習慣 カスタムズ
放課後にやることは勉強。もしくは、遊ぶこと。
学校が終わり家に帰る。軽装に着替えると、専用の財布をもって家を出る。向かう先はあのゲームセンター。一日最低一回はやることが俺の習慣となりつつあった。いや、もうなってるのだろう。こんな日でも来てしまうのだから。まあ、ギャルゲーマスターとしては当然だろう。
財布に入っているのは、一枚の百円玉。余計なものはほとんど何も持ってきていない。
「さあ、やるか」
※※※
「なぜ、魔王が存在するのか。なぜ、勇者が存在するのか。それは誰にもわからない」
重々しいナレーション。視界いっぱいに広い草原が広がり、風が吹き抜ける。
「と、そんなことは置いといて。お前、今日からここにやってきた学生だろ?」
重々しいナレーションとは打って変わった軽い声で、人懐っこい笑みを浮かべた男・殿町 騨は現れた。
「俺は殿町 騨。よろしくな」
にこやかに手を差し伸べてくる騨。俺はその手を取って握手を交わした。その直後、視界が学校の景色に変わる。
「さあ、教室に行こうぜ」
騨に引っ張られながら、俺は教室へと向かった。
「ご苦労だったな、殿町。お前は席に戻れ」
教室に入った俺たちを待っていたのは、百鬼先生だった。最強の勇者一行の一人で、魔王の城までたどり着いたこともある強者らしい。ヒロインではない。
「じゃあ、自己紹介しろ。転校生」
空中に意味のない選択肢が表示された。
【黒板に名前を書く】
【直接名乗りを上げる】
「先生。このチョーク、何か違和感があります」
「なんだと?」
先生が俺の手からチョークを奪い取る。
「これはっ……! 皆の者、離れろ!」
生徒たちが一斉に距離を取り、最前線の六人の生徒が大きな盾を構える。窓側から順番に、虻川、蝶野、蛭子、蛍原、蜂須賀、螻川内だそうだ。
俺は他の生徒たちとは異なり、教室の外へ出る道を選んだ。そのほうがいいということがわかったからだ。
教室内で激しい爆裂音が響きわたり、俺の前には選択肢が現れる。
【ここからはスパイの捜索活動となります。行き先を声に出して選択してください】
【屋上】
【保健室】
【食堂・購買部】
「購買部だ」
俺が選択肢を選ぶのとほぼ同時に、生徒たちが一斉に教室から飛び出してくる。
【承りました】
だが、飛び出した生徒がぶつかるより早く、俺は別の場所へと移動していた。
「いらっしゃい。なんか買っていくかい?」
店主・斑鳩さんの景気のいい声が聞こえると同時に選択肢が表示された。
【買う】
【買わない】
「買う」
【武器を買う】
【防具を買う】
「防具を買う」
【鉄兜】
【軽鎧】
【足袋】
【手甲】
「軽鎧、足袋、手甲の三つだ」
【承りました。ここで装備していかれますか?】
「装備する」
次々と出される選択肢に、すぐに答えていく。ちなみに、全部じゃなくなったのは後で所持金が足りなくなることがわかったからだ。
【次の行き先を声に出して選択してください】
【屋上】
【保健室】
「保健室だ」
【承りました】
景色が変わると、目の前には白衣を着た女性、養護教諭の蛇穴 千里がいた。
「あら、どうしたのかしら?」
腰よりも長く伸びた白髪と、油断なく構えた日本刀。最強の勇者を生んだ女、の妹という話で本人も十二分に強い。
「魔王軍のスパイを探してます」
「そうなのね。まあ、座って話をしましょう」
蛇穴は座るように促してきて、俺が座ると話しを始める。
「魔王軍のスパイだけどね。怪しいと思う人がいるのよ」
蛇穴の台詞と共に、ヒロイン三人の名前が表示される。
【メインヒロインたちです。誰の話を聞きたいですか?】
【鳴瀬 望兎】
【鯨伏 柚希】
【蛇穴 千里】
実は、この選択肢にも従う必要はない。
選択肢に従わなければ一人分しか聞くことは出来ないが、それでも十分に有意義な作業だ。
「鹿谷村さんのことを聞かせてほしい」
ちなみに、クラスメイトの一人だ。
「鹿谷村さんですか。彼女は剣士クラスとしては優秀なんだけど、武士道に憧れすぎてるせいで融通が利かないところがあるのよね。でも、彼女は魔王軍とは関係ないと思うわ」
クラスメイトから魔王軍のスパイ候補を探してるわけだが、未だに進展はない。ちなみに、苗字だけで聞いた時と、苗字と名前で聞いた時は得られる情報にも違いが出てくるようになっている。
