギャルゲーをやってーーもちろんあのゲームの参考になるかと思ってだ。
そんな感じで一週間くらいたつが、師匠からの連絡はない。
「やー君、らー君、お茶だよ~」
メイド服を着た女性がお茶を届けてくれる。使用人でなく、白さんだ。
「それと、らー君にるーちゃんから電話」
お盆を片手で持って、空いてる手で携帯電話を放り投げてくる。
ホークは携帯を上手にキャッチすると、俺に手渡してきた。
「代わりました。景虎です」
「ちょっと景虎~。ーー泉純ーー。このゲームのヒロイン最高じゃない! ーー人至ーー。なんで私に先に教えてくれないのよ。ーー和平ーー。もう、最高ぉすぎ」
何を言いたいのかは理解したが、それよりも気になることが一つ。
「ニュース見てるんですか?」
「そうよ。今世界は大変だからね。ゲーム業界にも革命が起こるかもしれないでしょ? 時代の波に乗り遅れるわけにはいかないのよ」
電話越しでもわかるほど彼女の声は浮かれていた。いや、楽しそうだったというべきか。
「それまでに百人目の嫁を見つけなきゃいけないし、明日は学校休んで朝からやるからよろしく~」
言うだけ言って切りやがった。
「時代の波ねぇ」
俺は携帯電話を白さんに返すと、テレビのチャンネルを切り替えた。
「全人類のために、この法案は必要なのです」
ちょうど議会の生中継をやっているところだった。真ん中で発言しているのは総理大臣。長い黒髪にしわのない顔。若そうな見た目に反して七十過ぎだという異質な男だった。あとは無機質な目も特徴といえるだろうか。
「自国の利益のみを追求する時代は終わったのです。全人類のために」
全人類のために、か。ここ何年か時の為政者たちはその言葉を好んで使っているような気がする。
閑話休題。いや、この一話自体が閑話だったかな。
「ゲームに戻るぞ」
ホークは一言だけ言うと返事を待たずにゲーム画面に切り替えた。
選択肢を選ぶ画面で、ヒロインは微動だにせずに答えを待っている。現実なら待ってはくれないだろう。あのゲームでも。
「現実の女も選択肢が出れば落とせるんだけどな」
独白するようにホークは呟いた。
それには同意する。
まあ、選択肢が出ても落とせないヒロインもいるが。とも思うわけだが。
次の日。師匠は本当に学校を休んだらしい。らしい、というのは自分で確かめたわけではないからだ。学校で誰かに聞いたわけでもない。
『今日中にはヒロイン一人くらい落としたいんだけど、参考までにあなたは誰を攻略しようとしたのか教えてくれない? PS.休みの連絡は自分でしたよ♡』
というメールが師匠から届いたからである。
返信はしたが師匠からの反応はまだない。
「なあ、桜川は今日休みなのかな」
「らしいな」
「心配だな」
「そうだな」
桜川というのは俺たちのクラスのクラス委員長で、クラスのマドンナ的な存在だ。
まあ、容姿端麗で運動神経抜群、勉強も出来て面倒見もいい。男子からの人気が高いのも納得だ。そうなると女子からは嫉妬なりで嫌われたりするものだが、彼女は女子からも好かれている。それは本人のカリスマ性ゆえだとも、持って生まれた才能だともいわれている。
「体調崩してたら、お見舞いとか必要だよな」
クラスの中には、彼女に淡い思いを抱く人が多い。ホークもその一人みたいだ。明らかに落ち着かない様子で俺に話しかけてくる。
「でも、いきなり言ったら迷惑だよな。嫌われたら困るしな」
恋愛ゲームならアクティブなホークも現実だと奥手らしい。
彼女はおそらく気にしないと思うが、それを言っても話がややこしくなるだけだろう。
「なあ! 俺は、どうしたらいいんだ」
どうでもいいよ。という言葉を飲み込んで、俺は現実的な質問を返した。
「家の場所、知ってるのか?」
「…………」
この世の終わりみたいな顔になってるホークは放置しておくとして、さっきから沈黙を続けているもう一人の同席者にも話を振ってみるとしよう。
「ファルコン。お前はどう思う」
「狐鶴に限って、風邪はないだろう」
無口ではあるが、話しかければ最低限の返事はしてくれる。それが、ファルコンという男だ。
「風邪はない、か」
「馬鹿という意味ではない」
確かに、馬鹿は風邪をひかないとかいうな。
「わかってるよ」
期末テスト学年二位に対して馬鹿だという生徒はいないだろう。たとえ学年一位だとしても。
それにしても、ホークはいつまでフリーズしているのだろうか。
「俺は席に戻る」
腕時計のアラームが鳴り、ファルコンは席へと去っていく。彼は五分前行動を徹底するためにチャイムの六分前にアラームをセットしていた。
「はっ」
その音を聞いて、ホークも復活した。おかえり。
「メールで家の場所と都合を聞いてからじゃないとダメだな!」
メールアドレスは知ってるのか。という言葉は飲み込んだ。
「そうだな」