標的 ヒロインズ
ラッキーと修羅場は紙一重。それは主人公補正。
俺は新たな選択をすることにした。
「保健室だ」
屋上にいる裏切り者と会う前に、準備はすべて整えなくてはならない。
【承りました】
すると、目の前の景色が一瞬で変化する。
天井に蛍光灯……
「って! なんでだよ!」
思わず飛び起きて、今度は首と体が離れていないことにひとまず安心する。
「あら、目覚めたのね?」
白いカーテンを開けて、女性が顔をのぞかせる。
白衣をなびかせた、二十代くらいの女性だろうか。腰よりも長く伸びた白髪と、手に持った日本刀が特徴的だった。日本刀!?
俺は思わずベットから飛び降りた。そして、違和感に気が付く。
買った防具どころか、服すら着ていなかった。
「慌てないで、これは護身用よ。そんなことよりベットに戻ったら?」
女性は日本刀を鞘にしまうと、目線を下に向けて笑みを浮かべた。
俺は女性の目線の先にあるものを理解すると、大急ぎで布団を腰に巻いた。
「これは、どういう状況ですか?」
「不審者が入ってきたから、気絶させてベットに寝かせたのよ。まあ、生徒だとわかったからもう警戒はしてないわ」
不審者……まさか、
「顔を隠してたからですか?」
「ええ、当然でしょ?」
女性が笑顔で日本刀をのぞかせる。
「すいません」
「まあ、いいのよ。魔王軍のスパイがいるってときだものね」
女性はカーテンを開けて、座るように促してくる。
俺が椅子に座ると女性は話し始める。
「魔王軍のスパイだけどね。怪しいと思う人がいるのよ」
と、目の前に三人の名前が表示される。その上には場違いなコメント。
【メインヒロインたちです。誰の話を聞きたいですか?】
【鳴瀬 望兎】
【鯨伏 柚希】
【蛇穴 千里】
普通こんな展開はないだろ! というツッコミを心の内にとどめつつ、俺は一人のヒロインを選んだ。
「鳴瀬 望兎の話を聞かせてください」
他のヒロインたちの名前が独特すぎてなぁ。蛇穴とか鯨伏とか聞いたことないし。
俺の返事を聞くと、女性は笑顔を浮かべて話始めた。
「鳴瀬さんのことを知っているのね。ちょうどよかったわ。彼女は最近転校してきた元気のいい娘なんだけど、彼女が来てから魔王軍のテロ活動が増えたのよね。クラスでは人気者らしいんだけど、怪しいでしょ?」
【他のヒロインの話を聞きますか?】
女性が話を終えると同時に、空中に文字が浮かび上がる。随分とご丁寧なことで。
「鯨伏 柚希の話を聞きたい」
【承りました】
と、画面が一瞬暗転すると女性が先ほどと同じセリフを発する。
「魔王軍のスパイだけどね。怪しいと思う人がいるのよ」
目の前に三人の名前が表示されて、上にはさっきと同じコメント。
【メインヒロインたちです。誰の話を聞きたいですか?】
【鳴瀬 望兎】
【鯨伏 柚希】
【蛇穴 千里】
「鯨伏 柚希の話を聞かせてください」
こうなったら上から順番に聞いていこう。俺はそう決意した。
俺の返事を聞くと、女性は笑顔を浮かべて話始めた。
「鯨伏さんのことを知っているのね。ちょうどよかったわ。彼女は大人しくて真面目な娘だったんだけど、ある転校生が来てから学校に来ない日が増えてね。そして、その頃から魔王軍のテロ活動が増えたのよね。怪しいでしょ?」
【他のヒロインの話を聞きますか?】
女性が話を終えると同時に、空中に文字が浮かび上がる。結局三人とも聞けるようだ。
「蛇穴 千里の話を聞きたい」
【承りました】
と、画面が一瞬暗転すると女性が先ほどと同じセリフを発する。
「魔王軍のスパイだけどね。怪しいと思う人がいるのよ」
目の前に三人の名前が表示されて、上にはさっきと同じコメント。
【メインヒロインたちです。誰の話を聞きたいですか?】
【鳴瀬 望兎】
【鯨伏 柚希】
【蛇穴 千里】
「蛇穴 千里の話を聞かせてください」
俺の返事を聞くと、女性は今までにないほどの笑顔を浮かべた。
「あなたは、その人が怪しいと思っているのね?」
「いえ、そういうわけでは」
俺は身の危険を感じてとっさに否定した。だが、すでに後の祭りだった。女性が刀を抜いて俺に斬りかかってくる。
「私は確かに元魔王軍。ここではそれだけで処罰の対象になる。だから、それを知ってる人を生かしておくことは出来ないのよ!」
何も持っていない状態の俺は、攻撃をかわすことしかできない。
「私は平和に過ごしていたいだけ! 私のために死になさい!」
女性。おそらく蛇穴 千里先生が、ヒステリックに叫びながら刀を振り回す。俺は逃げ回るのをやめた。近くにあった手甲を腕にはめると、刀を受け止める。
無意味に逃げ回っていたわけではない。このために俺は逃げていたのだ。
「このっ!」
蛇穴先生が蹴りを放つ。
直撃は避けたものの、蹴りはタオルを掠めた。タオルの結び目が解れ、床に落ちる。
一方、蛇穴先生は思い切りよく蹴ったためにバランスを崩し、後ろに倒れこんだ。
「やべっ」
彼女の刀を掴んでいた俺も、それに巻き込まれてしまう。
床に倒れるまでほんの短い時間がスローモーションに感じた。だが、体はうまく動かない。
俺たちはそのままもつれるように床に倒れこんだ。
目の前には、蛇穴先生の顔がある。何が起きたのかわからないという顔だ。そして、俺もよくわかていない。
体を起こして、状況を理解した俺の考えたことは一つだ。
普通のゲームなら、このシーンにはイベントCGがあるはずだよな。
「や、やぁぁぁぁぁぁああああああ!」
悲鳴を上げた彼女の蹴りが、今度こそ直撃した。激しい激痛とともに、俺の意識がブラックアウトする。
【養護教諭・蛇穴 千里の蹴りにより死亡。DEAD END】
意識が戻った時、そこは保健室ではなかった。
目の前にはDEAD ENDを告げる文章。その向こうには怒りの顔を浮かべた人がたくさんいた。クラスメイトの顔もある。クラスメイトと同じ服を着たい人もいる。大人もいる。
これはなんなのだろうか?
「裏切りものに死を!」
足元から声が聞こえる。でも、顔は動かない。
「やれ!」
「殺せ!」
皆が憎悪の声を放つ。
俺は状況を理解した。魔王軍のスパイには容赦しないという姿勢を皆に見せつけるための生贄。これが俺が死んだ後の運命か。
「ログアウト」
その先を見ないために、俺はゲームを止めた。
それにしてもだ。
「蹴られて死ぬってなんだよ!? せめて斬られて死ねよ! って、そうじゃねぇ!」
盛大に乗りツッコミをしてしまった。まあ、すっきりしたし気持ちを切り替えていくとしよう。
死体を見なければ案外平気なもので、俺は金庫の上の百円玉を、投入口へ入れた。
「さあ、今度こそやってやる」