前回は、鹿谷村紗希というフルネームで訊ねたが、今回の話とは全く違った。
【次の行き先を声に出して選択してください】
【屋上】
そして、この反応をされたときは、すぐにこの選択肢が出てくる。
「屋上だ」
選ばないという選択肢はない。進めるためには一択を選らばなければならない。
【承りました】
白いフェンスに囲われた何もない空間に、銃を持った少女が静かに佇んでいた。
「……誰?」
少女が銃口をこちらに向けてくる。そして、一つの指示が出される。
【メインヒロインです。名前を呼び掛けてみましょう】
「俺は上杉 景虎だよ。鯨伏 柚希さん」
「……!」
俺が名前を呼んだことで、少女は驚いた顔をした。
「……なぜ、私の名前を?」
「スパイ候補の名前だからな」
「……私じゃ、ない……!」
それは知っている。だが、ここは話をしなければ選択肢が表示されないから仕方がないのだ。
【信じられないな。挑発するように】
【俺の代わりにスパイになれ。威圧するように】
俺は選択肢に頼らずに会話を進めることにした。
「信じられないな」
「……そ、そんな」
柚希が困ったような顔をする。
【スパイなんだろう? 俺には隠せないぜ。疑り深く】
【人に見せられないことでもしてたのか? 興味深く】
「スパイなんだろう? 俺には隠せないぜ」
「……あなたこそ、スパイじゃないの?」
【俺が質問してるんだ。怒りを込めて】
【俺の質問に答えてくれ。愛を込めて】
「俺が質問してるんだ」
「……私は、違う」
「なら、銃を下してくれないか?」
「……いいわ」
柚希がゆっくりと銃を下す。
【スパイについて知ってることを教えろ。脅すように】
【油断したな! 愚か者が! 死ね! 落とすように】
「スパイについて知ってることを教えろ」
「……くっ」
【隠れているヒロインがいます。名指しで指名しましょう】
これだ。この指示を出さなければ先には進めない。そして、この指示を出すためには選択肢に従って会話を進めなくてはならなかった。
「隠れてるのはわかってるぞ。鳴瀬 望兎さん」
柚希が歩み寄ろうとした瞬間、給湯器の陰に隠れている望兎に声をかける。
「バレちゃったかぁ」
いたずらがバレた子供のような顔で、望兎が俺たちの前に現れる。
「……鳴瀬っ!」
柚希が銃を構えて、引き金を引く。
「無駄よ」
望兎はその銃弾をいともたやすく切り落とす。
と、同時に選択肢が表示される。
【二人のうちどちらがスパイかを当ててください】
「どちらも、スパイではない。」
ここは、こう答えるしかない。どちらかを選べば殺されるから。
「二人とも、お互いをスパイだと疑ってるみたいだが、それは間違いだ。話し合えばわかる!」
俺の言葉を聞いて、にらみ合う二人。そして、言い争いが始まる。
「……あなたの正体は、わかってる」
「正体? 何を知ってるというのかしら?」
「……あなたが、魔王の」
「黙りなさい! 柚希! あなただって、正体を隠してるじゃないのよ」
「…………」
「やっぱり、実力で決着をつけるしかないようね」
「……そのようね」
言い争いが終わり、実力行使が始まろうとしていた。選択肢は表示されないが、ここで止めなければ二人の争いに巻き込まれて俺は死ぬ。
「待て待て、二人とも」
俺は両手を上げて、二人の間に割って入る。
「……邪魔」
「邪魔よ」
人を邪魔者扱いするときにだけ息の合ってることで。
「魔王軍のスパイは他にいる。だから、ここで争ってる場合じゃないんだ」
そこでようやく柚希が武器を下ろす。相手が刀で間に俺がいるからだと思われるが、そんなことはこの際どちらでも構わない。
「お前をスパイ扱いはしない。だから、武器を収めてくれないか?」
俺は望兎へと話の矛先を向けた。
「……わかったわよ」
大きくため息をついて、望兎が刀を鞘に納める。
【二人を教室まで送っていく。手を差し出す】
【二人を放置して教室に戻る。手の平を返す】
そのタイミングになって、ようやく選択肢が出てくる。
「じゃあ、二人とも教室に戻ろう。本物のスパイを見つけてやらないとな」
二人に対して差し出した手を、二人が握る。そして、画面がホワイトアウトした。